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第47話

 また、間宮はこう思う。ある意味、片恋の袋小路に入り込んだのは天の配剤なのかもしれない。  理人を介してのつき合いに留まっていれば、掛け替えのないパートナーと死に分かれて以降の朋樹の行く末を案じても、日々の雑事に取りまぎれて、自然と山荘からは足が遠のいていた。    五十路(いそじ)の男が未だに恋わずらいが云々など、客観的にはドンびきものだ。そう自嘲する一方で密やかな夢を抱いていた。  いつの日か朋樹が、間宮のことを間宮だと認識したうえで、くちづけに応えてくれる奇蹟が起きないとも限らない。代打逆転満塁ホームランという()の悪い賭けに、人生という名の有り金をつぎ込むのは勝手じゃないか?  俺もまた優しい檻につながれて、朋樹と運命共同体にあるのが、喩えようもなく幸せなのだから。  朋樹がおでんの味見をしながら、ちらちらとソファへ視線を流す。眼鏡のレンズが湯気で曇っているのも可愛い、と思うあたり、処置なし。 「……牛すじが減ってる。ネズミの仕業かな、図体も態度もデカいネズミの」  そらっとぼけて、わざと口をもごもご動かしたとたん菜箸が飛んできた。 「理人が帰ってくる前に、帰れ!」 「へいへい。おじゃま虫がのさばり返ってちゃ、おかえりエッチはおあずけだもんな。退散する前にトイレを借りるぞ」  などと、口実を設けて廊下に出た。真の目的は理人が工房に使っていた部屋を覗きにいくこと。  厳重に施錠して、その鍵は間宮が管理しているため、朋樹にとっては開かずの部屋だ。もう一点、朋樹に内証で作陶に関する書物や道具を整理したあとに、こっそり業務用の冷凍庫を据えつけた。  それは、ひとえにガタがきた精密機械のように壊れやすい脳が紡ぎだした物語を尊重してのことだ。  冷蔵庫を開けると、苦み走った顔が微苦笑にゆがむ。  豚の角煮、ミートローフ、キーマカレー、アジの南蛮漬け、サバの味噌煮──等々。朋樹が理人のために心を込めてこしらえた数々の料理を、間宮が密かにタッパーに詰め替えて、ここに隠すことを繰り返してきた。  それらが霜に覆われて、ずらりと並んでいるさまは壮観だ。  すさまじい執念が伝わってくるほどの光景を、いじらしいと評するか、重いとクサすかは人それぞれ。間宮はタッパーに貼ったラベルを順番にさわって、しょっぱさと甘みが混然一体となった溜め息を洩らす。  これも愛の歴史の、ひとつの形だ。     ──了──

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