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第46話

 間宮は気苦労が絶えないせいで()けた頬をさすった。  風景画家、戦場カメラマン、一等航海士──etc. 妄想の中ではさまざまな職業に従事して(いることになって)いる理人だが、生前の彼は、山荘の裏手に窯を開いた陶芸家だったというのが正しい。  今回は外交官という役柄に真実味を持たせるため、のちほど再訪するにあたってはスーツに着替えてこなければ。  死してなお狂おしいまでに愛されている理人を羨むことはあっても、朋樹を哀れだと思うことはない。恋情というバリアを張り巡らせた檻に自らを閉じ込めて薔薇色の夢を紡ぐのは、それはそれで幸せな生き方ではないだろうか……? 「間宮さん、急いで帰らないと。だいぶ雪が積もってきたけど?」 「スタッドレスタイヤを履いてる、チェーンも積んでる。少々の雪道はへっちゃらだ」  と、いなしておいてコーヒーのおかわりを()ぎにいった。するとカフェインが刺激を与えた。朋樹をともなって郷里にUターンしたさいの理人とのやりとりが、ほろ苦く思い出された。  ──恋人の長谷朋樹だ。田舎は年寄り連中がうるさいからな。親友のよしみで、集落のしきたりなんかを教えてやってくれ。  ──しょうがない、頼まれてやるさ。よろしくな、ちんちくりんの鳥の巣頭。  間宮は憎まれ口で応じた。悪友然とふるまう以外に、その場を取り繕えなかった。朋樹にひと目惚れした俺が彼と(ちか)しくする許可を得るなんて、理人のニブちんぶりに救われる反面、太っ腹さかげんに嗤えた。  よけいなことを言ったばかりに朋樹との間に禍根を残す、というバチが当たったわけだが。  カップをくるりと回した。俗に恋に落ちるという。間宮にとって、その感覚はトンネルに放り込まれたのに似ていた。  トンネルは恐ろしく曲がりくねり、天国へ至るのか、奈落の底へつながっているのか、出口の先に何が待ち受けているのか皆目見当がつかない。  しかも漆黒の闇に包まれ、足下はデコボコしているなかを一条の光を求めて這い進むしかないのだ。

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