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第1話┇惚れた弱みで俺の負け
石川県金沢市、繁華街のど真ん中。夜も更け、賑わいを見せる通りに足元の覚束無い男が一人。
「お前……大丈夫じゃないだろ」
「いやぁ? これくらい大丈夫ですよ~」
俺とこの男は先程まで同じ店で飲んでいた。彼は俺の友人ですぐに酔っぱらってしまうのだ。何度か一緒に飲んだこともあるからこうなるだろうと分かってはいたが、ついさっき解散したばかりなのに思わず声をかけてしまった。二軒目を出てタクシーへ向かう彼の足取りがあまりにも危うかったからだ。俺は興味のないことにはとことんドライだが、彼だけはいつも気になってしまう。夜はもう寒くなってきたし心配だ。
俺は彼──高松健太郎が好きだ。
華金に大事な友人から飲みの誘い、二つ返事で承諾した。純粋に彼と飲むのは楽しいからでやましい気持ちはない。高松に好意を伝えるつもりは毛頭ないし、友達でいるんだと俺は決めた。
それなのに、彼の笑う顔を見るといつだって少し胸が痛んでしまう。俺は弱い人間だ。
「おいおい、大丈夫か。無理すんなよ」
「尾上さん、やさしいですね」
高松は俺の名前を時々呼んで、体を預けてくる。
肩を貸して路脇に止まっているタクシーまで運ぶことにした。そうは言っても、俺が非力なのか高松が重いのか上手く担げない。アルコールの中に彼の香水がふわりと香り、少し胸が高鳴った。普段はここまで近づくこともないし、どうしても意識してしまう。
俺は呂律も回らない高松を適当にあしらって、なんとか平静を装っていた。
「そんなに強くないんだから、あんまり飲むなよ」
「はぁい。ほんと、尾上さんは全然酔わないですよね」
俺は酒に強い方だ。少なくとも高松よりは全然。高松とは何度も酒を飲んでいるが、無理をして酔っ払っているところをよく見る。楽しくなって自制が効かなくなるらしい。ただ、
ーー今日はこんなに酷くなるまで飲んでいただろうか?
タクシーに近づくと、後部座席のドアが自動で開く。高松を座席に座らせてから俺は目的地を知らないのだと気がついた。そういえば彼の家はざっくりとした場所しか知らない。
「そういえば、お前ん家どこにあるの?」
「うーん……西のスパークのとこまでお願いします」
彼はギリギリ言葉になる呂律で運転手に目的地を伝えた。スパークは西の方にあるショッピングモールだ。
これで俺の目的は達成だ、後は勝手にしてくれとタクシーを送り出す……はずだった。
次の瞬間グラッと視界が揺れる。気づけば俺はバランスを崩して高松にもたれかかっていた。酔っ払いとは思えない力で腕を強く掴まれていたからだ。
「こら……お前!」
「ねぇ、尾上さん。一緒に来てよ」
──ドキリとした。普段聞いたことのないやたら艶っぽい声。耳元で甘えるように言われて弱い人間の俺に平静を保てるわけがなかった。どうしてもドキドキしてしまう自分がいる。
「……仕方ないな」
さっきまで酔っぱらいの相手なんてできないと思っていたのに、タクシーに乗り込んでしまった。完全に惚れた弱みだ。
タクシーは繁華街を抜け出し、高松の住む住宅街へと走り出す。高松はたびたび船を漕いで眠そうにしていた。俺は気づかれないように時々メガネの位置を直してみたりして、その寝顔を盗み見る。
鳥の巣のように強くパーマのかかった明るめの茶髪、グレーのスーツに薄紫のシャツ。とにかく声がデカくて、初めて見たときから目立つ存在だった。
誰とでも仲良くなれる奴だ。その分け隔てない優しさと明るさは、人嫌いで一人で隅にいるような俺にも分け与えられた。とにかく、高松は俺と正反対の人間なんだと思う。
やっぱり好きだなぁと、そう思ってしまう。高松への好意に気づいた時から、ずっと苦しい。
彼には離婚歴があり、一悶着あったのも知っている。相談にも乗り面倒を見てきた身だ。好きだと思っても、自分の気持ちを押し付けるようなことはしたくない。
俺は友達でいようと決めてしまったのだ。だから、うっかり余計なことを言ってしまわないように気を引き締めている。俺の余計な言葉で二人とも無駄に傷ついてしまうと分かっているから。
そうこうしている間に、タクシーは目的地の近くまで来ていた。正直もっと寝顔が見たかったなと思う。
「おい、起きろ。ここら辺だろ」
肩にもたれかかる高松を、ぐいと押し返す。高松は寝ぼけた様子で辺りを見回していた。
「うーん……もう? あ、ほんとだ。すみません」
尻ポケットから財布を取り出した高松は、千円札を二枚取り出し、そそくさと車から出ていった。
「尾上さんお釣りもらっといて〜」
「あっ、おい!」
タクシーの運転手からお釣りを受け取り、フラフラと歩く高松に置いていかれないよう急いで車内を飛び出した。暗くなったショッピングモールの駐車場を気持ち早めに歩く。
「お前なあ……!」
「俺ん家すぐそこです」
先程よりマシな足取りで高松は歩いていた。まともに話せるし、酔いが覚めてきたのだろうと少し安心した。しかし、それなら俺は何のためにここまで来たんだろうかと思わなくもない。
タクシーから降りて五分くらい歩いただろうか。高松はマンションの二階に着いた。玄関の鍵を開け、飛び込むように中に入る。廊下の電気をつけてから俺を部屋まで案内してくれた。
物が床に置いてあり生活感は感じるが、比較的綺麗な部屋だ。2LDKくらいだろうか。嫁さんがいた頃は丁度良かったんだろうが、一人暮らしには少し広い。
当の高松は部屋に入るなりベッドに横になっていた。あれだけ酔っていたんだ、やはり辛いのかもしれない。
「水持ってくる」
台所に向かおうとする俺を、高松は呼び止めた。
「尾上さん、そんなのいいからさ。こっち来てよー」
「後々キツいのはお前だぞ」
ひとつため息をついた。少しだけ甘えるような声色に惹かれてしまう。何をしたいのかは分からないが可愛いわがままだ。
「で、どうしたんだよ」
「あのさ」
ベッド際に近づくと、次の瞬間グラッと視界が揺れた。俺はバランスを崩して、高松に腕を力強く引っ張られ抱き止められていたのだ。数十分前の、タクシーでの出来事が反芻する。さっきもこうやって耳元で囁かれて──。
「尾上さんのこと、好きにしてもいい?」
耳元がぞわりとして、身体がビクリと跳ねる。背筋にゾクゾクと甘い痺れを感じ、キュッと目を瞑った。
「え……た、たかまつ?」
ぐるりと視界が回っていた。知らない天井が見えて、気づけば俺はベッドに組み敷かれていた。目の前には好きな男の顔がある。影になっていてよく見えないが、ギラついた目をしているのだと分かる。
あ、これから食われるんだ、と分かってしまった。体の奥が疼いて、素直に抱かれたいとそう思ってしまっていた。
「なんで……」
あまりにも混乱して、情けない言葉しか絞り出せなかった。
だって、どうして。俺はずっと我慢してきたのに。
「抱きたいって思ったから」
そのあまりにストレートな言葉に、一瞬で顔が熱くなる。
高松は少し微笑んで、混乱したままの俺の額にキスをする。頬にも、そして唇にも。高松が触れた場所は熱くてじんわりと痺れるようだった。
「ダメって言ってもやめないけど」
高松の手が俺のシャツの中に滑り込む。このまま流されるのだと思うと少し焦り、声を荒げてしまっていた。。。
「いや、男と……そういうこと出来るのかよ」
ずっと友達でいようと決意したのは、高松が結婚していたから、ノンケだと思ったからだ。だから、ずっと黙っていたのに。左手の薬指を意識したときも、離婚したって知ったときも。高松に拒絶されないと知っていたら俺は、きっと違う選択をしていた。
「若い頃はよく遊んでましたし、俺だって四十越えてんだから、まぁ色々ありますよ。尾上さんだって初めてじゃないんでしょ」
「ま、まあ。少し」
「でしょ。俺、バリタチなんですけど……いいですよね?」
──思わず息を呑んだ。
自分の身体は暴かれるのを望んでいる。奥まで高松を咥え込み、頭が真っ白になるくらいの快楽を求めている。そして、好きな人に触れて触れられて、甘く優しい快楽にも身を落としたいと。これが恋だと言うのなら、ずいぶんと欲に塗れている。
「そんな可愛い顔しないで。いいって言ってるようなもんじゃないですか」
そう言って高松は苦笑した。熱が集まるのを感じて顔を逸らした。俺はどんな顔をしていたのか、考えたくもない。
「あんまり、意地の悪いことをするな」
「あはは、ごめんなさい。今日は挿れないでおこうって思ってたんですよ。……だから、あんまり俺のこと煽らないでね」
俺を見つめるその瞳は優しい。高松は俺の額に、ひとつキスを落とした。
「だって準備してないのに入らないでしょ。何年も付き合ってる人いないって言ってましたよね? それとも……自分でしてるんですか?」
確かに、十年近く誰とも交際していないし、一人で弄ることもなかった。
「後ろは何年もしてない……」
それでも期待して、後孔が切なくヒクついてしまう自分が情けない。
「無理はさせたくないから、今日は尾上さんも我慢して、ね?」
腹の辺りをまさぐっていた手が徐々に這い上がって、胸の突起の周りをくるくるとなぞる。触って欲しい場所には一切触れず、焦らされて遊ばれているのが分かった。
「尾上さんって、ちょっとM?」
「……知らない」
「違う、じゃなくて?」
「うるさい……触るんなら、はやく」
思った刺激が欲しくて、情けなく身体が動いてしまう。見られているのだと意識すると、恥ずかしくて仕方がなかった。
高松は一つずつゆっくりとシャツのボタンを外していく。その指をまじまじと見つめてしまい、少し笑われてしまった。
「そんなに触って欲しいんですか?」
恥ずかしくて素直に触って欲しいとも言えず、少し睨むようにして小さく頷いた。そんな俺を見て、高松はニヤリと笑ってから思い切り俺の乳首をつねった。
「んッ! お前……急に強くしたら、ダメだって」
「ちょっと痛いのとか好きじゃない?」
やんわりとした制止になんの意味もなく、快楽を追うように身体は強ばる。
「こっちの方がいい?」
こっちーー右を重点的に責められる。口に含まれ、舌で転がされ、思い切り吸い付かれる。その度に身体は反応した。小さな反応も高松は見逃さず、執拗にそこばかりを攻めたてる。初めての相手に弱点を見つけられて、こんなにヘナヘナになってしまう自分が情けない。でも、正直気持ちよくて仕方がない。
「苦しいでしょ」
高松は俺の下腹部に手をつけた。そこは既にパンパンに張り詰めテントを張っていた。
高松は俺のズボンのジッパーを下げ、下着からペニスを取り出した。既に立ち上がっているそれは、その先にある快楽を待ち切れず、ダラダラと先走りを垂らしている。
「もうこんなになっちゃってるんですね。そんなに興奮してるの?」
「あんま言うな。お前にこんなふうにされて……その」
──興奮しないわけがない。
だって好きなんだ。ずっとこんな日が来るなんて思わなかったんだ。
「……なんで、そんなに泣きそうな顔してるんですか」
いまだに信じられなくて、感情が爆発して抑えられない。『諦める』の選択肢しかなかった思いを、こうして曝け出すことができるなんて。
「うるさい……好きなんだよ。お前のこと」
一生言わないと決めていた言葉を口にした。
こんなにフワフワとした幸せな気持ちになるなんて、俺は知らなかった。
「尾上さん、可愛いですね」
高松が零した笑みも、その顔も好きだと思ってしまう。
「かわいっ……わけないだろ」
ペニスにゆるゆるとした刺激が加えられた。やんわりと上下に擦られ、背筋がゾクゾクする。これだけでもう、気持ちがいい。
「んっ♡……たかまつ」
「気持ちいい?」
「……うん」
「イかせて欲しい?」
焦らされて頭がフワフワする。
ダメだ、イキたい。好きな人の手で、高松の手でイきたい。
「イかせて……高松の手で、イキたい」
自ら懇願するほどには余裕も恥じらいもない。イキたい、イキたい。気持ちよくなりたい。そんなことばかりが頭の中を支配する。
「いっぱい気持ちよくなろっか」
口付けられたと思ったら、口内に舌が滑り込んできた。高松の舌が歯列をなぞり、俺の舌を絡めとって吸い上げる。俺はキスに夢中になって、息をすることも忘れていた。酸素が薄くて意識がぼんやりする。高松とのキスは気持ち良いなと、虚ろな意識でそう思った。
ペニスを擦り上げる手はいっそう早くなり、俺をイかせようとしているのが分かる。いやらしい水音が静かな部屋の中に響いて、俺は余計に興奮していた。
「あ♡……っん♡」
足先がピンと伸びる。身体に力が入る。
「高松ッ……もうイク♡や、やだ……イクからっ……ぁ♡……」
ペニスを扱く動きはさらに早くなり、頭がパッと真っ白になって何も考えられなくなる。力無く飛び出した精液は高松の手を汚していた。白濁を吐き出してからはぐったりして、ぼーっとして、力が入らない。
「気持ちよかったんですか?」
「そんなの、気持ちいいに決まってるだろ。そんなこと言わせてどうする」
とてつもなく恥ずかしい。こいつ……意外と意地悪だな。気持ちよくなかったらイッてないだろうが。
「惚けてるとこごめんね。俺のもお願いしていいですか? ……舐めて」
高松はいつの間にか前をくつろげていた。膝立ちになった高松は、立ち上がりかけていた一物を俺の目の前に差し出している。
「フェラは、あんましたことないんだけど」
「それでもいいですよ」
フェラの経験はあまりないから、高松を満足させられる自信はないし特段好きな行為でもない。それでも舐めたいと思っていた。高松のなら……高松が気持ちいいと思うのならば。
「んッ……ふぅ……」
恐る恐る先っぽを咥え、出来るだけ口の中に収めた。根元を握りこみゆるゆると頭を動かした。
「あー……いい」
頭上から小さく声が聞こえる。自然に漏れた声かなと思う。少しは気持ちがいいみたいで安心した。舌先で亀頭を舐めあげて、できるだけ口をすぼめてストロークする。高松の物は長く、喉の奥に当たって度々えずきそうになる。
「ん……んっふ……」
「きもちいいよ」
同じ男である分、なんとなく気持ちのいいところは分かるつもりだが、不安だからと度々高松の表情をうかがっていた。
「ふふ、尾上さんはそこ責められると気持ちいいって思うんだ?」
――こいつ。
頭に血が上っていた。もう恥ずかしくて顔も見られない。男なら気持ちいいところは大体同じだろうと、俺の浅はかな考えが見透かされているようだった。
見えてはいないが視線を感じる。頭を撫でられ余計に辱められている気がする。というか、絶対に気のせいじゃない。腹が立ったから、少し歯を立ててやったら痛がる素振りを見せた。いい気味だ。
「噛まないでッ……俺が悪かったから」
そう言って高松は、あははと笑う。随分と余裕がありそうで癪だ。腹いせに持てる力を全て出し切ってイかせることにした。しかし、だんだん疲れてきて顎も痛い。高松は余裕がありそうだし、やっぱり俺は下手なんだろう。
「あー……そろそろイキたいかな。尾上さん、ごめんね」
懸命に咥えていると、高松に後頭部を掴まれて上下させられる。その衝撃に俺は思わずえずいてしまった。
「あッ! ……っえ……うぅっ」
「ン、口の中に出すから飲んでねッ……!」
喉の異物感がひどく、息が苦しい。上手く咥えられないのだから高松だって気持ちよくないだろうに動きを緩めない。
「ぅ……う゛っえ……あぇ」
口から漏れるのはおっさんの汚い呻き声でしかない。高松はこんなもののどこがいいのだろう。
「あっ……やっ」
「どうしたの?」
お前やめろと言いたかったのに、それでも高松は止まってくれない。それどころか、むしろ激しくなっている気がする。
「あ……出るッ」
高松は二、三度緩くストロークして、喉奥に思い切り精液をぶちまけていた。
吐き出す場所もないから、お望み通り飲んでやった。高松が口からペニスをずるりと引き抜いても、ねっとりとした不快な液体が喉の奥に絡みついて、気持ち悪い。
「俺の精子美味しいですか?」
「お前ッ……流石に調子乗りすぎだぞ」
思い切りにらみつけてやったが、高松はニヤけるだけで全く懲りていないようだった。
「こういうの嫌いですか?」
「馬鹿。好きじゃない。もっと……」
「もっと?」
「……大事にしてほしい」
「可愛い……じゃなくてすみません。調子乗りました……」
どこかに落としたのか、ライターを貸してもらってタバコに火をつける。タバコでも吸って落ち着かないとやっていられない。
「俺も一本良いですか?」
「ほい」
タバコとライターを差し出すと、高松はパッケージからタバコを一本取り出して火をつけた。
「お前、酔って吐くなよ」
千鳥足の酔っぱらいがあんなに動いたら、余計に気持ち悪くなるだろう。
「あ〜……ごめんなさい、尾上さん。俺、全然酔ってないんです」
「は?」
高松の言葉が理解出来ず、ただ瞬きを繰り返すだけった。
苦笑いで、高松は事の顛末を話し始めた。俺を部屋に連れ込んで色々するために、飲みに誘い、酔ったフリまでして俺を部屋に連れ込んだらしい。こいつ、とんでもないことしやがるな。それに気づかずノコノコと着いてきてしまう俺も俺だが。
「いつだったかな。尾上さんを見た時にすごくエロいなって、突然思ったんです。そこからは組んだ足とかタバコを持つ指とか、全部エロく見えちゃった」
怒るはずだったのに、とんでもない告白をされてどうでもよくなってしまった。こういう時、どんな顔をすればいいか分からない。具体的にここが良いと言われると、そこばかり意識してしまう。
「この人、どんな風に啼くんだろうって思ったら抱きたいなって」
押し倒された時の、ストレートな言葉を思い出す。
「尾上さんがノンケかもしれないのに、こんなに惹かれて……こんなこと思ったの初めてなんです。ただの口説き文句だと思って流されたら嫌だから言うけど、尾上さんが良ければ、今度は挿れたい」
高松の手のひらがするりと俺の尻を撫でる。小さく声が出てしまった。身体はずいぶんと素直だ。
「……いいよ」
高松は気を使ってくれていた。本当は挿れたいはずなのに俺の尻のことを考えてくれて。準備をしなければならないのも高松は知っているから、無理強いなどしなかった。
「今度は変な小細工いらないぞ」
俺がそう言うと、高松の顔がパッと明るくなった。底抜けに明るくて人気者。人の心が分かるから優しくて、その人の一番欲しいものをくれる、俺の好きな人が目の前にいた。
「でも、俺の口を物みたいに使うのやめろ」
暴力ではないだけまだマシなのかもしれないけれど、それでも少し怖かったのだ。
「それは、ほんとにごめんなさい」
高松は手を合わせて謝り倒している。調子に乗っていたのを知っているから軽くデコピンでもしておいた。
「だいたいお前ノンケじゃないのかよ。バツイチだろ」
「結婚してたけど、まあ、それはそれ」
本人曰くバイセクシャルらしい。手慣れた感じからして、もしかしたらかなり遊んできたのかもしれない。
「なんで俺のこと……その、分かったんだよ」
「勘ですね」
──呆れた。こいつは勘でノンケかもしれない奴を連れ込んだのだろうか。
「半分冗談です。普段の尾上さん結構バレバレですよ? 俺のこと好きなんだろうな〜って。俺も尾上さんのこと好きだからよくわかります」
高松から見ればバレバレな好意を、俺は隠し切れていると思っていたのだ。とんだ道化だ、恥ずかしい。それでも、高松の口から『好き』という言葉が出て浮かれている。たったそれだけの言葉なのに我ながら単純だ。
「ただの自惚れだったらどうするんだよ」
「勘違いなら二件目でそのまま解散して終わりですよ」
高松は何でもないように言う。見極める自信があるんだろう、本当に器用な奴だな。
「それにしても、尾上さん耳弱すぎでしょ。すーぐふにゃふにゃになっちゃうんだから。タクシー乗ってた時も、チラチラ俺のこと見てたの、分かってますからね」
思わずタバコの灰を落としそうになる。顔に血が集まるのを感じた。これで何度目だよ。
相手が酔っぱらいだと思って完全に油断していたが、一枚も二枚も彼の方が上手なのだ。こいつには敵わない。
俺は大人しく手を挙げた。
「はあ……俺の負けだよ」
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