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第3話┇決戦は金曜日②

 俺はしばらく煩悩と戦っている。尾上さんがエロく見える病にかかってしまったのだ。喫煙所で一緒になった時、タバコを持つ指に見とれた。細くて長い指を一本一本丁寧に舐め回したらどういう反応をするの。  足を組んで座っている姿が綺麗だと思った。尾上さんは細くて足も長い方だから、すごく絵になる。髪もフワフワのさらさらでとにかく線が細い。少し猫背になってゲーム画面に向かっているのも可愛い。シャツの上にニットやカーディガンを着ていたり、少しゆったりとした服を着ているけど、脱いだらどんな感じなの。キスは上手いの。どんな風に啼くの───。  我ながら酷い。煩悩の塊、シンプルに欲求不満。二年半もの間、普通に関わってきた相手に突然劣情を抱いているのだから、自分でも驚いている。彼は友人であり、恩人でもある大切な存在だ。それなのにどうしよう。俺、尾上さんとめちゃくちゃセックスしたい……!  目の前に本人がいるのに、やましい事を考えてしまうから大変だ。いつもより一つボタンを緩め、顕になった首元も今では毒だ。余計な妄想も相まって俺の愚息が少し反応している。そんなことも露知らず、尾上さんはいつも頼むだし巻き玉子をつまんでいる。半個室の行きつけの居酒屋で、一時間はくだらない話をしていた。  俺が抱きたいと言えば、尾上さんは頷いてくれるのだろうか。今まで関わってきて、尾上さんには全くと言って良いほど女の影がない。彼女の話も聞いたことがないし、結婚しているわけでもないと思う。とりあえずフリーなのかな。(若い頃に遊びまくっていた)俺の勘ではノンケではなさそうなんだけど、どうだろう。  とりあえず恋人の話でもして、探りを入れてみるか。 「尾上さんって付き合ってる人いるんですか」 「なんだよいきなり。さてはお前……酔ってんな」 「誤魔化さないでよー。……いるの?」  少し語気を強めると、尾上さんはバツが悪そうに言う。 「……いないよ。しばらくいない」  尾上さんは生ビールをぐいと飲み干す。即座に少し辛めの日本酒を頼んでいた。 「作らないんですか?」 「今更めんどくさいだろ。また一から関係やり直しなんてやってらんないよ」 「ふうん? じゃあ気になってる相手もいないんですね」  尾上さんは一瞬顔を顰め、口を噤んだ。なんて分かりやすい人なんだ。 「あぁ、いるんですね。その人とは?」 「うるさいな。……無理なんだよ」  まるで苦虫を噛み潰したような顔。 『無理』ということは訳アリなのか。相手に恋人がいるとか既婚者とか? だとしたら拗らせてんだろうなあ。 「そんな事より。お前は、もう吹っ切れたのか」  「俺はもう大丈夫です! 尾上さんのおかげですよ」 「俺は、別に何もしてない」 「ううん。尾上さんがいてくれて良かったです。……正直かなり救われました。気を使って食事や飲みにも誘ってくれて、ゲーセン行ったらだいたいいるし、話したい時に話せるのは助かります。居心地よくて、俺は尾上さんとこうして飲んでる時が一番楽しいです」  おだてているわけでも口説いているわけでもない。これは紛れもない本音だ。家庭にギクシャクしていたあの頃より何倍も楽しい。それなのに、今では尾上さんが俺の事を見てくれたら良いのにと思ってしまう。その意中の人がどんな人なのかは知らないけれど、そこそこ長い時間一緒にいる俺よりも気になっちゃう人なんですか。俺じゃないんですか。 「……そうかよ」  おちょこを弄んでそっぽを向いている。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。珍しく酔いが回っているのかもしれない、今日はペースが早いな。 「なぁ高松。どうして、俺とこうやって飲んだりするんだ」 「どうしてって、尾上さんと一緒にいると楽しいし」 「なら……俺とお前は友達なのか?」 「友達じゃないなら、何なんですか?」  一瞬、尾上さんは目を見開いて苦しそうな顔をする。唇を噤んで言葉に詰まってしまった。  少し意地悪をしてしまったかもしれない。ごめんね。そんなに心配しなくても、ちゃんと友達です。……俺の大事な人ですよ。 「そんなに考え込まなくても。俺たち仲良いじゃないですか! 俺、尾上さんのこと大好きですよー。尾上さんは俺のこと好き?」 「……う、うん」  少し驚いたような顔をして、泳いだ目を逸らしてから小さく呟いた。心なしか頬が赤い。  かっわいい。これで脈ない事あるの?  アルコールの力なのか、それとも尾上さんが致命的に取り繕うのが下手なのか。少しカマをかけただけでコレか。おそらく本人は隠してるつもりなんだろうけどバレバレなんだよなあ。全く目が合わないし、やたら恥ずかしそうだし、好きだって言葉に出来ないんでしょ? どこまでも都合のいいように考えてしまうのも、アルコールのせいなのか。 「またこうして遊んでくれますか?」 「そりゃあ、お前が良いならもちろん」  朱に染まった顔ではにかむものだから、思わず可愛いと口から出そうになる。  酔ったのか、少し惚けている尾上さんの横顔をじっと見つめていたら、バレてしまって訝しげな顔をされた。 「……どうした、なんか言いたいことある?」 「いえ、なんでもないです」  どうしても見てしまう、目を奪われる。  フワフワで癖のない、少し白髪の混じった黒髪。黒縁の眼鏡はクマが沈着した目元を隠していた。首元を開けたシャツにグレーのカーディガンのボタンを閉めて。タバコを持つ指は相変わらず綺麗で、唇からはゆらゆらと煙が漏れていた。 「そういえば、今って暇な時期なのか?」 「普段よりは多少暇ですね」  尾上さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。ここまで重症だと、どこかでボロを出してしまうだろう。好意(と言うにはあまりに邪だ)がバレるにしても、尾上さんに与える印象は良くしたい。それなりに脈はあると思うから、上手いことすれば抱けるのでは……?  ノンケかもしれない人を抱きたいなんて、初めて思った。それなりに酒の入った頭で一晩の相手に欲情する事はあれど、普通に暮らしていて見惚れる男は尾上さんだけだ。  もう、好きなんだと思う。 「尾上さん、来週の金曜の夜空いてます?」 「空いてるよ」  ひとつ、仕掛けてみようと思った。 「じゃあ、その日飲みに行きませんか」 「おう、行くかー」  尾上さんを上手いこと家に連れ込んで、それっぽい雰囲気にしたい。俺が舞い上がっているだけで、ただの勘違い、脈ナシだと思ったら二次会で解散すればいいし、そこまで無理はしない。でも、尾上さんが俺を想ってくれているのなら、俺は絶対に、尾上さんを抱く。

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