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反対の反対の反対!

「高松、嫌い」  尾上さんから放たれたどストレートな拒絶の言葉は、短いながらも俺にとてつもないショックを与えた。片付けたばかりのダイニングテーブルで半ば放心状態だ。  こんなことは初めてだ。今までよく分からない性癖を暴露して気持ち悪いと言われてきたけれど、理由もなく拒絶されたことなんてない。俺は何かしてしまったのだろうかと不安になる。  手元のマグカップはまだ温かい。目の前で夕食後のホットコーヒーを飲む尾上さんは、いつもと変わらないように見える。  俺は心の準備をして、恐る恐る尾上さんにお伺いをたてた。 「お、尾上さん……俺、なんかしちゃいました?」 「高松はかっこよくない、あとキス下手くそ。一緒にいても楽しくない」  まるで用意していたかのように、尾上さんからスラスラと言葉が出てくる。普段からそう思われていたのだろうか。  自慢ではないが、見た目は褒められるしキスだって下手ではないと思っていたから二重にショックだ。俺はがっくりと肩を落として、ちょっと泣きそうだった。 「そんな……いつも、そう思ってたんですか?」  少し自信を無くして、そんなことを聞いてしまった。  尾上さんはどこか一点を見つめながら、タバコの箱を弄んでいる。眉間に皺を寄せ、少しだけ唇を尖らせながら。 「……別に好きなもの覚えてくれてるのも嬉しくないし、カレーも美味くないし。声がデカイのは本当だから違うし、あとは……なんだろうな……えーっと」  尾上さんは言葉に詰まってしまった。おそらく、俺の悪口を頑張って探している。  ──なんか、おかしくないか?   もしかして、尾上さんはまた何かを企んでいるのだろうか。今だって下手な嘘をつく時の顔をして──嘘?  やっと合点がいった。そういえば今日は四月一日じゃないか。 「……もしかしてエイプリルフールだからですか?」 『嫌い』の一言があまりにショックで気が付かなかったけれど、尾上さんは明らかに嘘をついている。 「……違う。別に俺は、嘘ついてるわけじゃないし」 「それも嘘ですよね?」 「うっ……うるさい」  あくまでシラを切るつもりなのだろう。もうバレバレなんだから認めればいいのに、この人は変なところで意地っ張りなんだから。 「本当に俺のこと嫌いなんですか? エイプリルフールは午前中までっていうけど、それでも嘘つくんですか?」 「そ、そうなのか!?」 「らしいですよ」  尾上さんは焦ったように声を張り上げ、肩を落としてしおらしくなってしまった。 「ご、ごめん……本気にしないでくれ。本当に嫌いなわけじゃないんだ。ちょっと困ってるところが見たかっただけで、お前のこと好きだしかっこいいと思ってる。カレーもめちゃくちゃ美味いし、声もデカイ」  尾上さんは俯いて、心底申し訳なさそうに謝っている。 「顔上げてください。怒ってないし、こんなことくらいで動揺しませんよ。俺も意地悪言ってごめんね」  さっきまで不安になって動揺していたのに、どの口が言うのだろう。これが俗に言う『優しい嘘』なのか。  尾上さんはそれでも俺の顔色をうかがっている。 「そういえば、エイプリルフールについた嘘は実現しないらしいですね」  俺もよく知らない噂話だ。けれど、俺は尾上さんを安心させたかった。 「そうなのか? じゃあ、いっぱい言っておけば良かったな」 「なんて言うつもりだったんですか?」 「二人ともこの先ずっと不健康! あと、高松が変なことに巻き込まれろ〜とか」 「変なこと……?」 「UFOに連れ去られたり、変な部族に拉致されたり」 『交通事故に巻き込まれますように』なんて嘘を予想していたのに、UFOとか変な部族とかどういう発想をしているんだろう。やっぱり尾上さんは面白い。 「流石にそんなこと起こらないですよ」 「あはは。まぁ、お前なら大丈夫そうだしな!」 「どういう意味ですか!」  ──良かった。  目の前にはいつもの笑顔が戻っていた。それだけで俺も嬉しい。 「まぁ、それは冗談だけど」  尾上さんはいつものように箱からタバコを取り出してライターで火をつける。深く、一息で吐いた煙がゆっくりと室内に広がっていく。 「本当に言いたかったことは、さ」  尾上さんはこちらを一瞥して、まだ煙の立ちのぼるタバコを灰皿に置いた。 「高松が俺をずっと嫌いでいてくれますように、かな」  少し照れながら、それでも視線は真っ直ぐ俺を捉えている。こんなに可愛くて健気な人、ずっと好きに決まっている。  嘘でも嫌いだなんて言えなくて、俺は尾上さんにそっと唇を合わせた。

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