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今日はホワイトデー

 ホワイトデー、バレンタインのお返しをする日。  去年はお互いにチョコレートを交換するだけだったが、今年は少し違った。高松が手作りのチョコケーキを作ってくれたのだ。手間暇かけて作ってくれたものを貰ってしまった手前、俺もちゃんと返したい。こういうのはお金じゃないと思うから。  相場では3倍返しなんて話も聞くが、そこまでしなくてもいいだろう。俺と高松は付き合っていて、同棲までしているんだから。 『お返し』というからには、同じものを返すのがいいんじゃないかと俺は思った。つまり、俺もお菓子を作って渡そうというのだ。  しかし、俺は料理が下手だ。過去にとんでもない味のカレーを作った時よりはマシになったと思うが、一人で作れと言われるとあまり自信はない。そんな奴が「手作りしようと思う」なんて言い出したら、高松だってやめろと言うに決まっている。  よっぽどじゃない限り失敗しないお菓子はないのだろうか。子供でも作れるような……子供でも作れる。  ……ホットケーキか?  たしか子供の頃だったが、親と一緒にホットケーキを作ったことがあるような。まぁ、粉に卵と牛乳入れて混ぜて焼くだけだろうし、さすがに失敗しないだろう。  次の日、仕事帰りにスーパーに寄り、ホットケーキミックスを買って帰った。3月14日、ホワイトデー当日。高松には内緒にしたいから、昼食をとった後、適当なことを言って高松を一時間ほど家から追い出した。  さあ、作るぞ。  高松がいつも着けているエプロンをとりあえず着ける。ホットケーキミックスの袋を見て作り方を確認すれば大丈夫だろう。  まず、卵を入れて。……まずい、殻が入った。なかなか取り出せなくて少しだけ時間をロスした。幸先が悪い。  次に、卵に牛乳を入れて混ぜるらしい。へえ、まずは粉を入れずによく混ぜるのか。  粉の入った袋をハサミで切ると、粉が少し周りに散ってしまった。……片付けるのは後でいいか。  それにしてもなかなか上手く混ざらない。小さな玉ができてしまう。結局あきらめてしまったが、ある程度混ぜ続け、それなりにサラサラの液になった。  こんなものだろう。あとは焼くだけだが、こんなに疲れるものなのか。  高松に連絡を入れて、そろそろ帰ってきた方がいいかもしれないと言っておく。焼きたてを食べた方が美味しいだろうから。  五分ほど休憩してから気合いを入れ直した。フライパンに油をひいて、火をつける。温まったフライパンに生地を流し込んだ。生地には小さな穴がフツフツと開いて、ほんのり甘い匂いが辺りに漂う。 「いいかんじ……なのか?」  少ししてから火が強いことに気がついた。袋には、まずは弱火にしろと書いてある。裏面をフライ返しでそっとのぞいてみると──こげていた。 「うわ……もう失敗した」  己の不器用さを呪った。慌ててひっくり返し、今度こそ弱火にして中まで火が通るまで待った。  そうしてできたものは、あまり出来が良くはなかった。片面は焦げて、生地は薄くてペラペラ。絵に描いたようなホットケーキとは真逆だった。こんなもの、高松に食べさせるわけにはいかない。  まぁ、まだ次があるだろ。誰だって初めはうまくいかないに決まっている。  二枚目。火加減に気をつけてみたら、今度は火が弱すぎてひっくり返す時に上手く形が保てず、ぐちゃぐちゃになってしまった。味は美味しいのかもしれないが、やっぱり高松に食べさせるわけにはいかない。 「いやいや、次うまくいけばいいだけだから」  三枚目の生地をフライパンに流し込んだとき──玄関の方で物音がした。高松が帰ってきたのだ。  キッチンに入ってくるなり、高松は鼻をならした。 「あれ……いい匂いする」 「おう、高松。おかえり」 「えっ、尾上さん。ホットケーキ焼いてるんですか?」  今まで焼いたものをそっと物陰に隠す。 「今日ホワイトデーだし。この前のバレンタイン、なんたらショコラってやつ作ってくれただろ? そのお礼だよ」 「尾上さんが手作り……」 「俺だって作ってもいいだろ? 手作りのお返しは手作りってな」 「そりゃ、嬉しいですよ。でも、俺が作りたくてやったことだから、尾上さんまで真似しなくても……」  高松が申し訳なさそうにそんなことを言うから俺は小さくため息をついた。 「俺だって同じだよ。やりたいからやってるんだ。俺が無理してるとか、そんなこと考えてるのか? 俺が、やりたくないことなんかするわけないだろ」  たとえ、高松が喜んでくれるとしても気が向いたことしかできないだろう。自分で言うのもなんだが、本当にわがままだと思う。たぶん、今さら変えようと思っても十年は変わらないと思う。それでも、高松は待ってくれると思うけれど。 「尾上さん……」  そんな中でも、したいと思えることはやっていきたいんだ。  高松は俺を見つめてはにかんだ。 「尾上さん。でも……焦げてます」  サッと血の気が引いていく。喋るのに夢中で、生地の存在を完全に忘れていたのだ。 「お前、気づいたんなら早く言えよ!」  慌ててひっくり返すも、きれいに焦げていた。次こそ高松の分にしようと思っていたのに。俺は思い切り肩を落とした。 「ごめんなさい。匂いで……もしかしてと思ったんですけど、遅かったですね」  高松を責めるのはお門違いだ。全面的に俺が悪い。 「新しいの焼くから、お前は待っててくれ」 「それ食べますよ?」 「いや、まだ焼けるから大丈夫だぞ」 「でも、尾上さんそんなに食べれないでしょ」  高松は俺が隠していたホットケーキの皿を指さした。焦げたものも、ぐちゃぐちゃになったものも、高松からは見えていたらしい。 「……そうだけど」  でも、大事な相手には少しでも良いものを食べてほしい。そう思うのは普通じゃないかと思うのだ。 「大丈夫ですよ。これくらい、バターとメイプルシロップでなんとでもなりますからね」  高松はいつもの明るい笑顔で言った。  そう言ってくれるなら、いいか。やりたいからやってるんだって、自分自身でさっき言ったばかりだ。 「じゃあ、メイプルシロップ買ってきてくれ」 「えっ」 「……買い忘れた」 「ホットケーキはシロップあってなんぼなのに〜」  文句を垂れる高松を使いっ走りに出す。一人になったキッチンで、今度こそはと意気込んで焼いたホットケーキも結局はペラペラな薄いものだったけれど──今までで一番綺麗な焼き目がついていた。  早く美味そうに食べる高松の姿が見たいなと、そう思う。  3月14日午後3時15分、皿に盛られたケーキを見つめながら。

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