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バレンタインチョコレート
バレンタインデーはチョコレートを渡す日だ。
俺と尾上さんが両想いになって2年。去年は普通にチョコレートを交換したが、今年は何か違うことをしたいなと、サプライズが好きな俺は思った。
ブランドもののチョコレートもいいけれど、尾上さんはブランドというものにあまり価値を感じていないようだ。プレゼントそのものが嬉しいと言っていたし、とにかく気持ちが嬉しいのかもしれない。
気持ちが伝わるものはいっぱいあるけれど、俺が思いついたものは──手作りだ。そりゃ市販の物と比べれば味も見た目も劣るだろう。それでも、気持ちだけは伝わるんじゃないだろうか。バレンタインデーに手作りのチョコレートなんて女子高生か? と思わなくもないけれど、おじさんが手作りチョコを作ったらダメなんてことはない。世の中のパティシエだって男が多いんだから。
「14日は家にいてくださいね」と念押ししておいた。
今日はバレンタインデー当日。尾上さんは昼食を過ぎてから、リビングでかじりつくように本を読んでいる。この様子ならしばらくは俺が何をしているのか気付かないだろう。
そうと分かれば、さっそく準備にとりかかろう。今日作るのはフォンダンショコラだ。なんかおしゃれな感じのする食べ物だし、特別な日に作るにはちょうどいいかもしれないと思ったのだ。
事前に探していたレシピをもう一度確認する。材料はバッチリ、気合いを入れてエプロンを着けた。
クッキーを作ったこともあるけれど、チョコレート菓子は一段階難しいと思う。電子レンジでチョコレートを溶かすのも初めてで神経を使った。丁寧に世話をして、見よう見真似だけれど上手くできた。
それから、生クリームと溶かしたチョコレートを冷蔵庫に入れておく。そして、オーブンを予熱する。生地はレシピ通りにちゃんと混ぜたし、分量も順番も正しい。
「よし……」
買ってきた型に流し入れ、天板に並べる。オーブンにセットして一息ついた。この後、難しい工程はない。
ふと、リビングを見ると尾上さんと目が合った。
「何してんの?」
尾上さんはキッチンに入ってきた。オープンキッチンだからリビングから手元は見えずとも匂いはするし、気づくのも当然か。
「今日はバレンタインじゃないですか。だから、お菓子作ってるんです」
「手作りで? すごいな。何作ってるんだ?」
「フォンダンショコラですよ」
尾上さんは首を傾げている。フォンダンショコラが何なのか分からないらしい。
「焼き菓子なんですけど、中からチョコのソース……なのかな?が溢れてきて美味しいですよ」
尾上さんはイマイチピンときていないらしい。
「食べてみたら分かりますよ! 俺も初めて食べたときは『なんだこれ⁉』って思いましたから。ちゃんと美味しいですし」
オーブンの様子を見ながらそんな話をしていたら、タイマーが鳴った。取り出して見てみると、焼き加減も問題なさそうだ。
「お前本当に器用な奴だよな」
「あはは。器用貧乏だと思いますけどね」
自分でも器用だとは思う。
これといった特技がないと悩んだこともあったが、今となっては大して気にするほどでもないと思えるようになってきた。
「それでもいいだろ。何もできないより絶対にいいんだから」
褒められると素直に嬉しい。尾上さんは正直だし、いつも俺が欲しい言葉をくれる。本人が特に意識していなくとも、俺にとっては救いそのものなのだ。
「これもう食べていいのか。熱いうちに食べた方がいいんじゃないか」
俺を急かす尾上さんはやけにソワソワしている。
「もうちょっと待ってね」
尾上さんはつまらなさそうに唇をとがらせた。こういう子供っぽいところが可愛いなと思う。
「食べられるようになったら言ってくれ。俺が買ってきたチョコレートもつまもうぜ」
「尾上さんも買ってきてくれたんですね。……じゃあ、ちょこっと、つまみますか」
「……親父ギャグかよ」
こんな言葉にも笑ってくれる尾上さんを見て、今日の日も特別楽しいのだろうと嬉しくなってしまう。
2月14日午後3時15分、エプロンを外しながら。
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