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かぜっぴき
高松が風邪を引いた。
昨日の夜からすでに体がダルいとボヤいていた。寝れば治ると言うのでその場はとりあえず放っておいたが、朝起きてから熱を測らせてみると38.3℃もあった。まったく、休みの日に難儀な奴だ。
「やっぱり風邪じゃないか」
「はは……さすがにちょっとしんどいですね」
声も小さく、ずいぶんとしおらしくて高松じゃないみたいだ。
こんなの寝たら治りますよ〜と言っていたのは誰だったか。『馬鹿は風邪ひかない』なんて言葉があるけれど、馬鹿は風邪に気づかないだけなのだと俺は思う。
「ちょっとじゃなくて、わりとしんどいんだろ。大人しく寝てろ。風邪薬持ってくるし」
高松の部屋を出てリビングで風邪薬を探す。半年ほど前に買ったものを見つけた。おでこに貼る冷却シートもあったから、一緒に持って戻る。
「ほら、これ飲んで大人しくしてろよ」
「ん……尾上さん、ありがとう」
高松はやっとこさ起き上がって薬を飲んでいた。そのまま倒れるように横たわり、瞼を閉じた。思ったより症状は酷いのかもしれない。
「おでこに冷たいの貼るからな」
用意したシートを高松の額に貼る。
「つめたい……」
「無理せずに、ちゃんと暖かくして寝るんだぞ」
「はーい……」
布団にくるまった高松は、そのうちすやすやと寝息をたてていた。
起こさないように部屋を出る。そっとドアを閉じて溜息をついた。
ところで看病って、どうすればいいんだ?
昔は恋人が風邪引いたとき何してたっけ? そういや、ほとんど放置していた気がする。薬飲んで寝てれば治るだろう、だって俺は医者じゃないんだからできることなんてそんなにないだろうと、今でもそう思っているのに──冷たい奴だと言われてしまったのだ。心配じゃないのかと責めるように言われた気もする。
何もできないだけで心配はしている。けれど、それじゃ他人には伝わらない。……口だけならなんとでも言えるのだから。
──何か、しなければ。俺は、高松に何をしてやれるのだろう。高松のために何ができるのだろう。
とりあえずゆっくり寝させてやるとして、スポーツドリンクや栄養ドリンクはいるだろうか。おでこに貼るシートも少なくなっていたし、補充しよう。いっそ首にネギでも巻いてやろうか。ネギといえば、食事も考えなければならない。
昼はシンプルにおかゆ? それとも精がつくものの方がいいのだろうか。たぶん、何かしらは食べた方がいいと思う。
今日くらいは俺が作らなきゃダメだ。最近は家事がおざなりで、料理はできないし洗濯物を取り込むのだって忘れてしまう。俺はいつだって高松から貰ってばかりなのだ。
「よし……やるか!」
急いで家を出て、車に乗って近くのドラッグストアまで急いだ。
ファイト一発栄養ドリンク、スポーツドリンクと経口補水液、ゼリー、みかんの缶詰。おでこに貼る冷却シートも買い足す。要りそうな物をとにかく買い込んだ。
だいたいこんなものだろう。レジ袋にネギを刺してすぐに帰宅した。
困ったもので、キッチンに立ってみると勝手が分からないことに気づいた。
お粥くらいならと簡単に考えていたが、俺はお粥を作ったことがない。適当に作ってとんでもないものを食べさせるわけにはいかないだろう。
ネット検索してスマホと睨めっこをしていた。その間にも、気づけば正午を過ぎている。昼飯の準備をしたいのに。
「なんでこんなにいっぱいレシピがあるんだ……!」
有名な料理番組のレシピが数件、素人が投稿したレシピが数百件。どれを選んだらいいんだ?
「あー……聞いたことある雑誌だな。これなら、いけるか……?」
「メシなら昨日の残り物食べるんで大丈夫ですよ」
突然背後からかけられた声に俺は大袈裟に驚いてしまった。
「お、お前いつからいたんだよ……!」
「ついさっきですよ」
「しんどくないのか」
「今はだいぶ良くなりました。油っこいものじゃなければ食べられるんで、昨日のおかずの残りと冷凍してあるご飯でいいですよ」
そう言ってみせる高松はたしかにフラついていないし、顔色も悪くない。冷蔵庫を開けて中を物色する元気もあるようだ。
「それくらい俺がするよ」
「大丈夫ですか……?」
「お前……さすがにそれは俺を舐めすぎだ」
相手が病人じゃなければ怒っている。俺がいくら料理ができないといっても、レンジでチンくらいはできる。
訝しげな表情で見てくる高松をダイニングテーブルに着かせた。
「任せろ」
ご飯の入ったタッパーを冷凍庫から取り出しレンジでチンする。その隙に昨日の残り物を準備した。
幸い肉じゃがなら風邪っぴきでも食べやすい部類だろう(たぶん)。汁物もあった方がいいと思うから、インスタントのかきたまスープも用意した。
「尾上さん、ありがとうございます」
高松はいつも通り微笑んでいる。
「自分で食べられるか?」
俺がそう聞くと、高松は少しだけ考えてから口を開いた。
「食べれないって言ったら、食べさせてくれるんですか?」
「……まあ、そりゃな」
惚れた相手の介護くらいできなくてどうする。まあ、『介護』は言い過ぎだとしても、弱っているときくらい甘やかしてやりたいとは思うのだ。
「嬉しいですけど……あーんとかしたら、近すぎてうつっちゃいますよ?」
自分で言い始めたくせに怖気付いたのだろうか。
「そんなの今さらだろ。一昨日キスしたんだから、どうせうつってるよ」
温めた肉じゃがをスプーンで掬った。
「してほしいんだろ? ほら、あーん」
「あ、あーん……」
始めは言われるがまま肉じゃがを口に入れた高松だったが、いざ咀嚼し始めると気が抜けただらしない顔をしている。なんだ、わりと元気じゃないか。
「あぁ……尾上さんの『あーん♡』は万病に効く……」
「変なこと言ってないで、ほら、これも飲め」
かきたまスープを掬ってアツアツになったステンレスのスプーンを高松の口の前に突き出した。
「ちょっと待って、……あっつ! 熱いです。ス、スープはまだ熱いから!」
調子に乗っているからと少し懲らしめるつもりだったがやりすぎた。慌てて少しこぼしてしまった。
「あ、ごめん」
「火傷しちゃうから……もう自分でできますよ。ありがとうございました」
高松はいつも通り箸を使い始めた。一応、自分で食べられない設定だったはずだろう。
「なんだ、もういいのか。みかんの缶詰もあるぞ。そうだ、スポドリと栄養ドリンク買ってきたんだ。熱さましシートも替えて、暖かくしてゆっくり寝ないと……」
「だ、大丈夫ですよ。思ったより大した風邪じゃないから!」
「まだ熱あるんだろ。ダメだ」
「せっかくの休みなのに……」
何だかんだとからかいながら、高松の世話を焼くのは存外楽しかった。たまにならアリだ。
俺よりはるかに面倒見がいい高松は、俺の世話を焼くときどう思うのだろう? 同じように、ちょっと楽しかったりするのだろうか。
──もしかしたら、その答えは案外すぐ知れるかもしれないけれど。
あー……すでに喉が痛い。
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