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第1話 揺らぐ線引き < Side 瞬

 俺、近江(おうみ) (しゅん)は、ひとり親で、ヒステリックな母親に育てられた。  俺のするコト、なにもかにもが気に食わない母親。  なにかにつけ、俺は家から締め出されていた。  16歳の頃だ。  追い出された俺は、夜の街を宛もなく、ふらついていた。 「いくら?」  スーツ姿のオジサンに、声を掛けられた。  年齢的には20台後半くらいだったのかもしれない。  あの頃の俺には、ビジネスマン然とした格好の人間は、すべてオジサンだった。  酔っているようには見えず、人違いだとも思えなかった。  俺は、何の話かと訝しげな瞳を向けていた。 「お小遣い、欲しいんでしょ?」  尻のポケットから長財布を取り出した男は、そこから万札1枚を摘まみ出す。  財布をしまい、手にした万札を淀みなく四つ織りにした男は、俺を抱き締めるように腕を回す。 「これで、しゃぶってくれる?」  万札を俺の尻のポケットへと捩じ込み、耳許で、ねっとりと絡みつくような声を放ってくる。  言葉の意味を理解した俺は、驚きと嫌悪の混じる瞳を向けた。  身体を離そうともがいてみたが、腕ごと抱き締められている俺は、その包囲から抜け出せない。 「足りない? 意外と破格だと思うんだけど……」  男の手が、いやらしく俺の尻を撫で始めた。 「あと4枚くらい足して、ここで慰めてくれてもいいよ?」  むにゅりと掴まれる尻に、悪寒が背を走る。 「やめ……っ」  俺を囲う腕から逃げようと、引き上げた手で、男の身体を押した。  だが、男はびくともしない。 「ここにいるってコトは、そういうコトでしょ? 俺から逃げたって、すぐに他のヤツに捕まって、犯されるよ? 無理矢理やられるより俺で妥協しときなよ?」  拘束を解いた男は、俺の二の腕を両手で掴み、まるで子供を宥めすかすように言葉を紡ぐ。  男の言葉に、気がついた。  そこは、お小遣い欲しさに身体を売る奴らの溜まり場だった。  周りを見回せば、発情期の獣のような瞳でこちらを見やる男と、視線がぶつかる。  足も速くなければ、喧嘩もまるでダメ。  この男から逃れられたとしても、次はあいつに捕まるのが目に見えていた。  それに、咥えるだけで1万が手に入ると思えば、割りが良い気さえした。

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