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第2話 金に勝る嫌悪

 コンテナが積まれた倉庫街に連れ込まれた。  働く人間のいないこの時間は、しんと静まり返っているはずだったが、時折、盛った獣のような声が響いてくる。  じわじわと広がる恐怖と嫌悪。 「やっぱ、嫌だ……、これ」  尻のポケットに押し込まれた札を取り出し、男へと突っ返そうとした俺の髪が無造作に捕まれた。 「今さらでしょ」  そのままコンテナを背に、しゃがまされた俺の目の前で、立ちションでもするかのように、男がスラックスの前を寛げ始める。  いざとなると、金よりも嫌悪が勝った。  金を掴んだままの手で、男の腿を押し、睨め上げる。 「そんな可愛い顔で睨まれても、怖くもなんともねぇよ」  はっと鼻で笑った男は、半勃ちのペニスを俺の頬へと擦りつけてくる。  鼻をつく蒸れた臭いに、吐き気がする。  滑る感触が、俺の背筋を凍らせる。  黒光りするグロテスクな見た目に、身の毛がよだつ。 「ほら、早く。その可愛い口で、しゃぶってよ」  ……やらなければ、終わらない。  俺は、恐る恐る口を開いた。 「はあっ、焦れったい」  半開きの口許に男のペニスが、無理矢理に捩じ込まれる。 「……っ、ぅえ…っ」  腹の底から這い上がってくる気持ち悪さに嘔吐(えず)いた。  俺が吐き気に苛まれようと、男は意に介さない。  異物で口の中を刺激され、唾液が溢れてくる。  ぐじゅぐじゅと立てたくもない汚い音が、頭に響いてくる。  唾液に混ざる雄臭い不快な匂いに、俺の身体が堪らず胃液を逆流させる。  吐く……、思った瞬間に、軽やかな可愛らしい声が辺りに響いた。 「鸞ちゃぁん。見つけたよー」 「はいはい」  小動物を思わせる高めの声の後を、気怠げなバリトンボイスが追いかける。  それが比留間(ひるま) 礼鸞(れいらん)との出会いだった。  裏社会のトップを走る比留間の家系。  その一人息子である礼鸞は、なんの疑問も不満も持たず、家督を継いでいた。  可愛らしい声で礼鸞を〝鸞ちゃん〞と呼んだのは、タマ。  2人は、高校からの付き合いで、礼鸞が心を許す数少ない人物だった。

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