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第160話 出来損ないで、良かった
何か間違いを冒したのかと不安げな瞳で見詰めてくるマルの唇に、衝動のまま食らいつく。
白い肌に映える真っ赤な唇は、完熟の果物のような柔らかさで俺を魅了した。
ぢゅっと啜るように吸い込んだ空気に、マルの舌が従順に俺の口腔内へと入り込んでくる。
ねっとりと絡んでくる熱く滑る感触は、俺の芯を痺れさせた。
もっとちょうだいとせがむように、我慢ならない喉の渇きを潤さんとマルの舌が俺の唾液を浚っていく。
もぞもぞと蠢くマルの両手に、視線が惹かれた。
麻縄に捕らえられている両手が、まるで抜け出そうとしているかのように仕切りに捻られる。
縛ってほしいと願ってきたマルが、それから逃げようとはしないはずだ。
血が通っているかも怪しかったマルの真っ白な肌が、擦過で赤く色づいていく。
自傷しているようにしか見えない動きに、唇を離した。
足りない痛みを補うかのように忙しなく動いていたマルの手を、片手で包み制する。
「やめろ。傷が残る……」
とろりと溶けていたマルの顔が、悄気た空気を纏う。
唾液に濡れた唇だけが、場違いの色気を放っていた。
俺を煽る歪んだ表情を引き出すために、苦痛を与えるコトは嫌じゃない。
だが終わったあと、傷だらけのマルを見て平然としていられる自信はなかった。
行為を思い出し、興奮してしまうからじゃない。
お前は出来損ないなんだと自分の歪んだ性癖に責められるから、だ。
「こんな醜い痕を残したくない」
麻縄に擦られ、赤く発色する肌を手で覆い隠す。
達するために痛みが足りないのなら、いくらでも与えてやる。
痕が残らない方法は、いくらでもある……。
「醜くなんてないよ……」
不服げな空気を孕んだ寂しげな声を放ったマルは、しょんぼりとした瞳で俺を見やる。
「僕は、嬉しいんだ。これは、礼鴉のものだっていう証だから。……これがあれば、僕はここに居て良い気がする、から」
俺の手から逃げたマルは、手首を彩る擦過の赤みをじっと見詰める。
痛みに顔を歪めるコトも、忌々しそうに睨むコトもせず、ただ満足そうな笑みを零した。
―― 出来損ないで、良かった。
多くの人間が、痛みも苦痛も嫌うから。
普通ならば、されたくはないコトだから。
優しくするのが、当たり前だから。
世間体という四角四面な体裁に拘り、出来損ないの俺では……、無理をしてでも窮屈な形に嵌まらなければ、マルを悦ばせるコトなど出来ないと思っていた。
でも、そんなことはなくて。
躾けられ、歪んでしまったマルの形に、俺は出来損ないだからこそ、ぴたりと嵌まれた気がした。
俺のちっぽけな配慮は、マルには不必要なもので。
マルの不安を取り除き、俺の望みを叶える方法は、単純明快で。
無理せずに、心のままに……ただ、俺らしく愛でればいいだけで。
歪んだマルと出来損ないの俺。
マルの歪んだ形に嵌まれるのは、俺しか居ない。
「マル。君の居場所は、永遠に俺の傍だ」
そして、マルの傍は、永遠に俺の居場所だ。
【 E N D 】
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