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第21話 彼の謝罪

 二人のお出かけは終わり、王宮に戻った。    アロイスは本当にエリクに呼び出されたようで、シリルは一人で夕食を摂り、風呂に入った。    部屋に戻ると、窓の外で吹雪が吹き荒れているのが見えた。寒々しい光景を見ていたくなくて、幕――アロイスはこれをカーテンと呼んでいた――を閉じた。    今日はもう寝てしまおうか。アロイスと顔を合わせても、上手く笑える気がしない。  寝台に潜り込もうとした時だった。   「シリル」    扉が開き、アロイスが現れた。寝台に入りそびれた。   「その……悪かった」    彼の言葉に、シリルは目を見開いた。まさか彼が、自分の非を認める言葉を口にするなんて。   「エリクに叱られたよ。『シリル様は他出をそれは楽しみにされていたのに、それを台無しにするとはどういう了見でございますか』、とな」    彼の表情には、気まずそうな苦笑いが浮かんでいた。   「『自分にどうしようもないことで、シリル様に当たっても仕様がないでしょう』とも言われた。本当にエリクの言う通りだ、私は愚かだった」   「あ、ああ……?」    王様であるアロイスにもどうしようもないこととは、なんだろう。シリルにはまるで見当もつかなかった。   「せっかくの他出だったのに、機嫌悪い態度を取ってすまなかった。許してくれないか」    なんと、アロイスはシリルに対して頭を下げた。あのアロイスが。   「え、あ、顔を上げろよ。オレ、そんなに気にしてないしさ」    気にしていないというのは、嘘だ。彼の顔を見たら、泣いてしまうかもしれないと思っていた。  だが彼が冷たい態度を取ったのは、シリルが思い上がったことを考えていたのを感じ取ったからではないのか。冷たい態度を取られても、当然だと思っていた。   「許してくれるのか?」 「許すよ!」    許すと言ったら、やっと顔を上げてくれた。   「よかった。詫びの品を持ってきたんだ、一緒に飲まないか?」    今まで視界に入っていなかったが、彼は手にワインボトルを持っていた。    王宮で暮らすようになってから、酒はあまり口にしていない。泥棒扱いされていた頃は、 もちろん酒など出てきたことはない。宮廷料理が饗されるようになってからも、夕食に一杯の葡萄酒が出る程度だった。今ならば、言えば葡萄酒のボトルを持ってきてもらえたのだろうが、そんな偉そうなことを頼む発想がなかった。    ワインボトルを目の前に、喉の渇きを感じた。なにより、アロイスと一緒に飲めるのであれば断る理由はない。   「ああ、飲みたいな」    シリルは頷いた。    椅子にかけると、彼がグラスに葡萄酒を注いでくれた。    エミールと一緒に飲んだ葡萄酒は冷たかったが、温かいものほど価値があると考える塔の人間は可能な限り飲食物をなんでも温める。夕食に添えられる葡萄酒は、いつもシナモンとジンジャーとはちみつが加えられたホットワインだ。   彼が持ってきた葡萄酒も、温かい葡萄酒だった。グラスを手に取ると、温かさが伝わってくる。    アロイスがグラスを傾けたのを見て、シリルも赤い葡萄酒に口をつけた。葡萄酒の味が、柔らかく口内に広がった。美味い酒に、肩の力が抜けていくのを感じる。    アロイスも緩んだ表情をしているように見えた。   「……お前にもらった小鳥の木彫り、部屋に飾っても?」    彼は静かに口を開いた。   「お前にやった物なんだから、好きにすればいいだろ」    シリルが許可を出すと、アロイスは立ち上がって棚にずんぐりむっくりの小鳥を置いた。高価そうな他の置物と並べられ、面映ゆい気持ちになった。  小鳥を置いて戻ってきたアロイスは、シリルを見つめた。   「以前、お前は仕事をしたいと言っていたな。王宮にお前の作業部屋を作るのはどうだろうか」 「さ、作業部屋……⁉」    アロイスの言い出したことに、目を見張る。   「お前が彫刻をするための部屋だ。どこか適当な空き部屋を改装して、作ろう。木材はいくらでも用意してやろう。どうだ、いい提案だとは思わないか?」    彼の話はたしかにいい話だった。だが、シリルは訝った。   「何を企んでんだ? そんなことして、お前に何のいいことがある?」    作業部屋を王宮内に作るだなんて、いくらかかるかわかったものではない。甲斐甲斐しく果物籠や遊戯盤を贈るのとは、規模がまるで違う。  彼の考えがまるで読めなかった。   「……私はお前から奪った日常を、賠償する責務がある。これはその一環だ」    彼の言葉に、シリルは目を見開いた。  彼がまだ罪悪感を覚えていたなんて、知らなかった。   「責務なんて、オレが自分の意思でここに留まるって決めた時点で、もう気にしなくていいんだよ」    自分は充分に贅沢をさせてもらっている。飢えるどころか美味しいご馳走を毎日三食食べさせてもらっているし、ぬくぬくと暖かい部屋で豪華な寝台に寝ている。なにより……彼と一緒に暮らせるのだ。  なのに彼の罪悪感につけこんでこれ以上を望むなんて、バチが当たってしまう。   「じゃあ、これは贈り物だ。私が贈りたいから贈るのだ、それで問題はないだろう」   「ええ?」   「それとも何か、仕事をしたいというのは口先だけで、本当はもう二度と彫刻をしたくないのか?」   「そんなことないよ!」    彫刻をしていられる時間は、心が落ち着く。作業部屋がもらえれば、部屋で寝転んでいるか遊戯盤の駒を弄り回すしかやることのない、退屈な日常から解放されるだろう。   「なら、もらっておけ」 「わかったよ」    半ば無理やり、作業部屋を贈られることとなってしまった。   「それから、難しい本は読めないと言っていただろう。お前が望めば、教師をつけて……」 「贈り物はもういいって!」    このままでは、際限なく贈り物を増やされてしまいそうだ。  タガが外れたように贈り物をしようとしてきて、どうしたのだろう。ここ最近のアロイスは、すっかり考えの読めない謎の男と化してしまった。    シリルは残っていた葡萄酒を飲み干すと、さっさと寝台に潜った。話を打ち切れば、彼もこれ以上贈り物を増やせないだろう。    少しして、アロイスも寝台に入ってきた。   「シリル……」    彼がそっと話しかけてきた。   「私はお前との他出が楽しかったと思っている。お前もそう思ってくれているなら、またいずこかに出かけたい」    シリルが「もう二度とお前とは出かけない」と言い出すのではないかと、彼は心配していたようだ。怒涛の贈り物攻撃は、その心配の結果なのだろうか。   「……ん、オレも楽しかったよ」    彼とのお出かけに、文句などあるはずがない。ぶっきらぼうに答え、目を閉じた。

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