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最終話 外の世界にて*

 アロイスの力によって、吹雪の呪いは解けた。どうやら、そのように解釈すべきのようだ。緑の世界を維持するのに、力を使ったりはしていないと彼が言っているのだから。    この緑の新世界は一時的なものではない。もう、この世界に王は必要ないのだ。      アロイスとシリルの二人は、塔を飛び出した後もう二度と塔に戻らなかったわけではない。  周囲をひとしきり探索した後、塔に戻って事の次第を報告した。    シリルが考えた通り、吹雪が晴れたことによって、壁が崩壊したフロアはすっかり暖かくなっていた。吹き込んできた雪が融けて水浸しになっているそうだ。    アロイスは、これから外の世界でシリルと共に生きていくことを、エリク含め臣下たちに宣言した。  「たとえ王の御力が必要なくなったとしても、我々には王による統治が必要です」と臣下たちは縋った。    だがアロイスは「治めたい者が治めればよい」と快活に笑って、断ったのだった。すっかり明るくなった彼の表情に、臣下たちは彼を引き留めることはできないと悟ったようだ。アロイスは王であることよりも、自分との約束を優先してくれたのだ。こうして、アロイスは玉座から解放された。    それから二人は、外を探検しては塔で休むという日々を繰り返している。外での過ごし方を知るごとに、外で過ごす時間は増えていっている。    アロイスとシリル以外には、塔の人間は誰も外へ出ようとはしなかった。せっかく塔が暖かくなったのだから、そこで過ごせばいいと考えているようだ。だが外から帰ってきた二人が楽しそうな顔をしているのを見て、心を動かされた人が何人かいるらしい。塔のごく周辺ならば、外へ出て日差しを浴びる人が最近はいる。    その日も、アロイスとシリルは緑の野に繰り出していた。   「アロイス、あれ!」    木々の間を抜けた先に見えた光景に、シリルは声を上げた。    そこには瑞々しい果実をいくつも実らせた木が生えていた。塔の中では見たことのない果実だ。アロイスが用意してくれた果物籠の中にすら、なかった。塔の外には、未知の植物や動物がたくさんある。   「美味しそうだな」    アロイスが手を伸ばし、赤い果実を二つもぐ。彼から果実を受け取り、シリルは果実に齧りついた。甘い果汁が口の中に広がり、シリルは上機嫌で果肉を咀嚼する。  そんなシリルの様子にアロイスはくすりと微笑んで、彼も果実に齧りついた。   「こんな美味しい果物が外にあるって教えたら、塔の奴らも羨ましがって出てきてくれるかな?」    口元についた果汁を袖で拭い取る。無作法を咎める者はどこにもいない。  アロイスも果実を食べ終わると、袖で口元を拭った。優雅で洗練されていた所作は、最近自分の影響を受けて野性的になってきている気がする。   「シリル、まだ口元についているぞ」 「ん?」    親指で口元を再び拭ってみる。   「ふふっ、まだついている」 「え、どこ?」 「ここだ」    ぺろりとアロイスの舌で、口の横を舐め上げられた。   「ひゃっ⁉」    驚きに声が出てしまった。    そのままアロイスは、シリルに口づけをした。本当に口元に汚れがついていたのか、それともキスをするための口実だったのか、わからなくなってしまった。  すぐに舌が口の中に入ってきて、果実よりも甘美な舌の交わりが始まったから。   「ん」    果実を食した直後だから、彼の舌が甘くなっている。甘味を追うように舌を交わらせると、脳髄まで蕩けるように感じられた。   「あ……っ」    角度を変えつつ、何度も舌を交わらせる。そうしているうちに、身体が熱くなっていくのを感じる。王の力の効能ではない、身体が疼いているのだ。    口づけを続けながら、シリルの身体はゆっくりと草むらの上に押し倒された。彼の手がシリルの衣服を緩め、脱がしていく。ここでするつもりなのだと察して、下腹の奥が熱くなった。    こんなに塔から離れた場所まで来る人なんていない。塔の外は、二人だけの楽園だ。だから外でするのが最も理にかなっている……とまでシリルには割り切れない。人なんて来ないとわかっていても、寝台以外でするのなんて恥ずかしい。  けれども彼に流されて、既に何度か外でしてしまった。存外心地よくて、このままでは外で彼とするのが癖になってしまいそうだ。    やがて引き抜かれた舌は、淫らに銀糸を引いていた。シリルを見下ろすアロイスは、上機嫌に舌舐めずりした。舌舐めずりなんて、下品でかつ感情の見えるような所作をする男じゃなかったのに。自分が変えたのだと思うと、唾液に濡れた唇が酷く官能的に見えた。   「アロイス……」    彼を見つめる自分の視線が、ひどく甘えたものになってしまっているのを自覚する。自分もまた、彼によって随分と変えられた。彼もそれを好ましく思ってくれているだろうか。  服を脱がされ、上半身裸になる。胸の尖りがぷっくりと腫れているのが、彼の目に入っただろう。口づけだけで、こんな風に反応してしまった。   「お前の身体は、日増しに美しくなっていくようだな」    呟いて、彼はシリルの胸の尖りを舐め上げた。   「ひゃっ」    敏感になってしまった箇所を舐め上げられ、か弱い乙女のような声が出た。  義務的に勤めをこなしていた頃とは違い、今の彼はシリルの身体を隅々まで愛でるのが好きだ。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもある。   「美しくなってなんか、ないだろ……!」 「私の感覚では、これを美しいと表現する」    桃色の胸の尖りに、彼はそっと指を添えた。   「あっ!」    変わり者め、と憎まれ口を叩く余裕はなかった。尖りを指で圧されたからだ。身体に快感が走って、高い声が漏れ出た。  胸の尖りを刺激されると、感じてしまう。刺激されることに慣れ、ツンと主張したそこは、自分の目にも卑猥なものに見えた。   「あっ、アロイス……ん」    細長い指によって弄ばれ、乳首は固くなっていく。どんどん胸で感じるようになってしまっている。それでも性器や後ろに直接触れられる快感よりはずっともどかしくて、シリルは密かに膝と膝を擦り合わせた。中心はもう、反応している。    背を反らせて、淫靡に呻く。シリルのそんな姿は彼を欲情させているようで、視線が肢体に釘付けだ。   「アロイス、そこじゃなくて……」    欲しくなってしまって、彼の片手を握り締め、下肢へと導いた。熱く疼く下腹を撫でさせ、さらに下着の下に潜らせ、兆している中心に触れさせる。    蒼い瞳が、大きく見開かれた。   「お前というやつは、素直でないかと思えば、そういう不意打ちをするのだから!」    堪え切れず性器に触れさせる行為が、彼を酷く煽ったようだ。はしたないことをした自覚はあるが、どうしてここまでアロイスは昂るのだろう。こちらが戸惑ってしまう。    彼の手がシリルの下着を脱がせ、兆した中心に絡みついた。   「あ……っ」    性器に直接触れられ、鋭い快感を覚える。指は茎を握り込み、親指が先端を圧す。   「お前の望み通り、こちらをよくしてやろう」    彼の指により、シリル自身が扱かれ始めた。   「あぁっ、アロイス……!」    望んでいた鋭い快感の訪れに、シリルは身を震わせた。彼が少し手を動かしただけで、あっという間に先端が濡れる。先端から漏れ出た液が彼の指に絡みつき、淫らな音を立て始める。  湿った音に、耳まで犯されているかのようだ。   「あ、アロイス、もう……!」    彼に直接性器に触れられて、長い間保つわけがない。シリルの手がその辺の草を掴み、身を捩る。   「私の手の中に出せ」 「や……!」    手の中に、なんて。そう思っても抗えない。先端を親指の腹で捏ね繰り回され、否応なく彼の手の中に精を放ってしまった。   「アロイス……ばか……」    達したシリルは、胸を上下させながら涙目で彼を睨みつけた。  アロイスは手の中に出された精を、愛おしげに指先で弄んでいた。恥ずかしいから、早く適当な草か何かで手を拭いてほしい。   「しかし、ここには香油がないだろう?」 「香油がないから、なんだよ」    薔薇の香りで窒息しそうになるあの香油がないのは、不便だ。香油がないと、代わりに唾液で解されたりするから。後ろの穴を直接舐められるのは、恥ずかしくてたまらない。   「だから、代わりのものがないとな」    そう言って、アロイスは白濁の絡んだ指でシリルの後ろの入口に触れた。それがどういう意味か察して、耳まで真っ赤になる。   「ま、まさか!」    かすかな水音を立て、指先が穴に沈み込んだ。   「ダメだそんなの、やめろ!」    自分の出した精を潤滑液にされるなんて、そんな恥ずかしいことがあるだろうか。シリルは拒絶の意を示す。   「そうか、残念だ」 「へ?」    アロイスは、あっさりと指を引き抜いた。   「シリルの嫌なことはしたくないからな。明日からは、エリクに頼んで香油を詰めるための小瓶を用意してもらうとしよう」    そんなのはますますダメだ。小瓶の用途を話したら、外で致していますと宣言しているようなものじゃないか。その場面を思い浮かべ、シリルはこれ以上ないほどの羞恥心を感じた。    それに、指を引き抜かれた後ろが彼を求めて収縮を繰り返している。ほんの少し触れられただけなのに。今日はもうシないなんて考えただけで、耐え切れなくなる。   「アロイス、ダメ、シたい……っ」    指で後ろの入口を両側に引っ張って拡げながら、ねだった。シリルの桃色の内側が、彼の目に映る。    アロイスはピタリと動きを止めた。   「アロイス……?」    どうしたのだろう、と小首を傾げる。もしかしてあれもダメ、これもダメと意見を翻すから呆れて機嫌を損ねてしまったのだろうか。あるいは入口の襞を自分で引っ張るなんて、極度に品がないと思われてしまったのだろうか。  情欲で頭が沸騰して、つい本能的に動いてしまったことを後悔する。   「シリル……」    アロイスはやがて口を開くと、濡れた指をシリルの中に挿し入れた。   「あっ」   「そんな愛らしい真似をしたら、どういう目に遭うかわかっているのだろうな?」   「あ、愛らしい……?」    自分がしたのは、みっともなくて品のないおねだりだったと思うのだが。王だったアロイスからすれば、嫌悪の対象になってもおかしくない。愛らしい真似なんて、した覚えがない。   「どうやらわかっていないようだな。身をもって教えてやろう」    彼の指が、シリルの中を拡げ始めた。  湿った音を伴って中を解されていく。長い指は、簡単にシリルの弱い場所に触れた。   「あぁっ!」    弓なりに曲がった指が、性器の裏側に当たる部分を攻める。頭がおかしくなりそうなほどの快感が身体を駆け抜け、シリルは海老反りになって善がった。   「あぁっ、あ、アロイス……! だめ、アロイスっ!」 「いい、の間違いだろう?」    回数を重ねるごとに、シリルの弱い部分を刺激するのが上手くなっている。すぐに気持ちいいことしか考えられなくなってしまうほどだ。シリルは、口端から唾液を零しながら喘いだ。    今日のアロイスは特にねちっこい。「身をもって教える」を実行しているのだろう。いつもは適当なところで指を引き抜いてくれるのに、指の動きが止まる様子はない。   「いい、きもちいい……!」    気持ちいいということしか、考えられない。大声で恥ずかしいことを叫んでしまっているような気がするが、気にする余裕がない。  頭の中が真っ白になって……。   「――――っ!  」  達してしまった。肉襞がきゅ、と彼の指を咥える。   「ひぁ……」    いつの間にか汗だくになって、髪の毛が顔に張りついてしまっていた。  ジンジンと続く絶頂の余韻にぼうっとしていると、中から指が引き抜かれていく。    すっかり「身をもってわからされて」しまった。指で弄られるだけで達してしまうなんて、彼はどんどん上手くなっている。それとも、自分が快楽に弱くなっていっているのか。    ここ最近、日に日に快楽を得やすい身体になっていっている気がする。今ならば、簡単に彼の子を孕めそうだと感じるほどに。   「シリル、すべてが可愛らしいな」    頬に柔らかなキスが降ってくる。軽いキスの感触が心地よい。   「か、可愛くなんかない」    可愛かったはずがない。口から涎まで垂らしていたのに、とシリルは彼を睨む。   「私の目には愛らしく見える。勝気な口調も、翡翠の瞳も、シリルの頬を伝う涙の粒も、気をやっている時の表情も」   「気をやって……ってバカ! 何言ってんだよ変態!」    シリルは彼の胸板を殴ったが、絶頂後の倦怠感に包まれた身体ではぺちりと触れる程度の強さにしかならなかった。   「前々から思ってたけど、アロイスって感性が狂ってんじゃないのか? ……それか、オレが楽士だからそんなに興奮すんじゃないの?」    アロイスから視線を逸らし、青い空を見上げながらぼそりと呟いた。   「シリル……もしやお前が楽士だから私が欲情していると思っていたのか?」    この至近距離だ、いくら小さな声で彼が呟いたところで聞き逃すはずがない。シリルの呟きを拾ったアロイスは、瞳孔が開いていた。凄味のある表情に、ビクリとする。   「え、だって前にそんなこと言ってただろ……」   「あれは! たしかに、初めてお前に会った日はそうだったかもしれない。だがその後は、ただの言い訳に過ぎない。お前に惹かれていることを誤魔化すためのな」    その後はただの言い訳に過ぎない? だとすれば、彼は一体いつから自分に惹かれていたのか。自分が思っていたよりも、ずっと早い段階だったのではないか。明らかになった新事実に、体温が一度は上がったように感じられた。   「いいか、私がお前に惹かれているのは、お前が魅力的だからだ。お前に惚れこんでいるからだ。断じて、お前が楽士だからではない」    蒼い瞳が真摯にシリルを見つめている。瞳に映った自分の姿に、まるで空で溺れているようだと感じた。   「シリル。私はお前を愛している。お前に私の子を孕んでほしいと思っている。……この新世界で、私と共に子を育んでくれるか?」    シリルもアロイスの子を孕みたいと思っていた。そして当然彼もそう思っていて、自然とそうなるのだろうと思っていた。まさかこんな風にしっかりと告白されるとは考えていなかった。  心臓がとくとくと高鳴っている。口にする答えは、決まっている。   「もちろん。アロイスの子を育てたい」    答えを聞いた彼は、世界一幸福な人間の顔をしていた。蒼い瞳が、穏やかに細められている。世界一幸せな顔をしているのは、もしかすればシリルの方も同じだったかもしれない。   「シリル……」    唇と唇が近づき、再び口づけられる。    舌を交わらせながら、かすかな衣擦れの音が耳に届くのを感じた。彼が何をするつもりなのか、わかっている。やがて、充分に解されているシリルの入口に、熱く硬いモノがあてがわれた。入ってもいいと返答するように、彼の背中に手を伸ばした。    彼自身が入口を押し割り、中に入ってくる。  挿入の瞬間、背中に回した手に力がこもり、爪を立ててしまう。恐ろしいからではない。快楽への期待に、身体が打ち震えたからだ。   「ん、あっ」    口づけの合間に、吐息が零れる。    自らの内側を、圧迫感が埋めていく。生理的な涙は流れるが、熱いモノに内側を埋められていくのが心地よい。彼自身の形をすっかり覚えたシリルのそこは、貪欲に剛直を飲み込んでいく。  ある程度剛直を飲み込んだところで、腰の動きは止まる。繋がったまま、二人は互いの舌で交わり合うことを楽しんだ。   「シリル」    思う存分舌での交わりを楽しむと、アロイスが口を離して名を呼んでくれた。   「動くぞ、いいな?」 「うん」    こくりと頷く。早くもっと強い快感が欲しかった。  アロイスが腰を引き、剛直が肉を擦って引き抜かれていく。シリルの中から抜け出てしまう前に、再び奥へと挿入される。   「あっ」    抜いて、挿入れて。気遣うような単調な律動が、段々と情欲を孕んだ激しいものへと変わっていく。シリルの弱いところを狙うように、先端が肉壁を抉る。肉を打つ乾いた音が響いている。   「あっ、あ、あぁっ、アロイス……!」 「シリル、愛している」    愛している、の言葉に胸を鷲掴みにされたかと感じるほど嬉しい。こんなに幸せなことはないと感じる。  彼が愛の限り、腰を打ちつける。その度に最奥まで貫かれ、快感が駆け抜ける。   「アロイス、アロイス……!」    ただただ、彼の名を呼ぶ。彼も何度も名を叫んでくれた。気持ちよくて、幸福で、彼の子が欲しい。頭の中が、彼のことだけでいっぱいになった瞬間。   「ああ……!」    脳内が真っ白になり、身体が自然と弓なりに反れた。最上の快楽に痙攣するシリルの身体の中に、熱いものが並々と注ぎ込まれた。一番奥を満たしていく液体に、これから彼の子を授かるのだと悟った。   「シリル、大丈夫か?」    少しして、彼が声をかけてきた。蒼い瞳に視線が合っていく。   「うん……すごく、幸せだ」    シリルの言葉に、アロイスは照れ臭そうにはにかんだ。彼のこんな表情を見るのは初めてだ。これから一緒に暮らしていけば、彼の新しい一面をさらに目にすることができるのだろう。   「幸せなのは、私の方だ」    彼がすり、と額と額を触れ合わせる。  そんな二人の頬を風が優しく撫でて通り過ぎ、同時に木の葉の擦れ合う音が耳に届く。新しい世界で生きているのだ、と強く感じた。    緑の新世界で、彼と共に子を育んでいく。この先を思うと、シリルはこの上なく自由で幸せだった。

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