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知らぬ間に 終
「……お、お父さん、なんて……?」
誠治がスマホの画面をタップする。
すると、誠治が俺を見て、微笑みながらスマホを手渡してきた。
おそるおそる受け取り、手に汗を握りながら画面を見ると、想像とはまるで真逆の内容が目に飛び込んでくる。
信じられなくて何度も読み返したが、文章が変わることはなかった。
『友樹くんだったか。悔しいがいい男だな。いつでもいいから連れてきなさい』
…………は、どういうことだ?
「せ……誠治……なんだこれ……」
「友樹さん、父に気に入られましたね」
「……は? ……え、あれで? え、なんで?」
昨日のイケおじを思い出してみても、どこにも気に入られた要素がないし、そんな素振りも全くなかった。いや、だって怒ってたよな?
「出勤したら父のところに行ってみますね。父からも昨夜の話を聞いてみたいです」
さすが友樹さんですね、と誠治は上機嫌で朝食を済ませ、出勤していった。
誠治のいなくなった部屋で、俺は眠ることもできず、ぼんやりと物思いにふけった。
どう考えてもおかしい。昨日のあれで、どうしてあのメッセージになるんだ……?
イケおじが表紙の冊子を手に取り、「どういうことですかね?」と問いかける。
本当に教えてほしい。こんなの謎すぎるだろ。
冊子のページをペラペラとめくる。
すると、また見覚えのある顔が写っているのを見つけた。
「この人……一昨日の一見さん……」
写真の右下には「副院長」と書かれている。
さすがにもう誠治に確認しなくてもわかる。この人は誠治のお兄さんだろう。
そうか。お兄さんも偵察に来てたのか。あの日の俺は大丈夫だったか? 何かヘマはしてないか……?
思い出そうとしても何も出てこない。あの日は特別なことは何もない平和な一日だった。
誠治は本当に家族に愛されているんだな。
誇らしい気持ちと、少しだけ劣等感が刺激される。
親子の縁を切られた俺とは、何もかもが違う誠治。
でも、そんな誠治と結婚したんだ。誠治の家族と仲良くなれるだろうか。もし無理だとしても、せめて家族の一員として認められたい。認められたら、いいな……。
テーブルの上でスマホが震えた。見ると誠治からのメッセージ。
慌てて手に取り画面を開く。
『寝ましたか?』
俺が常にスマホの音を消し、寝る時はバイブも消すことを知っている誠治は、用事があればいつも普通にメッセージを送ってくる。寝ていれば後で読めばいいというスタイルだ。
『起きてる』
そう返すとすぐに次のメッセージが届く。
『父が「意地悪をしてすまなかった」と言っていました』
意地悪?
なんのことかわからなくて首をかしげる。
意地悪ってなんだ? と送ろうとすると、続けてメッセージが届く。
『バーテンダーが嫌がるカクテルをわざわざ調べて、そればかり注文したそうです。面倒でしたよね? すみません馬鹿な親で』
なるほど、と納得して笑った。だからあのチョイスだったのか。わざわざ調べたとか、イケおじ可愛いな。
『嫌な顔ひとつしないでずっと笑顔だったと悔しそうにしてました』
確かにそこは笑顔だったが、問題はそのあとだ。
もしかして、自分が思ってるほど素っ気なくもなかったのか……?
『それから、「お前、相当溺愛されてるな」と言われました。お店でどんな話をしたんですか? 私も聞きたいです』
「は……」
俺、そんなにノロケたか?
イケおじが帰ったあと、気心知れた常連ばかりになって、そこからは本当にノロケざんまいだった。
イケおじがいる間はそうでもなかったんだけどな。それでも溺愛と言われるのか。
溺愛……まぁ正解だけどな。
仕事中にふと誠治を思い出して顔が緩むくらいには、溺愛している自覚がある。冬磨に感謝してもしきれないほどだ。あいつが苦しんでいる裏で俺は誠治と……そう考えると、いまだに罪悪感で胸が痛む。
すまん冬磨。この秘密は墓場まで持っていかせてくれ。
『週末たっぷり聞かせてやるよ』
そう返事を送り、このままソファで少しだけ仮眠を取ろうと思ったときに、またメッセージが届く。
『大勢の方がお祝いに駆けつけたそうですね。その人望や影響力を目の当たりにして、負けを認めたそうです。父が「あの男を絶対手放すなよ」と』
メッセージの内容に驚いて、思わず身を起こした。
あの時イケおじが、不機嫌そうな表情の裏で、まさかそんなことを思っていたなんて。
――――あの男を絶対に手放すなよ。
誠治の父親にそこまで言ってもらえるなんて……。
もしかすると、本当に家族の一員として認めてもらえるかもしれないという期待が、胸の奥で膨らんだ。 感情が高ぶり、喉の奥が焼けるように熱くなる。
誠治……お前と出会えて、本当によかった。
イケおじ……誠治の父親。あの時はロックオンされたと思っていたから分からなかった。俺の粗を探しにきたんだとわかると、随分と可愛らしいイケおじに笑みが漏れる。
目を輝かせたり、がっかりしたり、不貞腐れたり、あれほど感情を隠せない大人は珍しい。
それから、こうして素直に負けを認める潔さ。
絶対に嘘がつけない人だろう。それで院長か。相当クリーンな病院なんだろうな。
そんな誠治の父親が、俺はかなり好きだ。気づけば、胸の奥がじんわりと温かくなっていた。
さすがに眠くてまぶたが重くなってきた。
俺はスマホのタイマーをセットしておやすみモードにし、ソファに横になりながら誠治へメッセージを送った。
『俺、イケおじすげぇ好きだわ。お前の次に』
送った文字を眺めて満足し、目を閉じる。
「あ……パーティーの話……伝えんの忘れた……」
つぶやきながら、穏やかな気持ちで眠りに落ちた。
終
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こちらの作品は短編集ですので、今後は新タイトルが完結する都度『完結』設定にしようと思います。
明確な完結の目標があるわけではないため、思いついた時に短編を書いてアップするスタイルに致します(*_ _))*゜
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