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第2話

「あ゛?」    なんだその、使用用途が超絶限られている、ヘナチョコそうな魔法は。    いやいや、そうじゃないな。  まず一番最初にツッコミを入れるべきなのは、魔法という単語そのものだな。  今更だが。   「いや……魔法て」    この世に到底存在しなさそうな、まんまる毛玉が宙に浮いている状況に加えて、散々何もないところから物体が湧き出てきた後で白々しいが、一応、小声でツッコんでみた。   「あああ……まずい、ヤバいよぉ……。一個終わらせないと次へ行けないのに……。しかも17歳とか1ポイントにもならん……。上司にバレたら……」    毛玉は勝手にブツブツ独り言を言いながら、俺の周りをうろうろ飛んでいる。    この、訳の分からない展開。  一向になされない、状況説明。  完全に人の理解を置いてきぼりにして、勝手に進んでいく話。    だんだん腹が立って来た。    俺はただ、自分の誕生日を祝っていただけなのだ。さっきまで、コンビニのケーキと上手に書けたチョコプレートに満足して、ささやかながらもこの日を楽しもうとしていたのだ。    それが、突然の乱入者によってぶち壊された。  それなのに、納得のいく説明を何もまだ受けてない。    俺は思わず、漂う毛玉をむんずと掴んだ。顔の至近距離まで持ってきて、しっかりと毛玉と目を合わせる。   「俺にわかるように最初から説明しろ」    俺の特技でもある低音ボイスを凄ませて、毛玉を掴む手にギュッと力を入れてやる。手のひらの中で、毛玉に震えが走るのを感じた。    すぅーっと目線が逸らされる度に、毛玉の向きを変え、目を合わせて追い詰める。   「わ、わかったんで、いったん離してもらっても……?」   「いいから説明しろ」    俺は毛玉を掴んだまま、テーブルに座らせ(?)た。   「あ……どうも……はじめまして」    毛玉は上目遣いで俺の様子を窺いながら、お辞儀をするように軽く身体を傾けた。   「おう」    今更挨拶か、という部分にもイラッとしかけたが、ここで怒っても事態は進展しない。大人な俺は、憮然として先を促した。   「えー……、私マコロンと申しまして。この度、魔界で発足しました『人間を増やそう⭐︎プロジェクト』の実行部隊の一員やらせてもらってます」    ――説明を、聞いてもわからん。  は? 魔界って言った?  あと何……プロジェクト?   「いや、そんな怖い顔で睨まないでぇ」   「睨んでねぇ」    ただ意味がわからないだけだ。怪訝そうな顔と言ってくれ。   「……もっと根本的な部分から説明してくれないか」    毛玉の怯えが止まらないので、仕方なく掴む力を緩め、声も普通に戻してやった。   「えっとですね……。我々魔族は、昔から人間さんの生命力とか欲望とかを糧にして生きている種族なのはご存知かと思うのですが……」    勝手にご存知なことにされている。  そりゃあ、神話とか昔話とか、架空の世界ではそういう設定もあるとは思うが。  現実世界でそんな話、知らんぞ。   「ここ最近、その生命力とか欲望が薄ーくなってきてまして。人間界全体で見れば、人口は増加してるんですけども。いわば飯の質が落ちて来てるんですね。ですので我々、食生活を向上させるために、様々な取り組みを行ってるんです」    まあ、確かに、説明しろとは言った。  しかし俺は、この話をどんな顔をして聞いていればいいというのか。  食生活って。お前たちの食事って俺たち人間ってこと?    しかも毛玉は、話しているうちに落ち着きを取り戻してきたようだった。だんだん得意げな語り口になってきているのがウザい。   「まあ、なんですかね。私はその中でも、色欲増強、ついでに子種増殖部隊に所属しております使い魔でして。若者担当やら年増担当やら、細かくチームが分かれてるんですが。その中でも私、30歳以上の童貞さん達を担当してまして」    だんだん頭が痛くなってきた。  いったい俺は、この話をどこまで真面目に聞けば良いのだろうか。    もしかして、壮大なドッキリなのかもしれない。一般個人を引っ掛けるタイプのやつ。    いや、芸能人じゃないんだから、こんな個人宅までカメラが入り込んできてる訳が無いんだが。そんなことがあったら立派な犯罪だ。    ――ん? そもそもこの毛玉、不法侵入じゃね?    また胸の辺りに、イラァ……っとした気分が過ぎる。   「で……まあ……、今回担当させていただく予定だった方にかけるはずの魔法が、お名前がちょーっと似ていらっしゃったさとう様にかかってしまったというか何と言いますか……」    「ほう……?」   「えー、非常に申し訳ないのですが、こうなってしまったからにはですね……、もう、一刻も早く童貞卒業していただいて、かかってる魔法を解いていただくしか方法が無くてですね……」    とうとうイライラが臨界点に達した。   「てめー、なに人に断りもなく勝手にわけわからん魔法かけてくれてんだ!」    毛玉を両手で掴み上げ、オニギリの刑に処してやった。力を入れて、ギュッギュと握り込む。  ちなみに握った感じは、ちゃんと骨格や筋肉が付いていそうな弾力だ。ドッキリ用のぬいぐるみや風船ではないらしい。本物の生物らしい事がわかった。  わかりたくなかった気もするが。   「イタイイタイイターイ!! だからわざとじゃないんですってーー!!!」    握られた毛玉が手の中で暴れている。  握る圧力は弱めたが、まだがっしりと両手で掴み、いつでもオニギリにできるようにスタンバイしつつ、問い詰めた。   「はやくそのふざけた魔法とやらを解いて、さいとうのヤロウのところへ行け!」   「だから、無理なんですって〜。一度かけてしまったからには、童貞卒業しないと解けないって言ってるじゃないです……イダダダダダ!!」    全てを言い終わらせないうちに、再びオニギリにしてやった。   「何でそんな事になるんだよ! 普通は間違いがないか確認してから実行するだろうが!! お前、仕事できない奴だな? そうなんだな!?」    くそぅ、三角むすびにしてやる!   「ごめんなさい〜! ごめんなさいってば〜!」    鷲掴みに変えて、壁に向かって振りかぶる。   「ヒィ〜〜〜!」    だが、投げつけるのはすんでのところで思い止まった。  こいつが本当に生物なら、怪我をさせたり打ちどころが悪く死んだりしたら、動物虐待になってしまう。  それは俺のポリシーに反する。    その思考により、俺の動きが一瞬止まった。   「ちょっ、ちょっと待って下さいよ。そんなに怒ることないじゃないですか」    止まった隙に、毛玉はようやく俺の手の中から抜け出すことに成功していた。    ――確かに一度冷静になってみると、少々激情が過ぎたかもしれない。  さっきからあり得ない展開が連続しているせいで、知らず知らずのうちにキャパオーバーしていたようだ。   「そ、そんなに悪い話じゃないと思いますよ! だって童貞卒業できるんですよ! 無料サポート魔法付きでエッチできるチャンスだと思えば良くないですか!?」    俺が大人しくなったのを見て、ここぞとばかりに毛玉が宥めにかかってきた。   「もう、パッと初体験しちゃいましょうよ! さとうさんもエッチ興味あるでしょ!?」    確かに――健全な青少年としては、エロい事には興味津々だ。なんと言っても、男の性欲のピークは10代から20代なのだから。    しかし俺は、そんな事は望んでいなかった。    何故なら。   「いや、そういう事は、ちゃんと好きになった相手と、きちんとお付き合いをして段階を踏んでからするべきだ」    俺は胸を張って宣言した。   「……はい?」

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