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第4話

「どうした?」 「あいつ、ボクのコト好きなんじゃない」 「は?」  (くしゃみ)を止め損じたような息が漏れた。腹から声が出る。威圧に似ていた。異様な既視感に襲われた。だが錯覚だ。 「十宮ってゲイなんじゃないの。キモくてムリ」  一羽はびっくりして固まっていた。 「そう思わない?」  女と付き合ってから理解した。「そう思わないのか」というのはこちらの意見を求めているのではない。「そう思う」と返答するの一択か、返事はしない。これが正解である。正直に「思わない」と答えることに意味はない。それは想定されていない。不必要なのだ。一羽は知っている。学んでいる。霧奈は女みたいなものだ。 「ゲイならお前のこと選ばないだろ。成海とかじゃない?」  霧奈の冷ややかな眼差しに胸元を殴られた心地がした。 「それはカズの好みでしょ」 「ちょっと待って。霧ちゃん、オレのことホモだと思ってる?」 「違うの? 普通の感覚であんなベタベタしないでしょ。別にカズがゲイなのは好きにすればいいケド、ボクのコトは好きにならないでよね」  わずかに腹が立った。霧奈が艶福家であることは認めざるを得ない。望みも反応も存在感も薄い暮瀬より、軽佻で軟派な霧奈には積極的に行動を起こす異性が多いのは確かである。そのために彼が言い寄られている場面に出会(でくわ)すことは多い。しかし性的指向があれば嗜好もある。 「オレがホモなら成海がタイプだからお前みたいなのはナシだよ、安心してくれ。お前のことが好きなら十宮はホモじゃないよ。何言ってんだ」 「あいつ中高野球部じゃん」  中学、高校野球部だからといって何だというのだ。霧奈はおかしな偏見を持っている。 「オレも中坊のとき野球部!」  霧奈は聞かせるための溜息を吐いた。 「ストーカーやめろって、言ってくんない?」 「ストーカーされてんの? 割と潔く退()かなかった?」 「ボクのコト好きなの、キモいから。女が好きならガチものの女いるじゃん。なんでボク? かわいいから?」  これは友人として手を打つべきことなのかもしれない。霧奈は冷淡で、そう感情を表にしない。ゆえに十宮を強く拒否していることについて一羽は驚いた。 「そんな親しくないんだよな」 「レイプされそ」  布団を並べて寝たが、そのような素振りはなかった。むしろ、激しい接触があったかもしれないのは別の人物であった。 「そんなやつじゃないよ」  霧奈は体当たりした。 「なんだよ」 「なんで十宮の肩持つの?」 「分かったよ。ホモに狙われててキモいんだろ?それは分かった……分かっただけ」  一羽も具合が悪くなってきた。気分が悪い。十宮が霧奈を追い回していることについてか。否、十宮のことも霧奈のこともそう重くは受け止めてはいなかった。別の人々のことが脳裏に浮かんでいた。 「女みたいに共感しておけばいいと思ってる? カズ、ボクを守ってよ」  しなを作って霧奈は一羽に擦り寄った。胸があれば、柔らかな膨らみが当たったかもしれない。考える。成海にはこの奇妙な接触を受け入れる器がある。しかし一羽にはなかった。霧奈から受ける気色悪いコミュニケーションを、成海に八つ当たりしていたのかもしれない。だが八つ当たりというには、もはや、趣味になっていた。 「オレが霧ちゃんのこと好きになってもフるくせに?」 「それはない」 「うん、ないね」  互いによく分かっている。理解している。だからこそ戯れにこのようなことが言えた。しかし一羽は落ち着かなかった。当事者ではないが、他人事で不快になることもある。 「まぁ、それだけ困ってるならしゃーないわ。言っとくよ。じゃあな。どうせ女のところ行くんだろ?」  霧奈は肯定の笑みを見せ、そこで別れた。5股らしいが、何人がこの大学に通っているのだろう。そのうち白昼堂々の修羅場が繰り広げられるのではなかろうか。否、霧奈は上手くやるだろう。5股の交際相手たちの間では何股もしていることは公認なのかもしれない。  一羽は頭を抱えたくなった。嫌な考えが浮かぶ。そんなはずはない!  少し歩いた。寂れた元は食堂だった学生会館の前を通り、PC館の脇を通ろうとする。陰のベンチに暮瀬の姿がある。あの夜のことについて何か知っているかもしれない。彼と話した記憶があるにはある。どうにかこうにか、神坂とは何もなかったことにならないか。疑念を払拭してほしい。神坂との間に、何故、成海の姿を見出してしまうのか。 「暮瀬」  寝ているのかと思った。あまりにも動きがない。その整いきった美貌と相俟って人形が置かれているみたいだ。首だけが一羽を追う。 「なんだ」  話しかけられるのは迷惑だと言わんばかりの不機嫌げな表情である。完全無欠などあり得ない。この美青年に欠点があるとすれば眉間に刻まれた皺であろう。だがしかし、破滅の美学、侘び寂びというものがある。甘いものに香辛料を振りかけて隠し味にする例も、その逆もある。その皺も、彼の魅力を引き立てていたのかもしれない。一羽には分からない領域である。 「旅館でオレ、一気飲みしたじゃん。覚えてる? 覚えてない?」  他人にまったく興味が無さそうてあった。目の前で人が溺れていても気付かなそうな男だ。覚えているわけもない。 「泊まった1日目に……」 「一気飲みをして俺と部屋を替われと話したが、俺は断った」  内心、「そうだっけ?」と思った。しかしそうなのだろう。酔っ払っていた自身よりも暮瀬のほうが記憶が正しそうである。 「で、そのあと、オレ、どうなったか覚えてる?」 「急性アルコール中毒を起こしたのではないかと成海が心配していた」 「で?」 「で?」  復唱する様な、どこか暮瀬らしくなかった。 「そのあと、オレ、どうやって部屋戻った? 何時頃? ってか暮瀬、最後までいた?」 「手前の始末もできないなら酒なんて飲むものじゃない」  世間的にはいえば正論である。だが酒を飲めるようになって間もない奴等がいうのは、特に遊び呆けた大学生がいうのは、どこか違和感がある。正論であるが野暮だ。練習せず試合に出場させられるかのようだ。 「暮瀬ってジジイ?」 「酒を飲むうえで当然のことなんじゃないのか。成海に訊け」 「分かった。あとさ、十宮のことなんだけ――」 「――言ってない」  食い気味に答えられたが、それは一羽の問いたいことの答えにはなっていなかった。 「は?」 「言わない!お前からも絶対に伝えるな」 「……何の話?」  不機嫌なつらは係留ロープみたいだったが、今は弛んでビニール紐みたいになっている。 「……十宮がなんだ」 「十宮と同室だったのって誰だっけ」 「黒崎」 「さんきゅ~」  十宮の同室者だったという黒崎を探しにいった。大して親しくはないが、顔を合わせれば挨拶くらいはする仲である。  その人は、購買部の飲食スペースによくいるのだった。明るい茶髪にパーマをかけた、服装の洒落たやつだった。 「男の痴漢、マン痴漢。やあ、一羽くん」 「うん。あのさ、黒崎。この前のサークル旅行さ、十宮と同じ部屋だったじゃん」  黒崎は漫画を描いていた。無地のノートが黒鉛で煤けている。 「アイドルの通貨、アイ$(ドル)。うん」 「"人工知能の通貨、AIドル"。で、そのあと、神坂とになったっしょ?」  黒崎は「かー」と唸って額を撫でた。 「戦う糸、ファイト。うん」 「なんか、その……寝てる時に何か起きなかった?」 「冷たい寝具、アイシング。何かって?」  一羽は腕を組んだ。どう説明すべきか。この調子では何も起こらなかったようだけれど。 「アイドル云々の次にアイシングが来るのはクドいよ。だからたとえば……神坂の寝相がすごかった、みたいな?」 「襟巻き太陽神、マフラー。太洋くんより全然静かだったけど。なんで?」 「それはちょっと分かりづらい。いや、別に。ちょっと気になったもんだから。ありがとう」  一羽は踵を返す。つまり神坂の寝相が特別悪いわけではないようだ。嫌である! 気に入らない返答であった。神坂が誰にでもあのような寝相であったならば、どれだけ救われたことだろう。 ――……ってゲイなんじゃないの。  霧奈の言葉は呪いであった。彼が指しているのは十宮であったが、一羽が思うのは違う人物である。  俯きながら、キャンパスを歩く。アスファルトのルームランナーを辿っているようだった。そのうちに疲れ、学生会館裏の芝生に寄る。晴れた日の昼飯どきはここも混む。そこには文化祭で活躍する防火水槽なのかステージなのか分からないコンクリートの直方体がある。腰を掛けた。  そろそろ決着をつけたい。解決をしなくてもいい。ただ納得したい。そして早々忘れ去りたい。  あの場に成海はいなかったのだ。だが成海という単語が存在していた。それは直前に自分が成海に運ばれたからだ。夢現(ゆめうつつ)のなかで自分が発していた。ゆえに親友の名を口にしていたのは自身である。そして神坂は…… ――神坂はオレが好き。  全身が総毛立つ。霧奈の嫌悪を理解した。  いいや、いいや、まだ結論を出すのは早い。あの人嫌いが何故。我が身を振り返る。神坂に好かれる要素があっただろうか。見てくれがいい。明るい。優しい。頭が良い。走るのが速い。  一羽は己の長所を指で折っていく。だが神坂にそのようなことを知れる機会はなかった。一体何故……  目の前を、先程別れた霧奈が横切っていく。隣には女がいた。派手な身形の女だった。華奢である。霧奈は男の中では華奢で小柄だが、女性と並ぶとやはり体格は紛うことなき男性であった。霧奈は一羽に気付くこともなく通り過ぎていく。これから帰るのだろう。  日が落ちていく。いつもなら一羽も帰っている時間だ。  溜息を吐いた。それから今まで悶々としていた脳を休めるかのように彼は後ろへ手をついて茫としていた。 「チーズの空、ゴルゴンゾーラ……」  そうとう、疲れていた。旅行の疲れが今出てきたというのか。帰ってきてからすぐに、成海と十宮と打ち上げをした。  霧奈が羨ましい。十宮に好かれるのは可愛いものだ。しっかりした後輩や弟みたいなものではないか。こちらは神坂だ。霧奈が好かれる理由は分かる。見た目が良い。ミステリアスだ。十宮も同性を好いている心地ではないのだろう。美意識といい、その飄々とした態度といい、憧憬も含まれているかもしれない。だが神坂は……  縹緻(きりょう)はいいかもしれない。それは暮瀬や霧奈のような華やかさを持ったものではない。成海のような雄々しく堅実な美形とも違う。しかし男である。骨を削いで丸みを付け足して女に近付けてみても好みではない。  ぼけっとしていると、また目の前を、今度は十宮と暮瀬が通っていった。珍しい組み合わせだ。若い男が豆柴でも散歩させているようだった。  暮瀬がまず、一羽に気付いた。一羽に気付いた暮瀬を介して十宮も一羽に気付く。十宮がやってくる。突っ立っていた暮瀬も遅れてやって来る。心なしか焦っているように見えなくもなかった。さながら飼い犬の脱走である。 「霧奈くんは?」  十宮は霧奈が好き。生々しくなってきた。だが所詮は他人事。神坂に好かれるよりは、幾分いいように見えてきた。十宮の場合は、霧奈より可愛い女が見つかればすぐさま鞍替えするだろう。 「女と帰ったよ。カノジョと。可愛かったぜ、キャバ嬢みたいで。やっぱ茶髪ロングが最強っしょ。羨ましいんな」  遠回しに諦めろ、と言いたかったが、それで諦めるわけもなかろう。霧奈の伝言をここで口にすべきか。 「そ、そっか……」  言ってやろうかと上体を持ち上げたとき、十宮が後ろへ引かれた。暮瀬が割って入る。 「帰ろう」 「暮瀬?」  十宮は戸惑って、一羽を冷ややかに見下ろす暮瀬を見上げていた。 「その、なんだ、十宮」  だが知ったことではない。暮瀬は何をそんなに妨害したいのか。彼の行動理由が分からない。何故霧奈の伝言を十宮に伝えてはいけないのか。それを阻止しようというのか。他人に興味がない暮瀬にとって、十宮が傷付くことなど関心もないだろう。 「結城」  一羽は入れたばかりの黒が落ちてきた何色ともいえない髪を掻く。 「霧奈のカノジョが遠慮しちゃうから、もうちょっと放っておいてやってくんね?」  十宮の目が、かっと開いた。吊り気味の大きな目が、すぐ傍にある外灯から光を拾った。白く炙られている。涙が張っていた。 「う、うん……霧奈くんに、迷惑かけちゃったな。あとでオレから謝る……」 「謝らなくていいんじゃね」 「でも、ゴメン……ありがと、結城くん。教えてくれて」  罪悪感が芽生える。十宮は言えば分かる相手だ。気色悪さは感じられない。 「オレにしとけ、オレに」  言ってから後悔した。これでは十宮が霧奈に対し、どういう感情を向けているのか知っていることを暴露したも同然である。だが吐いた唾である。けらけら笑い、冗談めかす。冗談で通じるはずなのだ。  それは冗談であったし、十宮もそう受け取るはずだった。しかしここには部外者がいた。横から手が伸び、十宮の肩を掴むと、抱き寄せてしまった。抱擁が行われている。 「は?」  一羽にそのような態度をとる資格はない。彼も公衆の面前で成海を相手にやっている。やらせている。 「ゴメン、暮瀬。ダイジョーブだから……」  だが十宮は一羽とは違っていた。身体と身体が密着する前に、暮瀬を突っ撥ねる。体格差が浮き彫りになる。美醜の格差が。とはいえ、暮瀬を横にすれば大概の人間が醜く見えてしまう。歪み、形、大きさ、配置、割合、質感、顔に限らず髪の艶やかさ……  十宮が特別醜いのではなかった。彼も野に放てば可愛らしい部類であった。だが比較対象が悪い。けれども暮瀬のようなすべてに興味も欲も失せたやつに、「引き立て役」などという概念も無さそうに見えた。一羽は知っていた。高校時代の交際相手がそういう女子であった。  暮瀬は眉を落とした。傷付いているらしい。一羽はそれを下からよく覗けた。表情というものが機能していることに驚きつつ、面白くなった。彼は大柄な男だ。ぬいぐるみみたいなものが恋しくなるのだろう。理屈が分からないが、抱き枕が欲しいのだろう。十宮みたいな体格が細すぎず太すぎず、馴染むのに違いない。  一羽は冷笑を向けていた。 「大河内は何人もの女子と同時に付き合っている。ろくなやつじゃない」  一羽は感心した。意外にものをよく見ている。人付き合いがないからこそできることなのかもしれない。しかしそれでも暮瀬のような男に、それを観察するだけの意欲があることは新たな発見である。 「分かってる……分かってるから、霧奈くんのこと悪く言わないで」  大きな目から涙が落ちていった。霧奈のどこがそんなにいいのか、一羽には理解しがたい。 「十宮……」 「いいじゃん、霧奈くんのこと好きだって、いいじゃん……オレが迷惑かけたのは悪かったけど……」  そうであろうか? 恋愛対象外からの好意は、「いい」のだろうか。彼の積極的な行動を差し引いたとして、その好意自体そのものに(つみ)がないと、迷惑ではないといえるのか。  一羽の表情から乾いた笑みが消え失せていく。神坂のことが閃く。肌を擦り寄せて、キスまでした。 「好きじゃないやつに好きになられんの、まぁまぁ迷惑じゃね」  引き攣っていた。今や他人事ではない。対岸の火事だったはずだ。だが水面には油膜が張っていたのだ。延焼し、一羽も火に巻かれている。  彼の尻はコンクリートの座面から離れた。上空へ座れる。鼻先には不気味なほどの美形が迫っていた。女性であれば接吻の前触れである距離である。だが男性になった途端、それは敵意を表す。胸ぐらを掴まれていた。 「今言う言葉がそれか」 「キモいものはキモい。オレは十宮はキモくないけど、十宮じゃなかったら?十宮じゃなかったらキモいよ。モテるアンタなら分かるだろ。分かんねぇ?キモくねぇわけ?カバみたいなニキビ面のデブスに言い寄られてさ」  そういう女が暮瀬を遠目に、ひそひそやっていたのを一羽は知っている。けれど暮瀬の為人(ひととなり)ゆえに、直接迫る女がいないのも確かだった。そのために暮瀬は、自分を好く女がいかに幅広いかを知らないのだ。それに言い寄られるくらいならば霧奈や十宮を抱いたほうがまだ救われるような醜く汚らしい女もいる。 「ゴメンナサイ……」  十宮は激しく泣き咽せいで、一羽から暮瀬を引き剥がそうとする。 「ゴメンナサイ。オレが霧奈くんの迷惑、考えなかったから……」 「お前は悪くない」  暮瀬は一羽を放した。そして上擦った声で振り返る。一羽は「は?」とまた威圧しそうになった。 「好きって気持ち、押し付けすぎてた。でもそれじゃダメだった。結城くんにも迷惑かけて、ゴメン」 「十宮。十宮がキモいって話じゃなくて、世間一般の話してんの。分かる?霧奈は迷惑がってたけど、オレなら迷惑しないから、オレにしとけや」  神坂に想われているより、十宮のほうがいい。事前に分かっていれば、警戒することもない。驚愕が、最も大きな負荷なのかもしれない。  十宮は首を振る。 「諦められるように、頑張る……」  暮瀬は彼を見詰めながら、白い拳を戦慄かせている。一羽はそれに気付いた。 「暮瀬、イライラしてんの分かるけどさ、十宮のこと殴るなよ?」  暮瀬もこのような擬似同性愛のくだらない色恋沙汰に辟易し、鬱陶しく思い、煩わしいに違いない。 「なんで霧奈なん?可愛くっても男やんけ。ちんぽ付いてるの、知らなかった?結構小黒いズル剥けちんぽが」  知らないわけはあるまい。声が男である。背丈も十宮よりはわずかに高い。 「よせ。セクハラだ」 「男同士でセクハラって。暮瀬って意外に繊細なのな。いいんだよ、あいつは剥けちん自慢してんだから――」  十宮は涙を拭う。そして遮るように言った。 「ゴメン、結城くん。暮瀬も、喧嘩すんなよ。ゴメン。ありがと……もう、帰るから……」  しかし彼が踵を返すことは許されなかった。腕を引かれていた。 「好きだ」  一羽は一瞬、首を絞められたのかと思った。脈が跳んだ。時間が止まる。 「好きだ」  耳鳴りがする。その言葉の矛先が自分でないことは分かっているけれども。 「は?」  第三者が真っ先に声を出した。 「言うつもりはなかった。だがお前の言い分で考えが変わった。好きだ、十宮。俺と付き合ってほしい」  部外者は寒くて仕方がなかった。  暮瀬が、十宮を? 暮瀬が? 十宮を?暮瀬が十宮をなんだって? 「だいじょぶ、暮瀬……ありがとな。でもだいじょぶ。ゴメンな、気ぃ遣わせて。結城くんもありがと。霧奈くんのこと諦められるように努力するからさ。自分にしとけばって言ってくれてありがと。だいじょぶ。キモいもんな。じゃあな。オ、オレちょっと、購買寄って帰る……」  十宮は元来た道を戻っていった。一羽の前には呆然と暮瀬が佇む。 「フられてやんの」  冗談であろう。一羽はそれなりに真実味を持って十宮を誘った。だが暮瀬は違うだろう。何故、本気に捉えてしまったのだろう。噴き出た汗が一気に冷める。神坂のせいだ。神坂との一件が決着しないあまり、おかしな妄想をしてしまうのだ。 「霧奈もお前も最低のろくでなしだ」 「フられたのはオレの所為じゃないよ」  またもや一羽の尻がコンクリートから離れた。今度はさらに浮いている。両手で胸ぐらを掴まれている。額がぶつかった。 「十宮を傷付けたら赦さない」  そして叩き落とされる。強かに尻を打つ。(やすり)のような表面で掌を擦った。暮瀬は去るところだった。 「十宮のこと好きってマジなん?」 「ああ」 「ホモなん?」 「分からない」  「分からないって何」  分かるはずだ。女が好きか男が好きかなど、分かるはずだ。何故分からないのだ。暮瀬は誤魔化しているのだ。 「初恋だから」 「は?」 「たった1人の例で、分かるものじゃない」  なんだこいつ、と一羽は思った。 「成海のことは好きじゃないよな?」  今度は一羽が、「なんだこいつ」という眼差しを喰らう。 「ホモだから部屋譲らなかったんじゃねぇの」  同性愛者ならば自分より成海を選ぶ。彼は疑わなかった。 「俺が同性愛者だったからといって、見境なく男が好きだと?それなら結城、お前もさっき言った綺麗な女も醜い女について見境はないのか」  返事も聞かず、彼は帰っていった。  どっと疲れた。後ろへ倒れ、後頭部を打ちつける。空はすでに紺色である。山に近いところにある大学であった。大学裏側には畑が広がる。暗くなると肥やしが蒔かれ、朝まで匂う。  ()えた匂いを嗅ぎながら、大の字に寝ていた。神坂も、霧奈も、十宮も暮瀬も気持ちが悪い。順位をつけている場合ではない。一概に、一括で、一緒くたに気持ちが悪い。  身体を起こした。 「あれ?一羽?」  また通りがかったやつがいる。愛智だ。見知らぬ土地で知り合いに会った心地がした。 「オレん()の電子レンジ、オレンジ」 「ん?」  愛智は隣に座る。 「何してんの?」 「男の万歩計、ちんぽ計」 「どした?」  肩を揺さぶられる。

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