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第1話 勇者

30歳男性。 会社員。 |宝城円架《ほうじょうまどか》 一人暮らし。 彼女なし。 毎日、仕事に行き、コンビニに寄り、家に帰り、動画を見て、寝る。 これだけなら、平凡な男の人生だ。 俺にはもう一つの人生がある。 それは、”勇者”としての人生だ。 今日は、同僚と帰り道が一緒だった。 「宝城さん、仕事手伝ってくれてありがとうございました。おかげでいつもよりは早く帰れます。」 営業の葛城さんは、苦笑いして言った。 それでも3時間のサービス残業だった。 葛城さんと帰る方向が分かれる交差点に差し掛かった。 急に眩暈がする。 足元がふらついて、世界が一回転した。 これが、俺が”勇者”になる瞬間だ。 瞳は金色になり、前世で勇者だった頃の服になる。   俺が戦っている相手は”こども結社”だ。 世界征服が目的で、俺の前世の星もこども結社に支配された。 こども結社は、今度は地球を侵略しようとしていた。 俺は前世の記憶と力を持って転生し、今世10歳の頃から戦っている。  世界は、さっきの状態でピタッと止まっている。 人も車も信号も。 ここが戦場になる。 「宝城さん……これは一体……?」 葛城さんに話しかけられて、驚いた。 ここで動けるのは、俺と敵だけのはずだ。 「葛城さん!あなたも異空間に来てしまった!危ないから俺の後ろに隠れて!」 葛城さんは、慌てて俺の背後に回った。 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…… パソコンのキーボードを大勢が一斉に叩いているような不気味な音が聞こえてくる。 その音がだんだん近づいてくる。 空から。 人が降ってくる。 数えきれないくらいの少年少女たちだ。 「|整列する爆弾魔《アラインド ボマー》!」 俺が魔法を放つと、少年少女の前に赤い円が複数現れ、爆発した。 少年少女の体が細々と吹っ飛ぶ。 皮膚が裂け、目玉が落ち、金属は粉々に、コードは千切れ、破片が降り注ぐ。 こども結社の兵器、”機械人形”だ。 俺の横に、頭が落ちてきた。 目元がしっかり残っていて、目が合った。 「|発狂する機関銃《クレイジーマシンガン》!」 俺の前に、マシンガンの形をした、赤い光が複数現れ、一斉に射撃が始まる。 降りかかってくる機械人形はまたしても粉々だ。 「宝城さん!人形の目が動いた!」 葛城さんに言われて、さっき目があった機械人形を見た。 白目を剥いていて、そこに『3』と書いてあった。 数字が『2』『1』とカウントダウンして、爆発した。 俺は、葛城さんの上に覆い被さった。 背中が激しく痛む。 「葛城……さん……大丈夫ですか……?」 「俺は、大丈夫だけど……!宝城さん、背中が……!」 俺はよろよろと立ち上がって、上を見た。 『あ!初の大ダメージだね。ここに、お客さんが来るのも初めてだ。』 上空から、一人の子どもが降りて来る。 年は小学校中学年くらい。 青い髪に青い瞳で、蝶ネクタイのスーツ姿だ。 『はじめまして、ゲストさん。えっと、カツラギさん?だっけ?』 アーサーは、地面に着地した。 『僕は、”こども結社”のアーサー。よろしく。』 「|発狂する機関銃《クレイジーマシンガン》!!」 俺は魔法を唱えた。 機関銃が現れ、銃口が一斉にアーサーに向いて掃射される。 硝煙が立ち上った。 ケガの痛みからくる冷や汗が止まらない。 呼吸が乱れる。 掃射が終わり、煙がゆっくりと晴れた。 アーサーの前に、壁ができていた。 機械人形の部品がくっついてできた壁だ。 顔や手足がところどころ出ていてグロテスクだ。 「うわぁっ!!」 葛城さんが叫んだ。 千切れて転がっていた機械人形の手が、葛城さんの手足を掴んで宙に持ち上げた。 『ホージョーが庇ったってことは、カツラギさんはホージョーにとって、大事なんだね?』 壁の向こうのアーサーが言った。 「あ、ああ。そうだ……。」 『ふーん。じゃあ、取引しよう!僕と契約して、一緒に世界征服しようよ!そしたら、カツラギさんは返してあげる!』 それは、取引じゃない。 脅迫だ。 「世界……征服……?」 葛城さんがつぶやいた。 『そう。世界征服。今は、地球を狙っているんだ。ホージョーはね、地球を守るために20年間もずっと一人で戦っているんだよ。』 「宝城さん……そんなことをしてたんですか……。」 『ホージョー!仲間になりなよ!じゃなきゃ、カツラギさんを殺すよ。』 「やめろ!葛城さんは関係ない!」 『関係あるよ。ホージョーにとって、大切な人だから、そんなケガしてまで、助けたんでしょ?』 葛城さんが叫んだ。 「宝城さん!あなたが仲間になったら、地球は征服されちゃうんですよね?!俺一人のせいで、たくさんの人が犠牲になるなんて、ダメです!仲間になんか、ならないでください!」 『……うるさいな。カッコつけるなよ。』 機械人形の手が捻りを入れる。 「うああああっ!!」 葛城さんが悲鳴をあげる。 「わかった!仲間になるから!もうやめてくれ!」 目の前の機械人形の壁がバラバラになって道を開け、アーサーが近寄ってきた。 『じゃあ、気が変わらないうちに。はいこれ、契約書。内容を確認したら、血判を押して。』 契約書は大量にあって、読めたもんじゃなかった。 俺は……諦めて血判を押した。 「宝城さん……。」 葛城さんの悲しそうな声が聞こえる。 『ホージョー、20年間地球の防衛お疲れ様。これからは仲間として、よろしくね。』 アーサーは俺の頬にキスをした。 異次元から、元の場所に戻る。 いつものスーツ姿だ。 葛城さんは尻もちをついている。 「あれ?俺、なんで座ってるんだろ?転びましたかね……?」 記憶は消されているらしい。 翌日、俺は会社を休んだ。 こども結社と契約したんだ。 もう、地球の社会生活なんて、意味がない。 きっと、前世の時のように、巨大な宇宙船が来て、辺りをレーザーで破壊し、機械人形を放って最初の殺戮が行われるだろう。 そうやって、原住民を脅して支配するんだ。 今回も、故郷を守れなかった……。 だからって、葛城さんを見殺しにはできなかった。 アパートのチャイムが鳴る。 玄関を開けると、そこに青年が立っていた。 『ホージョー、今日からここに一緒に住むよ。』 「アーサー??」 アーサーはずかずかとアパートに入ってくる。 「アーサー!なんで……大人になってるんだ??」 『さあ?子どものまんまだとあの異空間に捕まって、地球に入れなかったんだけど、力を無くしたらすんなり地球に入れたんだ。でも、なぜか体が大人になる。』 アーサーは、黒髪に黒い瞳になっていた。 『地球人と変わらない力しかないから、今は世界征服できないんだけど、ホージョーと暮らせるなら別にいいかな、って。』 アーサーはにっこり笑った。 「……世界征服は……しないってこと……?」 『これまでたくさんの星を征服してきたから、足りないものなんて無いんだよね。だから、新しい星はもういらない。地球はね、そうでも言わないと、ホージョーが構ってくれないと思ったから。』 「……俺に、構ってほしかったの?」 『うん!前世のホージョーを殺した後、僕はホージョーのことが好きだってことに気づいたんだ。だからずっとずっと、この広い宇宙を探してたんだよ。』 アーサーは満面の笑みを浮かべた。 「……なんで……俺のことを、好きになったんだ?」 『ホージョーが、オトナだから。自分の故郷のために戦った。今も、誰にも褒められないのに、地球のために戦ってる。かっこいい。オトナだよ。』 「………………。」 俺は……葛城さんを助けるために契約したんじゃない。 本当は、20年の戦いに疲れていたからだ。 『僕はね、愛玩人間として開発されたんだ。永遠に子どもで、大人に都合よく使われる。大人の自己満足、性的搾取、労働人員、時には誰かの同情をひくための演出として。ある日、仲間と反乱を起こしてみたんだ。反乱って、かっこいいじゃん?オトナになれるかな、って思ったんだ。でも、何か、違ったんだよね。暴れるだけ暴れて、結局、大人は僕たちの言うことを聞くようになったよ。そんな風に勝ったのに、僕は、オトナになれた気がしないんだ。』 アーサーは、俺に抱きついた。 『ホージョーのそばにいれば、僕はオトナになれるかな?』 「さあ……わからないよ。俺は……自分をちゃんとした大人だとは、思ってない。」 でも、少なからず、アーサーを自分に引きつけていれば、地球がアーサーに支配されることはない。 『そうなんだ、よくわかんないね。でもいいや。初めて体が大人になったから、ホージョーと同じ目線なのが、嬉しいよ。』 アーサーはにっこり笑った。 『これからは、仲良くしようね、ホージョー!』 「ああ……そうだね。」 アーサーは、宝城の唇にキスをした。

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