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第1話 一人暮らし、嬉し

 キラキラの都会。  夢見た大学生活。  友達は出来るのか。  一人でご飯は作れるのだろうか。  ああっ。  これからどんな出来事が俺を待ち受けているんだろう。  新幹線の中で一人、流れる景色を見ながら思う。  期待と不安を胸に抱きながら、今日から俺の新しい生活がスタートする。  一人暮らし、万々歳! 「ああ、今日からここが俺の城になるんだ」  俺、一ノ瀬秋。  十八歳は、引っ越したばかりの自分のアパートの部屋で思いっきり伸びをした。  築二年。  まだ真新しいコンクリート打ちっぱなしの1LDKのアパート。  その、三階の西日が眩しい角部屋に今日、俺は引っ越して来た。  引っ越しの理由は大学入学を機に一人暮らしをする事になったから。  実家からでは通学に二時間以上かかってしまう。  父、母、じいちゃん、ばあちゃん、そしてきょうだい五人の大家族で育ったために自分だけの部屋が無かったから一人暮らしにずっとあこがれていた。  内見して一目見て気に入ったこのアパート。  ステンレス製のキッチンに、白いタイルの敷きつめられた綺麗な風呂場。  小さいけれど、ベランダあり。  木のフローリングはツヤツヤで頬ずりしたくなるほどだった。  個室は六畳の広さで、高い位置に明り取りの窓があり、クローゼットが付いている。  寝室にピッタリだ。  家賃が少し厳しくて親に渋られたけど俺がバイトをする事で何とか丸く収まった。  大学在学中の四年間(留年しなければだけど)ここで暮らすんだ。 「こんなお洒落な部屋に住むのが夢だったんだよな」  しみじみとそう言いながら、段ボール箱から食器を取り出す。  食器は新聞紙に丁寧にくるまれている。  それを慎重に外しながら、ふと、大きな掃き出し窓の方を見る。  窓の向こう側はベランダだ。    ベランダで植物でも育てようかな。  そのアイディアはとても良い事の様に思えた。  一人、ニンマリとする俺。 「いけない。手が止まった。早く片付けないと夜になっちまう」  俺は黙々と片付けを再開した。 「ふぅっ」  額に滲む汗を手で拭う。  片付けに集中し過ぎて時間を忘れていた。  今は、十四時半。  少し遅いけれど、昼飯でも食べようか。  そう思った時、ふと、まだ、唯一のお隣さんに挨拶に行っていない事を思い出した。  角部屋の俺の唯一のお隣さん。 「せめて、隣くらいは挨拶いかねーと」と、思ったのは、ばあちゃんが「近所付き合いはしっかりしないと」と強く言っていたからだ。  俺は、よいしょ、と立ち上がり廊下まで出ると廊下のキッチンに置いてあった菓子折りを手にした。  地元名物の海月(くらげ)煎餅。  名物と言う物は地元の人間こそ食べていないもので、海月煎餅は俺自身、生まれてこの方、一度か二度くらいしか食べていない。  どんな味だったのかも忘れてしまった。  地元は海がある事が唯一の名物で、その海にはよく、大量のくらげが出る為に海水浴には向いていなかった。  俺は足取り重く、部屋を出た。  俺の部屋は、四〇六号室。  お隣さんは四〇五号室だ。  俺は緊張しながら四〇五号室の黒い玄関扉を見つめていた。  こう見えて、人見知りの俺。  俺にとって、知らない人の家へ一人で挨拶に行く、だなんて清水の舞台から飛び降りる様なものだった。  緊張する。  お隣さんの部屋には標札が無かった。  どんな人が住んでるんだろう。  怖くない人だと良いけど。  俺はため息をつく。  変な格好して無いよな、とティーシャツとジーンズ姿の自分を眺めて見る。  ついでに赤茶色の髪を手櫛で整えた。  この髪は都会向けにと姉ちゃんが染めてくれた。 「よし、大丈夫」  俺は深呼吸してインターホンを鳴らした。  今日は日曜日。  しかし、昼間だ。  お隣さんが在宅しているとは限らない。  もしもいなかったら、挨拶は、また今度にしよう。  そんな事を考えながら待っていると、インターホンから、「どちら様?」と、低い声が漏れた。  ここのインターホンはモニターで相手が見える様になっている。  俺は、インターホンのカメラに向かって慣れない笑顔を作り、「あの、隣に越して来た者ですが。あの、ご挨拶に伺いました」と言って菓子折りをインターホンのカメラに向かって掲げた。 「ああ、直ぐ行きます」  インターホンからボソリとそう言う声が聞こえた後で、部屋の中からガタガタと物音が聞こえた。  それから少しして、ガチャリ、と音を立てて玄関扉が開いた。  緊張の面持ちで俺は顔を上げる。  部屋から出て来たのは、どう見ても年上で少し見上げてしまうくらいの長身でサラリとしたマッシュの黒髪の中々カッコイイお兄さんだった。  カッコイイ、というか麗しい。  お兄さんは黒縁眼鏡をかけているが眼鏡のレンズ越しでも綺麗な鳶色の瞳がハッキリと見えた。  こんな人見た事が無い。  何だろう。  ドキドキする。  しかし、このお兄さん、左目に黒い眼帯をしている。  怪我か病気でもしたのだろうか。  そんな事を思いながら、お兄さんに見とれる事数秒。  いけない、と俺は慌てて喋った。 「あの、初めまして、俺、隣に越して来た一ノ瀬秋です。これからよろしくお願いします。これ、つまらない物ですけど」  そうお決まりの台詞を言うと、俺は両手に持った菓子折りを目の前のお兄さんに差し出した。  お兄さんは俺から菓子折りを受け取ると、じつにだるそうに、「ありがとう。今どき引っ越しの挨拶に来る人なんて若い人なのに珍しいですね。感心するよ」と言う。 「はぁ……」  お兄さんの微妙な反応に俺の笑顔が引きつる。  迷惑だったかな。  そう思うと緊張が再び俺を襲う。  お隣さんに挨拶しに来ただけなのにこんなに緊張するだなんて、俺の大学生活は前途多難だ。  何だか泣きそうだ。  俺は拳に力を込めた。

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