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第4話 パスタの美味さとコンプレックスの間
河瀬さんが俺の部屋を出て数分。
俺は一人きりで片付けを黙々とやっていた。
河瀬さんのお陰で大分段ボールが減った。
もう少し頑張れば大体は片付く気がする。
よし、頑張ろう。
そう感じた頃。
ピンポーン!
インターホンの音が鳴る。
インターホンのモニターを見てみると河瀬さんが映っている。
「ちょっと待ってて下さい」
モニターに映る河瀬さんに一言言って俺は、急いで廊下に出て部屋の玄関扉を開けた。
扉を開けると、笑顔の河瀬さんがいた。
河瀬さんの手には、大きな丸い皿にラップで包まれたドカ盛りパスタがあった。
それは、どう見ても冷凍食品では無くて手作りの物だった。
「一ノ瀬さん、お待たせしました。これ、トマトとバジルとツナの冷製パスタなんだけど」
そう説明されて、まじまじとパスタを見る。
う、美味そうだ。
「良いんですか、しかも、こんなに沢山」
「どうぞどうぞ。いつもついつい作りすぎちゃうんですよ。だから遠慮せずに食べて下さい。何ならお代わりもありますよ」
「いやいや、お代わりなんて、そんな。じ、じゃあ、頂きます」
河瀬さんの手からパスタを受け取る。
うっ、結構重い。
食べきれるか。
「じゃあ、一ノ瀬さんが食べてる間に僕は片付けの続きしちゃうね」
そう言うと、河瀬さんは玄関を上がり、ルンルンと部屋の中へと消えて行った。
俺はパスタ片手に玄関に鍵をかけ、しまったばかりのフォークとスプーンをキッチンの引出しから出して河瀬さんの後を追う。
既に片付けを再開している河瀬さんに断ってからパスタを食べる準備をする。
まず部屋の真ん中に置いた小さな楕円形の白いテーブルにパスタを置く。
目の前の河瀬さん特性の手作りパスタはしつこい様だけど本当に美味しそうだった。
バジルの緑にトマトの赤。
沢山入ったツナ。
そして、薄くスライスされたレモンがお洒落に載ったパスタ。
こんな物作れるなんて、河瀬さんは凄いな。
俺も一人暮らしをするからには料理の一つでも、と思っているけれど、こんな風に作れるのか自信は無かった。
俺はテーブルの前に置かれた大きな丸いクッションに坐る。
「頂きます」
パスタに手を合わせ、チラリと河瀬さんを見る。
河瀬さんが、「どうぞ」と言ってパスタを勧める。
俺は頷き、皿からラップを剥がしてから、一口、パスタを口に運んだ。
「んっ、美味い」
思わず口から言葉が出た。
これは美味い。
箸が、いや、フォークが止まらない。
「凄く美味しぃれふ」
口いっぱいにパスタをほうばっているので上手く喋れない。
河瀬さんは「良かった」と息を漏らす。
パスタはさっぱりしてて、少し酸味があって食が進む。
食べているうちに、そうだ、と思いつき、部屋を出て廊下にあるキッチンに急いで向かう。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本取り出して部屋に戻った。
片方の手で段ボール箱から食器を取り出している河瀬さんに、「これ、どうぞ」とお茶の一つを手渡す。
「良いんですか?」
お茶を見つめて河瀬さんが言う。
「はい、こんなので悪いですけど。……俺、頂いたパスタ食べちゃうんで、河瀬さんも良かったら、これ飲みながら少し休んで下さい」
「ありがとう。まだ片付けを再開したばかりだけど……じゃあ、お言葉に甘えて、少し休憩しようかな」
そう言って河瀬さんは、掃き出し窓の側まで行くと、そこへ腰を下ろしてペットボトルのお茶の蓋を開けた。
それから河瀬さんは優しく笑いながらパスタを食べる俺を見た。
そんな河瀬さんに向かって、俺は満面の笑みを浮かべて言う。
「ほんとに美味いです。河瀬さん、料理上手なんですね」
天は二物を与えずは嘘だ。
綺麗で料理上手だなんて、この人はなんてポイント高いんだ。
「そんな事無いさ。ただ、料理が趣味なだけだよ」
謙遜か?
「料理が趣味だなんて、河瀬さん何だか女の子にモテそうで良いじゃないですか」
似合わない冗談を言ってみる。
「そんな事無いよ」
そう言って河瀬さんは照れくさそうな顔をする。
これは絶対にモテてるな。
未だ彼女がいたためしが無い俺にとっては羨ましい限りである。
綺麗で料理上手でモテる。
天は二物も三物も与える人には与えるのだ。
俺には何の才能も無いから神様から見放されたに違いない。
神様に贔屓される人間とそうじゃない人間に俺と河瀬さんは分れるわけだ。
いや、今は自分と河瀬さんとの違いよりも、目の前のパスタに集中しょう。
河瀬さんがせっかく持って来てくれたんだから。
俺は、パスタを思い切り啜った。
それにしても、だ。
河瀬さんは作り過ぎたと言っていたけれど、こんなに余るほど作るだろうか。
そんな疑問が浮かんだ。
しかし、その疑問はパスタの美味さの前には花と散るのだった。
ドカ盛りパスタをようやく食べ終えた俺。
河瀬さんはペットボトルのお茶を飲み終え、既に片付けを再開していた。
河瀬さんは俺にパスタのお代わりを進めてきたが、丁重にお断りさせて頂いた。
もうお腹一杯だ。
お腹をさすりながらキッチンに立ち、食べ終えた後の食器を洗う。
俺の隣には、調理器具を戸棚に仕舞っている河瀬さん。
河瀬さんはしゃがんでいて、つむじが見えた。
今、俺達は無言でそれぞれの作業に没頭している。
その沈黙が何となく気まずい。
「あの、えーっと、河瀬さんって何歳なんですか?」
気まずさを何とかしたくて河瀬さんに話しかけてみる。
これといった話題は見つからずに、歳の事なんか訊いてしまった。
河瀬さんは、顔を上げて俺を見ると眉間に皺を寄せて「僕の歳ですか?」
と訊いて来た。
「はい、あっ、訊いちゃマズかったですかね?」
慌てて俺がそう言うと、「そんな事ないよ」と河瀬さんは言う。
その台詞にほっと一安心する。
口下手だから他人とどうコミュニケーションを取っていいやらいつも悩んでしまう。
自信を持って出来る会話と言えば天気の話くらいだ。
そんな自分が嫌になる。
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