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第21話 美味しい時間とかけてもののあわれと解く
毎日忙しく過ごしているうちに、あっと言う間に五月になっていた。
相変わらず大学では友達は出来ていないが授業には身が入る様になった。
全ては河瀬さんを描く為だ。
もっともっと画力を上げて河瀬さんの完璧な美しさを描き上げるのだ。
俄然、勉強に力が入るのである。
ゴールデンウイークは大学の課題の消化に費やしていた。
こんなに課題が出るとは思っていなくて課題の量に呆然としたものだ。
大学生になってから休みと言えば課題をしている。
美大生に青春は無いのか、と疑った。
でも、頑張れる。
何せ俺には河瀬さんというカンフル剤があるのだ。
初めて吸血された次の日から俺は河瀬さんの部屋や自分の部屋で河瀬さんと一緒に河瀬さんの手料理をご馳走になっている。
夕飯だけ、という話だったが、土日や祝日はお昼も一緒に食べているのだ。
河瀬さんはやっぱり料理上手だった。
俺の為に栄養満点の色んな料理を食べさてくれる。
河瀬さんはいつも赤いエプロン姿で料理をしてくれる。
河瀬さんのエプロン姿は絶妙だ。
大人の色気がムンムンと漂っている。
腕まくりした時の腕の陶器の様な白さも美しい。
ただご馳走になっているばかりでは申し訳ないのでたまに一緒に料理をする。
河瀬さんの手伝いも出来るし、料理をしている素敵な河瀬さんの姿も近くで見れるし、正に一石二鳥なのである。
食事以外にも、河瀬さんの部屋で本を読ませてもらったり。
本を読んでいる時は河瀬さんが必ず飲み物を持って来てくれた。
有難くて河瀬さんの部屋に足を向けて眠れないのである。
実に充実した毎日。
都会に来て良かった、と言うものだ。
ゴールデンウイークも明日で空ける。
俺の頭を悩ます大学の課題をやっとこさ全て終えた夕方。
俺は河瀬さんの部屋の本に囲まれたリビングダイニングで河瀬さんの手料理を待ちながら新しい悩みに頭を痛めていた。
「はぁっ」
つい、ため息が出る。
「何ため息ついてるの?」
プラスチック製の大きな長四角のお盆を持った河瀬さんがいつの間にか俺の側にいた。
河瀬さんがお盆をテーブルに置く。
「今日はサーモンのほうれん草巻ムニエルとほうれん草とベーコンのソテー。それと玉子と青ネギのスープだよ」と河瀬さんはメニューの説明をした後に俺と対面にあるソファーにエプロンをかけてそこに座った。
相変わらず美味しそうな河瀬さんの料理に目がキラキラする気がする。
「ほうれん草は鉄分があるから。血を頂く身としては秋君にはしっかり鉄分を取って欲しくて」
血液と言えば鉄分だ。
河瀬さんのご厚意を丁重に受け取らねば。
「頂きます」と俺達は揃って言う。
河瀬さんの方に目を向けると、やっぱり河瀬さんの料理の分が少ない。
まだ食欲は戻っていないのだろうか。
心配だ。
「秋君、それで、どうしたの?」
「ふぇ?」
考え事をしていたから変な声が出てしまった。
「どうって、何です?」と訊ねてみる。
「さっきのため息。何か悩み事?」と玉子スープをふぅふぅしながら河瀬さん。
「ああ」
どうしよう。
悩んでいる事、河瀬さんに言っても良いのだろうか。
暗いやつだと思われないだろうか。
「何かあるなら話して。話すだけでスッキリって事もあるから」
河瀬さんの極上スマイルにつてられて、俺は河瀬さんに現在進行形の悩みを打ち明ける事にした。
「あの。アルバイトが中々決まらなくて。焦ってるんです。このままじゃ、ここの家賃とか生活のお金が払えなくて。親から仕送りは貰ってるんですが、俺がアルバイトをする事を条件に此処に住まわせてもらっているんで」
「ふぅん」
河瀬さんは玉子スープの器をテーブルに置いた。
俺は話を続ける。
「アルバイトの面接は受けたんです。三回。コンビニとドラッグストアと、後、駅の売店」
「うん」
「でも、どれも採用されなくて。あの。面接で凄く緊張しちゃうんです。それで、訊かれた事に直ぐに答えられなくて。上手く笑えないし。こんな調子でアルバイト何か出来るのかなって。悩んでて。不安で」
「そうなんだ。面接、頑張って偉かったね」
「そんな。何処も採用されなかったし。早くアルバイトしないとヤバいのに。全然上手く行かなくて」
「そんなに早くアルバイトしなきゃだめなの?」
「はい。直ぐにでもアルバイトしないと来月ヤバいです」
「そう……」
河瀬さんは言葉を探しているのか、何か考え事をしている様に静かになった。
やっぱり、こんな話、重かったよな。
俺は河瀬さんといるというのにどんよりとした気分になった。
「あのさ、秋君」
「はい」
沈んだ声で俺は答える。
「秋君さえ良かったら何だけど、アルバイト先、紹介しようか?」
「え」
「いや、まだ雇ってもらえるかは確認しないとダメなんだけど、心当たりがあって。どうかな?」
「い、いいんですか?」
ああっ。
感謝で今にも河瀬さんに抱き付きそうだ。
「あのね。喫茶店なんだけど」
「喫茶店……」
「僕の知り合いの吸血鬼が一人でやってる喫茶店なんだ。割と繁盛しているから、人手は欲しいと思う」
河瀬さんと同じ吸血鬼がやってる喫茶店。
俺は仕事の事よりも、河瀬さんの知り合いだという吸血鬼の事が気になった。
俺は当然だが、河瀬さんしか吸血鬼というものを知らない。
どんな人……と言うより吸血鬼何だろうか。
いや、そこじゃない。
今は生活第一。
俺の心は決まった。
「あの。お願いしたいです。直ぐにでも仕事が必用なんです」
俺は河瀬さんに頭を下げた。
河瀬さんは困った様な声で「顔上げて。分かったから。今日中に相手に話しをしておきますね」と言う。
ほっとした。
「ありがとうございます」
「いいえ。食事、続けようか」
「はい!」
俺は元気良く河瀬さんの美味なる食事を掻っ込むのであった。
そんな俺を見る河瀬さんはとてつもなく優しい顔だ。
はぁ。
今日の河瀬さんも最高に素敵だ。
そんな顔で見られたら鼻血が出てしまう。
ああ、河瀬さん。
俺は河瀬さんとの至福の時間を思い切り満喫するのであった。
楽しい時間を過ごした。
美しい河瀬さんが目の前にいて、美味しい料理があって。
こんなに幸せな時間。
時間が止まってくれるなら大いに俺はそれを受け入れよう。
「あ、秋君鼻血出てるよ!」
「え」
河瀬さんの焦り声にはっとする。
言われてみれば鼻の下に生暖かい感触が。
「ティッシュ持って来るから!」
河瀬さんが急いでソファーから立ち上がる。
「ご、ごめんらさい」
やってしまった。
恥ずかしさ極まれり。
でも、下を向いてはいられない。
鼻血が垂れて来るからだ。
もののあわれとはこの事か。
ああ。
泣くよウグイス平安京。
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