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第22話 蜜の時間の合図はサイレンの音と共に
鼻血も落ち着き、食事も終わり。
俺は河瀬さんとまったりと緑茶を飲んでいた。
俺より食事の量が少ない河瀬さんは俺よりも早く食べ終わり、ニコニコ顔で俺が食べる様子を見ていたものだった。
誰かに見られながら食べる食事と言うのは実に恥ずかしいものである。
特に、河瀬さんみたいな美形に見られていると、何かみっともない事をしやしないかとハラハラドキドキだ。
でも、落ち着かないけど河瀬さんが俺に笑顔を向けてくれるのは嬉しい。
今も河瀬さんは俺を見ながらお茶を飲んでいる。
笑顔も健在だ。
でも、河瀬さんが笑顔でいても、どうしても心配が俺の頭を過る。
河瀬さんは初めての吸血以来、俺の血を飲んでいない。
河瀬さんが言っていた通り、河瀬さんはまだ全回復していない様で、ため息はしょっちゅうだし、笑顔だって無理して作っている様に思えてならない。
ちゃんと元気な河瀬さんの姿が早く見たい。
俺は思いきって聞いてみる事にした。
「河瀬、あの。ずっと俺の血を飲んでいないんですけど、大丈夫です?」
訊かれた河瀬さんはドキッとした様に湯呑を揺らした。
「大丈夫だよ」
そう言って河瀬さんは笑うのだが、何だか笑顔で誤魔化されている様な気分だ。
「嘘。だって、あんまり元気がある様には見えない。料理だって少ししか食べないし、疲れてるみたいだし。血が、全然足りなかったんじゃ無いの?」
俺の顔は自然と心配な表情を作っていた。
河瀬さんは、はぁっ、と声を出す。
「秋君、心配してくれてありがとうございます。吸血される側は兎に角健康第一何です。だから、次の吸血は秋君にしっかり栄養を付けてから、と思っていたんですけど。それにやっぱり秋君の負担になりたくなくて。どうしても遠了してしまって」
申し訳なさ気な河瀬さんを見ていると心が痛い。
「河瀬、そんなのダメだ。俺は大丈夫です。河瀬のお陰で元気で健康ですから。元気になった河瀬を描きたくて俺は大学の勉強を頑張っているんだ。河瀬が血を吸って元気になってくれないと食事してる意味なんか無い。河瀬が血を吸いたくないなら俺だって食事しない。河瀬と一緒に干からびてやる!」
俺がそんな事を言うと河瀬さんはオロオロとした。
「そんな。ダメです!」
必死に言う河瀬さん。
でも、俺も必死だ。
「河瀬の為なら自分の血なんて惜しくないです。何なら今からでも手首を切って、血を河瀬に……」
俺はソファーからすっくと立ち上がり、キッチンへと向かおうとする。
勿論、包丁を取りに。
俺の気持ちを察したのか、河瀬さんが慌てて俺を止める。
「分かりました。分かりましたから。ちゃんと秋君から血を頂きますから、変な事考えないで下さい!」と河瀬さん。
「なら、今直ぐに俺の血を吸って下さい!」
このままうやむやにされてしまうんじゃ無いか、と心配した俺はそう言う。
「今から、ですか?」
「今からです!」
気迫いっぱいに俺は答える。
河瀬さんは盛大にため息を吐くと「分かりました」と言って肩を落とした。
何とか言い負かした。
俺は心の中でガッツポーズを取る。
「じゃあ、寝室に行きましょう」
そう河瀬さんに言われて、え、と思う。
「何で寝室なんですか?」
前みたいに此処で吸血すればいいのに。
「それは、横になっていた方が秋君がリラックス出来るかな、と思って。別に変な意味は無いです。吸血されるのにリラックスは大事ですから」
「リラックス……」
確かに、いざ吸血されるとなると緊張してしまう。
今も体に力が入ってしまっている。
リラックスが大事だという河瀬さんの言葉はもっともだ。
「リラックス出来るなら、じゃあ、寝室でお願いします」
と、いう訳で俺と河瀬さんはリビングダイニングを出て河瀬さんの寝室へと向かった。
河瀬さんの寝室にはセミダブルのベッド一つしか無かった。
本に囲まれた賑やかなリビングダイニングとの差の大きさにびっくりした。
「何にもなくてびっくりしただろ。寝る所がごちゃごちゃしてるのが嫌で」
そう言われると何だか河瀬さんらしい気がした。
「ベッドに横になって下さい」
言われて俺は河瀬さんのベッドにお邪魔する。
ベッドの上に乗ると体が沈む。
これは良いベッドだな、とわざと体を弾ませた。
「ふふっ。電気を消しますからちょっと待って下さい」
そう言って河瀬さんが部屋の電気を消すと辺りは暗くなる。
窓から入る外の明かりでかろうじて河瀬さんの姿が伺えた。
河瀬さんが眼鏡を外して眼帯を取る。
外した眼鏡と眼帯は無造作にフローリングの床に置かれた。
「じゃあ、これから頂きますから」
そう言って河瀬さんが俺の体に覆い被さる。
ギシリとベッドが音を鳴らす。
河瀬さんの体の重みを感じてドキリと心臓を鳴らす。
河瀬さんが俺のシャツのボタンを外していく。
ドキドキが止まらない。
「はぁっ……」
苦しさの混じった吐息が漏れた。
「秋君。呼吸、ゆっくりしてみて下さい」
河瀬さんの言う通りにしてみると、少しだけ落ち着いた様な気分になった。
俺のシャツのボタンを外し終えると河瀬さんが俺のシャツを開いた。
肌に冷たい空気を感じる。
河瀬さんが俺の肩に触れた。
そこは初めて吸血された場所。
「まだ、跡が残ってますね」
「……はい」
俺の体には初めて河瀬さんに吸血された跡がまだくっきりと残っていた。
その噛み跡に気が付いたのはシャワーを浴びた時。
風呂場の鏡に映る自分の姿に呆然とした。
赤と紫が混じった感じに変色した皮膚。
そこが腫れているのが分かる。
初めは怖くて触れる事も出来なかった。
「体に傷を付けて、ごめんなさい」と河瀬さんが苦しい声を絞り出す。
「大丈夫です」と俺は言った。
「何かの印みたいでかっこいいですから」
俺が続けてそう言うと河瀬さんが笑ってくれた。
「印、ですか。じゃあ、今日は反対側の肩に印を刻みますね」
そう言って河瀬さんが俺の肩に口づけをする。
ちゅっと音を鳴らしながら何度も口づけられて恥ずかしさで俺は腕で顔を隠した。
これから何をされるのか分かってしまっているからなおさら恥ずかしい。
河瀬さんが唇で俺の皮膚を吸うと、俺は、「んっ」と声を漏らした。
吸血の為に必要な事とは言え、本気で恥ずかしい。
「秋君、大事にしますから」
河瀬さんの手が俺の首筋を撫でる。
その感覚にゾクリとする。
何処かでサイレンの音がする。
その音に集中して俺は出来るだけ自分の心臓の音を聞かない様にした。
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