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第23話 蜂蜜の時、戸惑う時

「んっ、んっ……はぁっ……」  河瀬さんの舌が肌を伝う感覚がゾクゾクと体に響く。  まるで波の様に。  時に大きく。  時に小さく。  ゾクリゾクリと電気信号が体を通過する。 「んっ……ん」  この感覚は本当に何なんだろう。  口から声が自然に漏れて、止まらなくなる。 「はぁっ……はっ」  何だかじれったい。  早く。  早く噛んで欲しい。  そんな事を思う。 「河瀬っ……もう、噛んで」  堪らなくて、河瀬さんの金色の目を見つめて、ついそうねだる。 「もう?」  訊かると、恥ずかしい気持ちを押し殺して俺は頷いた。 「そんな顔しないで。分かりましたから」  そう言われても自分がどんな顔をしているかなんて分からない。  河瀬さんの切なげな表情だけを目で追う。  綺麗な顔。  まるで芸術品だ。 「今、しますから」  そう言われてドキリとする。  ああ、早く。 「早くっ……」 「もう直ぐですから」  そう言った後で河瀬さんは俺の肌に牙を当てた。  緊張と恐怖と期待が要り雑じる。  ピクリ、と俺の体が動く。  スッ、と河瀬さんが牙を突き刺した。 「っつ……」  俺の体が大きくのけぞる。  ずぶりと俺の中に河瀬さんの牙が入って来る。 「いっ」  痛い。  この痛みをどうにかしたくて俺は両手を力いっぱい握った。  「そんなに握りしめたら爪で手に傷が出来ますよ」  優しい河瀬さんの声。  河瀬さんの両手の指が俺の指を解く。  そして、手を握られる。  俺はそのまま河瀬さんの手を握りしめる。  冷たい河瀬さんの手の感覚が気持ちいい。  上がった熱を冷ましてくれる様な、そんな温度。  ほっと息をつく。  その瞬間、河瀬さんの牙が深く入った。 「いっ、たっ!」  鋭い痛みに腰が浮く。  俺の手を握る河瀬さんの手を強く、強く握り締めた。  こうして痛みに耐える事少し。  体に、あの感覚が訪れた。  勢いよく上がる体の熱。  そしてじわじわと来る疼き。  ああっ。  気持ちいい。 「んんっ。あっ、あっ」  気持ちいい。  頭が真っ白になる。 「あっ……はぁんっ」  こんな声、出したくないのに。  口から次から次へと漏れて来る。  河瀬さんが俺の血を吸い出す。  それがとてつもなく気持ちいい。 「あっ、あっ……ああっん!」  思いのほか、大きな声が出てしまい、羞恥心で逃げ出したくなる。  でも、止めてとは言えない。  この快感を手放したくない。  河瀬さんが血を吸う度に訪れる刺激がたまらない。 「あっ、もっ……と。もっとぉっ」  もっと吸って。  もっと。  もっと。  もっと気持ち良くなりたい。  なのに。  河瀬さんの牙が体から離れる。 「あっ……んっ。何でっ」  もっとして欲しいのに。  吸血で出来た刺し傷を河瀬さんが丁寧に舌で舐める。  俺の体は河瀬さんの舌が触れる度にピクピクと動いた。  こんな刺激じゃ足りない。  もっと。 「河瀬っ、もっと……っ」  もっと血を吸って。  河瀬さんの手をギュっとして俺は河瀬さんに訴えた。 「もうダメですよ。そんなに血を吸ったら秋君の体がもたないですし。それに」  河瀬さんが俺の耳元に唇を近付けた。 「秋君、おかしくなっちゃいますよ」  そう囁かれてゾクリとする。 「かっ、河瀬っ」 「ご馳走さまでした」  河瀬さんが天使の笑顔をする。  その笑顔でとろけそうになってしまう。  寝室に、はぁ、はぁっと俺の呼吸の音が広がっていく。  体がまだ疼いて、刺激が欲しくてたまらない。  このまま、おかしくなりそうで怖い。 「秋君、大丈夫ですから」  河瀬さんが俺の体をギュっとしてくれた。 「んっ、あっ」  それだけでどうしようもなく気持ちが良い。  しばらく。  もうしばらくでいいから。 「このままでいてっ」  そう言って俺は目を閉じた。  ドキドキと心臓の音。  それは俺だけのものでは無い様な気がして。 「秋君の気が済むまで、こうしていますから」  その台詞を聞いて心底安心する。  俺の体の熱と河瀬さんの体の熱が重なった体にじんわりと浸透していく。  ああっ。  河瀬さん。  河瀬さん。  息を吸い込むと河瀬さんの匂いがする。  良い匂い。  その香りを胸いっぱいに吸い込む。  河瀬さん。  側にいて。  もっと。  もっと。  離さないでいて。 「河瀬……さんっ……」  その呟きを後にして俺は記憶を手放した。  鳥の鳴く声がする。 「んっ……」  目を覚ましたくない。  凄く心地いいんだ。  でも。  俺は目を擦る。  うすぼんやりとした色の天井を眺める。  部屋の中は薄暗い。  朝か。  瞬きをする。  何だか凄く温かい感じ。  この感じは何だろう、と首を横に向ける。 「へ」と一言。  俺は目を疑った。  咄嗟的に夢でも見ているのだろうか、と思う。  俺の横には目を閉じた河瀬さんがいた。  すぅ、すぅ、と規則正しい寝息さえ漏らしている。 「…………」  一体、どういう事?  思考回路がオーバーヒート。  夢?  やっぱり夢?  そうだ。  夢に違いない。  そうで無いと困る。  物凄く困るんだ。  焦る俺の耳に聞こえる鳥のさえずりは、とてつもなくやかしましい。

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