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第24話 朝の時間を制す者、一日を制す……らしい
敬愛する河瀬さんと同じベッドで横になっているという今の状況。
しかも俺のシャツは夜に河瀬さんに血を吸われた時と変わらず前がはだけたままになっている。
そして今はもうしていないけど俺の両腕は河瀬さんの背中に回っていた。
河瀬さんはというと気持ちの良い顔で俺を抱きしめていた。
これは夢か、幻か。
そう悩む事数分。
その数分、俺はずっと河瀬さんの寝顔を見ていた。
河瀬さんの長いまつ毛だとか、整った鼻の形だとか、さらりと顔に落ちている髪だとかをつぶさに観察していた。
これが夢か幻なら俺の想像力は凄いな。
なんて思ってみる。
河瀬さんときらた寝顔も麗しい。
そんな河瀬さんと同じベッドで、しかも抱きしめられているという点が物凄く問題だ。
こんなに麗しい河瀬さんと一晩過ごした、何て事、どうか夢であって欲しい。
河瀬さんは美の女神であり、俺はその卑しい信者に他ならない。
河瀬さんは崇拝の対象であって決して俺なんかが床を共にして良い相手では無いのだ。
「ううっ」
俺は情けなく声を漏らした。
河瀬さんと床を供にしてはならない理由はまだある。
俺の寝顔ははっきり言って最悪だ、とは兄弟の証言。
口は開けたままだし、寝言はうるさいし、いびきはかくし、涎は垂らすし、と同じ部屋で眠る兄弟は毎日、俺の寝姿への文句を忘れなかった。
これが夢でないなら、俺は兄弟さえも驚愕する寝顔を河瀬さんに披露した事になる。
ダメだ。
ダメ過ぎる。
一番見られたくない姿を一番見せたく無い人に見せてしまったかも知れない。
「もう死にたい」
本気でそう思う。
絶望の淵の中で、「んっ……」と、河瀬さんの口が薄く動いて声が漏れた時、最高に心拍数が上がった。
「ふぁっ」
河瀬さんがあくび一つしてパチリと目を開く。
俺はメデューサに睨まれて石にでもなったかの様に固まった。
「秋君、おはよう」
そう言って河瀬さんがにこり。
「…………」
俺は何も言えない。
どうして良いか全く分からない。
この状況が夢なのか。
現実なのかの判断もまだついていない。
心の準備が全くできていない。
「秋君?」
河瀬さんの眉が八の字を描き心配そうに俺を見つめる。
「秋君、大丈夫?」
大丈夫じゃないです。
断じて大丈夫じゃないです。
それだけははっきりしている。
河瀬さんの温かな体温が俺の体から離れた。
河瀬さんはベッドから出ると、床に落ちている眼帯を拾い上げて、付けて、それからスタスタと歩き、部屋の入り口まで行くと電気のスイッチをパチリと入れた。
眩しい。
「秋君、大丈夫?」
改めて訊かれる。
俺は辺りの眩しさに目を瞬かせた後「……大丈夫じゃ無いです」とテンション低く答えていた。
そして河瀬さんに、「これは夢ですか?」という間抜けな質問をした。
河瀬さんは、「ああ……っ」と呟いた後に申し訳なさげな顔をして「夢じゃ無いです。ごめんなさい」と言う。
夢じゃない……。
やっぱり。
マジか。
俺は両手で顔を覆った。
これが夢じゃ無いとしたら今日は月曜日のはずで、俺はゴミ出しに行って大学に行かねばならない。
今が何時何分何曜日で地球が何回回った日なのか、今の俺が知る事は出来ない。
この部屋には時計が無い。
ついでに俺のスマートフォンは河瀬さんのリビングダイニングのテーブルの上だ。
カーテン一枚通した外の景色は知る事が出来ないが鳥のさえずりとカーテンが淡く光を受けている事から早朝と見当は付くが。
いや、今が朝か、昼か夜か、大学やゴミ出しの事がどうとかよりも何故河瀬さんとこうなったかの方が重要だ。
俺は探らねばならない。
河瀬さんに見苦しい寝顔を見せていないか。
何かとんでもない事をやらかしていないか。
だって、何にも覚えていないんだ。
しいて覚えているとしたら。
気持ちいい。
それが最後の記憶だ。
昨日の吸血の事を考えてしまうと恥ずかし過ぎて今にも逃げ出したいけれど、そうも行くまい。
何か河瀬さんの前でやらかしてしまったなら弁解しないと。
河瀬さんに嫌われたくない。
絶対に。
「あの、俺、河瀬さ……に何か迷惑かけて無いですか?」と顔を覆ったまま恐る恐る訊ねる。
「迷惑なんて無いですよ」と河瀬さんの声。
一瞬ほっとした、が。
「でも……」と河瀬さんが続ける。
でも?
でも?
「なななっ、何ですかっ?」
寿命メーターが一気に縮まる。
でも、の続きを知りたくない。
でも、知らないのはもっと怖い。
「でも、何です?」
訊いてみる。
河瀬さんは気まずい顔をして「僕が悪いんですけど、吸血の後のケアの最中に秋君、寝ちゃって。気持ち良さそうに寝ていたからそのまま。しばらくしてから起こそうと思ったんです。でも……」
更にでも。
一体何だって言うんだ。
聞きたくない。
聞きたくない。
でも、知りたい。
河瀬さんはでも、の後を続けた。
「ひとまず、秋君から離れようとしたら、秋君に抱きしめられて」
「え」
「離れたくないって言うもんですから……迷ったんですけど、もうしばらくそのままでいる事に……。で、服も整えようとしたんですけど僕が動く度に、秋君がやだっていうもので、どうにもできなくて」
「ええー」
「そのうち秋君、寝言で僕の名前を呼んだりするから、つい、何て言うか……本当にごめんなさい。起こすべきだった事は分っていたんですけど、僕も、何だか眠くなってしまって」
河瀬さんが俺に頭を下げている。
俺の頭は真っ白で河瀬さんにかける言葉が見つからない。
俺は何という事をしてしまったんだ。
恥ずかし過ぎて本当に死にたい。
三途の川は見えている。
後は渡るだけだ。
「秋君、あの。抱きしめたりしてごめん。僕、抱き枕を抱いていないとぐっすり眠れなくて。眠気もあって秋君の体が心地よかったからつい」
「へ」
一気に正気に戻った。
だ、抱き枕?
「河瀬が抱き枕です?」
意外だ。
「はい。それなんですけど」
指を指されて回れ右をして壁際を見ると、ベッドの上に細長いサボテンの形をした抱き枕があった。
サボテンにはつぶらな瞳が付いている。
このサボテン、確か何かのキャラクターだったはずだ。
河瀬さん。
こんなにクールな感じなのに。
大人の色気ムンムンなのに。
抱き枕何て。
可愛すぎますよ!
ときめき過ぎて興奮してしまう!
河瀬さん、本気で推せる!
「大丈夫です。感謝でいっぱいです!」
もう拝みたい気持ちで俺はそう言った。
「え、感謝? う、うん?」
微妙な反応の河瀬さんも尊い。
朝から妙に元気が出て来た。
もう、宇宙まで飛んで行きそうだった。
今日一日、俺は生きていける!
ライフゲージが上がるのを感じる。
河瀬さん、あなたは神だ!
河瀬さんから出る後光を拝む俺だった。
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