145 / 1471

ー記憶ー89

 激しい雨が夜の闇を打ち破る中、救急車から雄介は一人の男に呼び止められた。 「どうしたんだ、雄介? まさか、あの救急車に乗ってるのが望なんてことはないだろうな?」  男は和也、看護師だった。 雄介は口を開こうとするものの、言葉が詰まってしまう。 「ぁ……ぅん……まぁ……」  和也は雄介の言葉に一瞬、呆れたような表情を浮かべ、深呼吸をして、望が乗っているストレッチャーを下ろした。 そして、雄介は和也の腕を取り、顔を向け、瞳を潤ませながら見つめる。 「……へ? 何?」  雄介の視線に答えるように、和也は雄介を見上げた。 しかし、雄介は顔を俯けたまま和也の腕を握っていた。  雄介の手には力が籠っている。 しかし、彼は何を言いたいのか口にしようとしない。  和也も待つ余裕はない。 「ちょ、雄介……ごめん……望の方手伝わないと……」  それでも雄介は和也の腕を離そうとしない。 「え? 何か望にあったのか?」 「それ言うてええんか?」  和也は静かに問いかけ、意味深な表情で言った。 「あ……ぅん……そうだなぁ……?」 「あんなぁ」  雄介が言葉に詰まる。 焦る和也だが、雄介は口を開こうとしない。  夜の雨に打たれ、恋人が救急車に乗ってしまったことに、和也は焦りを感じながらも、雄介の口から何かが語られるのを待っていた。  だが、雄介が伝えたいことは一体何なのだろうか。 恋人が救急車で運ばれた以上、望に何か重大なことがあったことは理解している。 それでもなお、雄介が言葉を選び続ける理由は疑問だった。 「だからな……その、な……」

ともだちにシェアしよう!