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ー海上ー109

 望が先に着替えにロッカールームに入って、続いて和也も着替えにロッカールームへと消えて行くのだが、いつも着替えるのが早い和也がなかなかロッカールームから出てくる気配がなかった。  望の方は今日あった船での爆発事故のニュースを見ていたのだが、和也がなかなか出てこない様子にチラチラとロッカールームの方に視線を向ける。  それから五分もした頃だろうか。  和也の表情がいつもとは違い、憂鬱そうな顔をしている。  そんな和也の様子に望は軽く息を吐くと、 「お前なぁ」  そこまで言うと、望は言葉を一旦止める。  本当はそこで和也の事を怒ろうと思ったのだが、よく考えてみるとこういう時の和也は望の事を励ましてくれるという事を思い出したのか、少し考える望。  だが少し考えてもやはり望にはそう言った言葉は持ち合わせがないという所であろうか。 望は望なりに自分の中で色々と和也の事を励ますような言葉を探しているようだ。 「お前にしては珍しいよな? そんな浮かない表情してるなんてさ」  こんな言葉さえ望からしてみたら、顔から火が出る位恥ずかしいのかもしれない。 「仕方ねぇだろ? 俺だって苦手なもんがあるんだからさぁ」 「まぁ、人間には完璧な人間なんていないんだ。 何が欠点があってもいいんじゃねぇのか? そっちの方が人間味っていうやつがあるっていうもんだろ?」 「まぁ……そうなんだけどよ」 「な、そろそろ……親父じゃなくて……院長の事待たせてるんだから早く行こうぜ」 「あ、ああ……まぁ、そうだよな」  そんな風に答える和也は本当に緊張でもしているのか、表情の方は今も強張ってしまっている。  だが、そんな和也に気付いたのか、それとも望の素だったのか、和也の後ろについて一緒に行こうとしていた望が急に和也の手首を掴むのだ。  そんな望の突然な行動に目を丸くする和也。 「悪い、和也……俺さ、今眼鏡ないんだよな。 眼鏡が無いと本当に見えなくて怖いんだよ……だからさ、今だけお前の腕掴んでていいか?」  まさか望がそんな事をする訳がないと思っていた和也だったのだが、望から理由を聞くと納得してくれたようだ。  和也はそんな望に軽く微笑むと、 「ああ、まぁ……構わねぇよ……」  と答え、二人は手を繋ぎながら部屋を後にする。  そこは望の方が素で言ってるのか、それとも普通に手を繋いでくれって言ってるのか、というのは本当に分からないのだが、そんな状態でも和也と一緒に院長の所に行ってくれるという望の優しさに気付いたのかもしれない。  そうだ。 望の事なんだから、自分の眼鏡の無い状態では和也になんか付いて行く事なんかないだろう。 やはり、そこは望の中で何かが変わり始めているのかもしれない。

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