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ー海上ー110

 それに絶対的に望に眼鏡が無い状態では歩くだけでも億劫な筈なのに、和也について来てくれているのだから。  そして、望と和也は裕二が待っているであろう診察室の方へと向かう。  今日はもう夕方だけあってか、診察室の方には患者さんがいる気配はない。  人の気配があればそれだけの騒がしさがあるのだが、今の時間は静か過ぎる位だ。  そして、和也は裕二の前へと腰を下ろすと上着を脱ぐ。  和也は体が細い割には、ほどよく筋肉が付いていた。  裕二は和也の腕を触りながら、 「ふーん……で、君はこの腕で息子の事を何回抱いたのかな?」  場を和らげる事をしているのか、それとも素で聞いているのかは分からないのだが、そんな事を聞いてくる裕二に顔を真っ赤にする和也。  確かその事は裕二には言ってなかった筈だ。  そんな和也の表情に裕二は気づいたのであろう。軽く微笑むと、 「フフ……そういう事だね」 「そ、そういう事だね。って言うって事は親父! 鎌かけやがったな!」  望の方は端の方で和也の事を見守っていたのだが、その裕二の言葉に身を乗り出してまで大声を上げる。 「まぁ……梅沢君が前にそんな事を言っていたというのか、望の事が好きだったって事は言っていた事はあったからね……だからだよ。それと、まぁ……君の腕の方は大丈夫だよ。ただの打撲だからね。これくらいなら湿布貼って数日位休ませておけば大丈夫だから」  その裕二の言葉に和也は目を丸くしながら裕二の事を見上げるのだ。  そう、裕二の方はふざけたような事を言いながらも、その間に和也の診察の方を済ませていたという事だろう。  その事に再び驚かされる二人。 「ん?」  カルテをパソコン画面に打ち込んだ後に和也達の方に視線を向けると、和也は望の方に視線を合わせ、何かを望に訴えてる姿が目に入る。  そんな二人の様子に気づいた裕二。 「さっき、君が車の中で叫んでただろ? 痛いのは嫌だってね。だから、君の気が散っている間に診察を終わらせたのだよ」 「なんだよ……親父はさっき和也の叫びを聞いてたのか」 「聞いてたから、梅沢君が病院嫌いだっていうのが分かってたんだけどね。さっきみたいに叫んでくれなかったら普通に診察していたと思うけど……」  そう言う裕二は望達に何かを伝えようとしているようだ。 「梅沢君は病院を嫌う子供と一緒なんだよ。だから、子供を扱う場合には今のように私が診察したようにすればいいんだと思うんだけどね。確かに望は真面目な性格だ。そこはいい所でもあるのだけど、子供の場合にはそれではダメな場合もあるんだよ」

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