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ー過去ー76

 和也が先に部屋の中に入って行った後に、望は裕実に、 「裕実……先に中に入ってていいぞ」 「ありがとうございます」  今まで不機嫌絶好調だった望だったのだが、どうやら裕実にはそうでも無いようだ。和也の時とは違い、裕実には笑顔を見せている状態なのだから。  裕実が部屋に上がった後に望の方も部屋に上がり、リビングへと向かうと、鞄や上着をソファの背もたれへと掛ける。そして何気に周りを見渡し始める望。和也はキッチンに立っていて、今日買って来ていた食材を冷蔵庫の中へとしまっていたのだが、裕実の方はキッチンとリビングの方を行ったり来たりして、たまに辺りを見渡したり、キョロキョロとウロウロと繰り返していた。  もう何回も裕実は望の家に遊びに来ているのに、未だに慣れてないようにも思える。ほんとうに性格っていうのはこういう所でも出てしまうものなんだろう。  そうだ、和也は楽天家な性格で、裕実の方はその逆なのかもしれない。それだからなのか、和也の方はまるで自分の家のように何も望に相談せずに色々とやってしまっているのだが、裕実の方はもう誰かの指示がないと動かないというのか、ここは家主が一応望だからなのか、望が何か言わないときっと動かないのであろう。  そんな裕実に望は声を掛ける。 「裕実……そんなところに突っ立ってないで、料理が出来るまでソファでゆっくりしてろよ」  そう望が声を掛けると、裕実は望に向かって笑顔を見せ、 「スイマセン……ありがとうございます」  そう言うと、やっと望が座っているソファまで来るのだ。 「持っている荷物もその辺に置いておいていいからな」 「はい! ありがとうございます」  裕実の方はそう大きな声で返事すると、荷物をソファへと置き、足を閉じて肩にまで力を入れ、本当に行儀良い座り方をする。  望はその裕実の姿に軽く微笑む。  本当に裕実は一体どういう家庭で育ったのだろう。大人になって友達の家なのにも関わらず、未だに行儀良く座っていて、口調もいつもと変わらず敬語だ。  望は裕実にその事について問うてみたくなったのか、 「な、裕実さぁ、もう、俺達って友達になってから半年以上経つよな? 何で未だに敬語なんだ? 俺的にはもう敬語じゃなくてもいいんだけど? そうそう! 年とか仕事での関係とか無しでな」  その望の問いに裕実は顔を俯かせると、 「……実は……僕の方は敬語以外使った事がないんですよ。だから、知らないって言った方がいいのかもしれません。それで、敬語しか使えないって言った方がいいですかね?」 「そうだったんだな。じゃあ、家でも敬語だったのか?」 「はい! 家でもそうでしたよ」  本当に裕実はどれだけ躾の良い家で育ってきたのだろう。そこは今の裕実を見てれば分かるところだ。だが普通の家庭だったら親に対して、ある程度のタメ口が当たり前なような気がするものだが。

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