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第4話 冷却

「やべー……のか?」 ユウが帰った後、ショウは一人頭を抱えていた。 ユウと初めて会った時の事はよく覚えている。実家で飼っている黒猫のリンに、よく似ていたからだ。 サラサラの黒髪と、大きくて丸い印象的な黒い瞳。 パッと見は無表情でも、よくよく観察していると、内に秘めた思いが眼差しからだだ洩れている。ウルウルそわそわと、興奮や興味を抑えきれてない感じが可愛くて、つい構いたくなってしまう。 そんなユウが、自分の作る音楽を好きになり、大学で時間を共にするうちにだんだんと心を開いてくれて、ただ純粋に嬉しかっただけだと思っていた。 けれど、先日のライブの打ち上げで、突然感情のバランスが崩れることになる。 ほぼ初対面の勇磨に、ユウがあっという間に懐いたのを気に食わないと感じた。その上、二人で姿を消したと思ったら、何処かから戻ってきたユウが、何だか嬉しそうな、はにかんだような表情をしたのを見て、ドロドロとした気持ちが心を占拠していくのを止められなかった。 あの後勇磨を問い詰めて、ユウを狙っているとかそういう訳ではないということは分かったが、逆に勇磨から『一後輩に対する気持ちの傾け方ではない』と指摘され、しまいには『ショウもとうもうこっち側に来ちゃったかもね』と軽口を叩かれた。 その時、直ぐに返す言葉がなく、それからというもの、以前よりもっとユウの事が気になって仕方なくなっていた。 ただ、実はショウという男は元々ガキ大将気質で、中学に入る頃までは、いつもまわりに子分を従えているような生意気な子どもだったため、元来気に入ったものは自分の側において、他人には絶対触れさせないという性根が強い男だった。 今のショウからは想像し難いが、ショウのことを古くから知るバンドメンバーにとっては、むしろガキ大将の印象の方が強い位だ。 それがある時突然、そういう自分がカッコ悪いと思うようになり、それからは人と接する時、努めて落ち着いた印象を出すようにシフトチェンジしていったのだった。 故に、自分の中に突如蘇ったこの感情を生まれ持った支配欲と取るのか、はたまた恋人のような相手に対する独占欲なのか分からず、ショウ自身どうやって確かめようかと思っていたところだった。 そもそも、この二つの感情に違いがあるのか、あったと仮定して、もし後者だとしたら、同性で、しかも恋愛沙汰に疎そうなユウがどういう反応をするのかも、確認しなければと思っていた。 ユウの膝に頭を乗せた時、自分の中には違和感はなかった。 ユウの態度も、戸惑いはあれど、拒絶はないように感じた。 しかし、狸寝入りを決め込んだつもりが、ユウに拒まれなかった安心感からか、日常的な寝不足が原因か、肝心のユウの反応を伺う前に、いつの間にか本当に眠ってしまったのは想定外だった。 途中、夢を見ていたのは思い出せる。 パソコンでレポートを作っていると、リンが腕に乗って来て悪戯をするので、抱きかかえてなだめている夢だ。 その夢がどんな風に作用したのか分からないが、目を覚ました時、ユウが自分の腕の中で寝息を立てていて、さすがに慌てた。 (ユウが潜り込んできたのか?それとも俺が寝ぼけて何かした? でもこの状態で寝てるってことは、ユウも多少は俺の事……これは今踏み込むべきか?) 一度頭を冷やすために顔を洗いに行った。 廊下をウロウロと何往復かしながら考えたが、空腹で余計に頭が回らず、思い付きでピザを頼むことにした。 そうしている間にすりガラスの向こうで人影が動いたのが見えたので、思い切ってドア開けると、そこにはガッチガチに意識したユウが立っていた。 ユウのその状態が、ショウにとっていい結果だったのか、すぐに推し量ることはできなかった。もしかしてまずいことになったのでは、とも思った。 一体全体、自分が寝ぼけている間に何をしたのか、何度か口にしかけたが、そんな最低なこともないような気がして、今回は結局最後まで何もなかった素振りで過ごすしかなかった。 (引かれたか? でも済んだことを覆すことはできないし、変な言い訳もできない。もう少し様子見てみるしかないか) 一度はそう割り切ったものの、その後も結局堂々巡りをして、ショウは夜明け前まで眠ることが出来なかった。

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