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囚愛Ⅲ《エリックside》1
アメリカに到着し、14年ぶりに雅彦様と過ごした屋敷の扉を開けた。
ハウスキーパーを定期的に頼んでいるので、室内はとても綺麗だった。
雅彦様との最期の会話を思い出す。
「《ひとり旅も悪くない。じゃあ、行ってくるよ》」
「《お気をつけて》」
あの時から、この家は刻が止まったまま。
私に隠れて抜け出して、
見つかって、怒られて、
それなのに貴方は笑って、
今でも昨日のことのように思い出せる。
思い出せてしまうから、胸が苦しくなる。
苦しくていい。
「《ただいま戻りました、雅彦様…》」
護れなかった自分のせいなのだから―…
翌日、今後お世話になるL.A.校へ挨拶のために訪問した。
「“エリック!”」
校内の廊下でそう呼ばれ振り返ると、色白でパーマがかった銀髪の細身で高身長の男性がいた。
「“あぁ、やっぱりエリックだ。変わらないなぁ”」
そう聞き覚えのあるドイツ語で話しかけられた。
この声、この面影…
「“…アルベルト・クラウゼなのか?”」
私が執事学校時代の親友の名前を口にすると、彼は大きく頷いた。
「“…ありえない。アルが私よりもこんなに背が高くなっているなんて”」
私が卒業する頃アルは170cmほどだったのに。
「“ははっ。エリックが卒業した頃、僕は17歳だったしね。あれから背が伸びて188cmになったんだ”」
アルベルトは執事学校を卒業後、アラブの富豪の執事に任命された。
雅彦様が亡くなる前まではたまにビデオトークをしていたが、雅彦様の死後ソフィア様と雅様の居場所が知られてはいけないので連絡することは無かった。
「“アルはどうしてここに?”」
「“あぁ、僕は主の死後、執事学校の講師をしてるんだよ。もう10年になるかな?ずっとドイツ校で講師をしていたんだけど、4月からL.A.校に異動なんだ”」
知らなかった。
私はリモート講師でリッキー・アンバーという偽名を使って講師をしていたが、自分のカリキュラムのみをこなしていたため、他の講師の名前の共有はされていなかった。
まさかアルも執事学校の講師をしていたなんて。
「“4月からよろしくね”」
「“こちらこそ”」
そして春になり、L.A.校の講師として働き始めた。
懐かしい気持ちになりながら、仕事をしていると色々なことを忘れられた。
「“そういえばアル…火傷の跡が無くなったのか?”」
「“あぁ、そうなんだよ。主様が皮膚移植をしてくれて”」
「“そうか”」
アルは幼い頃別荘で火事に遭い、火の中へ飛び込み母上を救った際に大火傷をしていた。
その影響で左目上部は爛れて変色している跡があった。
「“火傷の跡も勲章のようで素敵だったが、更に綺麗な顔になったな”」
「“―…ありがとうエリック”」
アルのアラブの主は美しいものや人が好きで、若い頃から死ぬまで1日中遊んでいるような活発な人だと言っていた。
きっとそんな主に感化されたのだろうか、執事学校時代の真面目で気弱なアルではなくなっていた。
人は人を変えてしまうものなのだな…
「“エリックってネックレス身に付けるんだね”」
「“…あぁ”」
「“執事学校時代は、誰からもらってもアクセサリーは身に付けなかったのに”」
雅様から頂いた色違いのペアネックレス。
せめてネックレスを持っていくことは許して欲しいと思い、これだけは日本に置いていけなかった。
こんなものを身につけているから忘れられないのかもしれないな。
忘れなくていい。
私の中の思い出でいい。
それだけで幸せなのだから。
雅様は若い。
だからきっと、私以上に相応しい人を見つけて幸せになって欲しい。
私と離れてそれに気付き、大切な人が出来ただろうか?
無事に成人式を迎えられただろうか。
離れていても雅様のことが忘れられない。
もう二度と会うことは無いのに―…
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