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囚愛Ⅲ《雅side》11

翌日、エリックが執事学校へ出掛けたあと、テリーと俺はフラワーショップへと向かった。 色んな花があって、花を見てエリックを思い出しながら、俺は店員に話しかけた。 「《すみません。恋が終わって、好きな人と別れることになって…そういう意味の花はありますか?》」 「《でしたら黒いチューリップかチョコレートコスモスですね》」 俺はチョコレートコスモスを選択し、購入した。 「《雅様、アルが今夜エリックと夕食に行く約束をしたそうです》」 「《そう、予定通りだね。ありがとう》」 仕事が終わって帰宅したエリックが、アルベルトと夕食に出かけると言っていた。 予定通り、エリックをうまく連れ出してくれるようだ。 アルが残業になり、エリックは20時頃に出ていった。 そろそろ俺たちも帰国の準備をしないとね。 エリックが帰宅した頃は、俺たちが寝てると思うだろう。 俺は自分がお世話になった部屋のテーブルに座り、メッセージカードを開いた。 そして日本語でメッセージを書いて、それをテリーに渡した。 「テリー、その日本語をドイツ語に翻訳して」 「…正気ですか?」 「うん」 「本当にエリックを諦めるんですか?やっと会えたのに?この3年、何度も探偵を雇ってまで探していたじゃないですか」 「会えただけで満足だから。エリックはさ、ずっと苦しんでたんだよ。俺がいたら忘れられない。必ず父さんのことを思い出す。だから忘れてほしい」 ペンを進めたいのに、テリーが指示した台詞を全く言ってくれない。 しつこいな。 もう決めたんだよ。 「雅様はエリックを忘れられるのですか?」 「さぁ。どうだろう。分かんない。いいから訳して」 「なら…」 「テリーだって言ってたでしょ。アルベルトとエリックならお似合いだって」 「言いましたが…」 誰にも分からない、この苦しみは。 俺の苦しみは誰にも。 今の俺に出来ることは、エリックを解放してあげることだけなのに。 「アルベルトならさ、エリックを必ず幸せにしてくれるよ。俺はエリックが幸せならそれでいいから」 「しかし…雅様…」 君のために覚えようとしたドイツ語。 でももう必要ない。 だからこの想いと供にドイツ語を書くのも最後にする。 「しつこいよ。いいから略して。―…今までありがとう」 「…Bisher danke」 「長い間君を苦しめてごめん」  「Es tut mir leid, dass du so lange leiden musstest.」 「俺の存在が君を苦しめてしまうから、もう二度と逢わないよ」 「Ich werde dich nicht mehr treffen, weil mein Dasein dich quält.」 「どうか俺を忘れてアルベルトと幸せに」 「Vergiss mich und sei glücklich mit Alberto」 「彼なら間違いなくエリックを大切にしてくれる」 「Er wird Eric auf jeden Fall lieben.」 「愛していたよエリック」 「Ich habe dich geliebt, Eric」 「ありがとう。さようなら」 「Danke. Auf Wiedersehen」 メッセージを書き終えて、エリックの名前が刻まれた指輪を外し、ネックレスと共にメッセージカードの上に置いた。 「なんて残酷な…」 それを見かねたテリーが、一目でそれに触れないようにメッセージカードを半分に折って閉じた。 「辛い方がいいんだよ」 俺はそう言ってチョコレートコスモスを1輪添えて、自分のスーツケースを手に取った。 「さぁ、空港へ向かおうか」 タクシーを呼び、空港に着いた頃には日付が変わっていた。 深夜2時便…あと2時間ぐらいでアメリカを去る。 テリーが搭乗手続きへと向かう。 「雅様!」 その時、忘れようとしている愛しい人の声が聞こえたような気がした。 いやまさか。 俺は好きすぎて幻聴でエリックの声を求めるぐらい脳内バグってるのか?と思って振り向くと、そこにエリックがいた。 「エリック…」 「帰国は明後日でしたよね?」 なんでここにいるの? アルベルトが連れ出してるはずなのに。 「ごめん急用で日本に帰らないといけなくて、飛行機の時間が今日の深夜になったんだ」 「そうでしたか…」 駐車場に車を停めたアルが後から来て、俺はアルを見てため息をついた。 最後に余計なことをしてくれたな。 そして俺はエリックへ視線を移動させて言った。 「エリック…俺、部屋に忘れ物をしてきたんだ…」 「それでは…国際便で送りましょうか?」 「―…ううん、たいしたものじゃないから捨てて。俺にはもう必要ないんだ。テーブルの上にある」 「かしこまりました」 搭乗手続きを済ませたテリーが近づいてきて、俺はテリーの傍へ移動しようと体を反転させて歩き出そうとした。 その瞬間、動けなくなった。 「雅様っ…」 エリックが俺を後ろから抱きしめていた。 そして耳元で問いかける。 「また会えますか?」 あぁ、エリック。 どうしてそんなことを言うの? もう会わないって決めたんだよ、俺は。 俺はエリックの腕を優しく掴んで振り返り、右手でエリックの頬に触れた。 親指でエリックの唇をなぞり、ゆっくりと往復させ、愛しいその唇の感触を指に記憶させた。 もう二度とこの唇に自分の唇が重なることはないのだと脳が理解するまでの10秒間。 自分の親指にさえ嫉妬していることが少しだけ笑えた。 手を下ろし、エリックの頬に軽くキスをし、彼を見て頷いた。 「またね」 また、なんてやってこないのに。 「ええ。また会いましょう」 俺の嘘に笑顔で「また会いましょう」なんて言われたらさ。 ―…泣きそうになるよ そんな姿を見られたくなくて、エリックの体をくるっと反転させて、アルの元まで背中を押した。 「《さぁエリックもアルベルトも明日仕事でしょ?もう遅いから帰って。搭乗時間までまだだからさ》」 「《そうだね。帰ろうかエリック。雅、またね》」 そしてアルはエリックを連れて空港をあとにした。 「行こう、テリー」 「雅様―…」 簡単な最後だったな。 俺たちにはお似合いな別れかも。 指輪が無くなって軽くなった左手を見ながらそう思った。 エリック、愛してる。 これからもずっと、愛してる。 弱い俺でごめん。 ずっと苦しめてごめん。 今までありがとう。 どうか、これからの君の人生が幸せで溢れますように―… 【to be continued】

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