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囚愛Ⅲ《テリーSS》

「テリー、お願いがあるの」 エリックがいなくなって2年が経った頃、ソフィア様が俺に指令を出した。 エリックが住んでいるアメリカの雅彦様の屋敷の近くで、ダンスの世界大会を開きたいとのことだった。 主催者として賞金を用意して、その大会に雅様が出場出来るように手配して欲しいと。 「かしこまりました」 色々なコネを使い、大会を開催させることが出来た。 但し出場者を選ぶことが出来ない。 雅様が予選で落ちるようならそれまでだとソフィア様は言っていたが、今まで以上にダンスに専念していたので無事に世界大会への出場が決まった。 「あら、この場所…雅彦のアメリカの屋敷から近いわね」 「父さんの?」 「ええ、雅彦が生まれて育った場所。今そこに住んでもらっている知人がいるの。1ヶ月だけホテル代わりにさせてもらうよう連絡しておいてテリー」 「かしこまりましたソフィア様」 エリックにはソフィア様と同行すると嘘をついて、二人を引き合わせた。 まさかアルベルトがアラブの富豪の執事契約を終了して、執事学校の講師として働いているとは思わなかったが。 雅様もエリックも、まだお互いを想っているじゃないか。 大量のキスマークを見て確信した。 アルベルト、お前の勝ち目は無いようだな。 そう思っていたのに―… 「テリー、帰国の時間をずらせるかな?」 まさか、雅様から離れようとしているなんて―… 雅様のせいでも、エリックのせいでも、ソフィア様のせいでもない。 俺があの時、雅彦様が命を狙われていることを知っていたのに助けられなかった。 なんで二人が苦しんで離れないといけないんだ。 俺を責めてくれ。 俺のせいだと罵ってくれ。 花が好きなエリックが、そのチョコレートコスモスを見たらどう思う? 「テリー、その日本語をドイツ語に翻訳して」 「…正気ですか?」 エリックの気持ちを考えると… 「今までありがとう」 「Bisher danke」 「長い間君を苦しめてごめん」  「Es tut mir leid, dass du so lange leiden musstest.」 「俺の存在が君を苦しめてしまうから、もう二度と逢わないよ」 「Ich werde dich nicht mehr treffen, weil mein Dasein dich quält.」 「どうか俺を忘れてアルベルトと幸せに」 「Vergiss mich und sei glücklich mit Alberto」 「彼なら間違いなくエリックを大切にしてくれる」 「Er wird Eric auf jeden Fall lieben.」 「愛していたよエリック」 「Ich habe dich geliebt, Eric」 「ありがとう。さようなら」 「Danke. Auf Wiedersehen」 ―…俺が泣きそうだ。 最初は20も年の違う、しかも主と執事が結ばれることなど絶対に無いと思っていた。 思っていたのに、何なんだよ。 何で離れるんだよお前達。 お互いがお互いを想うあまり離れる選択をするって。 3年も離れていたのに愛し合っていて。 でもまた離れるなんて。 この手紙を読む何も知らないエリックの気持ちを考えたら…残酷だ。 せめて一目で分からぬように、メッセージカードを二つに折り、その中に指輪とネックレスを隠した。 タクシーで空港に向い、到着したことをアルベルトに報告した。 搭乗手続きをすると言って雅様から離れ、振り返るとエリックがいた。 アルが連れて来たのだと一瞬で理解した。 「雅様っ…」 エリックが雅様を後ろから抱きしめる。 「また会えますか?」 雅様はエリックの腕を優しく掴んで振り返り、右手で彼の頬に触れた。 そのままエリックと共に、帰ってくれ。 思い直してくれ。 頼むから―… 雅様は手を下ろし、エリックの頬に軽くキスをし、彼を見て頷く。 「またね」 また、なんてやってこないのに。 「ええ。また会いましょう」 もう会わないと決めた雅様。 また会えると思っているエリック。 こっちが泣きそうになる。 「《さぁエリックもアルベルトも明日仕事でしょ?もう遅いから帰って。搭乗時間までまだだからさ》」 「《そうだね。帰ろうかエリック。雅、またね》」 そしてアルはエリックを連れて空港をあとにした。 「行こう、テリー」 「雅様―…」 いいのか俺は。 本当にこのまま帰国していいのか。 いいわけないだろ。 こんな理由で二人が離れるなんて、そんな悲しいことがあってたまるか。 「雅様…本当に宜しいのですか?」 「しつこいよ。いいよ。最後にエリックに会えた。俺といると、エリックは辛いだけだから」 「お互い好きなのに?」 「俺を忘れて、アルベルトと一緒になるほうがエリックにとってはいいんだ」 ああもう、もどかしい。 搭乗時間が迫る中、俺は大きく深呼吸をした。 「あー!もう!バカなのかお前らは!!」 深夜なのでほぼ人もいない、がらんとした空港のロビーに俺の日本語が響き渡る。 驚いて振り返る人もいる。 俺は構わず続けた。 「いいか!?三科雅彦が死んだのはエリックのせいでも雅様のせいでもない!ギャングのせいだ!そんなのに囚われて自分のせいにして、なに二人して被害者ぶってんだよ!!」 今まで俺がこんなに声を張り上げたことがないからか、雅様は驚いた表情で俺を見ている。 「それだったら、ソフィア様が生きていてよかった…三科雅彦が死んでもしかしたらソフィア様は俺を好きになってくれるかもしれないと思ってる俺は何なんだ!?最低なやつだろ!?」 本当に最低だよ。 俺は知っていたのに。 三科雅彦が狙われているのを。 でも俺は割りきっている。 あれは誰のせいでもない、コルビナと、ギャングのせいだと。 割りきらないとやってられないから。 「エリックがお前を忘れられると思ってるのかよ!離れることがエリックの幸せ?エリックの幸せは、お前が幸せになることだろ!お前はエリックがいなくても幸せなのかよ!」 「テリー…」 「アルと幸せに!?結局エリックが幸せを受け入れるなら、その相手はお前しかいないだろ!あーもう!二人が一緒にいればそれだけで解決なんだよ!」 静まり返る空港。 大きく目を見開いて驚いている雅様。 あー…言った。 言いすぎた。言いまくった。 しかし正論。後悔はしていない。 「すみません。二人がもどかしくて」 「テリー…」 「《もうテリーってば、そんなに大声張り上げたら警察呼ばれるよ?》」 雅様の肩を抱きしめながら俺に注意をしてきたやつがいた。 「《アル…》」  「《ねぇ雅、エリックは今ひとりで泣いていると思う。僕は彼を愛してるからほっとけない。その涙は僕じゃなくて君にしか止められないんだけど、協力してくれないかな?》」 「《なんなんだよ…二人して…俺は…俺は…》」 雅様の目からは涙が溢れていた。 「《俺は―…弱くて…こんな俺…》」 「《雅、エリックは君に守られたいなんて思っていないはずだよ。弱くてもいい》」 「《俺なんかがエリックを幸せに出来るのかな…》」 「《君が隣にいるだけでエリックは幸せだよ。さぁ行こう雅》」 アルベルトに肩を抱かれながら車へと向かう。 雅様と自分のスーツケースを持って俺もあとに続いた。 深夜2時。 全員無言で、街中のネオンを見ながら移動した。 ソフィア様から渡されていた、この家のスペアキーで玄関を開ける。 一歩踏み出すのを躊躇している雅様の背中をポンッと叩いてアルが言った。 「《さぁ、勇気を出して。愛する人の涙を止めて、君の涙も止めてもらうんだ》」 そしてその背中に追いた手をグッと押すと、雅様が歩き始めた。 俺はそれを無言で見つめながら、どうか二人が結ばれますようにと心から思った。 【to be continued】

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