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第6話 夏夜の邂逅⑥

「榊はもうない。正確には、榊俊一殿はもういない、と言うべきか」 「……は?」 「お前の主人はもう死んだ、と言っているのだ。体が軋むだろう? 一週間、お前は昏睡状態だった。お前の主の首が飛ぶ瞬間を、お前は見逃したのさ」 「な……っ! そんなこと、あるわけがない……!」  直澄が何を言っているのか理解できなかった。  三百年近く続いた泰平の世・|瀬越《せご》時代は幕を閉じ、年号が|森永《もりなが》と強引に改められたこの時代、たしかに三条藩をはじめとする改革派と旧幕府軍は睨み合っていたし、いつ大規模なぶつかり合いが起きてもおかしくないほど、ふたつの勢力の間の緊張は高まっていた。  けれど、こんなにもいきなり衝突が起き、しかも寝ている間に終わるなど、そんな馬鹿げた話を信じられるはずもない。 「冗談、ですよね?」  からからに乾いた口で、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。  直澄は答えなかった。代わりに、おもゆの入った土鍋を無造作に顎で指して、「食え」と再度繰り返す。 「お前が再戦を望むなら受け入れよう。ただし、個人としての話だがな。弱りきったお前を相手にしたところで、話にならない。まずは療養しろ」  頭の中が真っ白だった。傷が開いた痛みも相まって、冷や汗とともに視界が暗くなってくる。 「行動を制限はしない。部屋は好きに使え。身の振り方を考えるも、仕えた家のなりの果てを見に行くも、お前の自由にするといい」  幻乃、と囁く声には、奇妙な熱が感じられた。  一切合切、わけが分からなかった。夢であると思いたい。  くらりと体が傾いた。直澄の声が遠くなっていく。生死の境を抜け出たばかりの幻乃の体は、当然ながら、与えられた情報の奔流に耐えられるほどの強さを取り戻してはいなかったのだ。  考えることを放棄して、幻乃は意識を手放した。

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