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第8話 主と故郷②

 尋ねているというよりは、ほとんど確信しているような声音だった。目を(しばたた)かせながらも、幻乃は頷く。   「生まれは、そうですね。今は武士として、主人に仕えておりますが」 「やっぱりな。どおりで薬が効きにくいと思った。こういうのは子どものころに決まるもんだから」  幻乃の両親は忍だった――らしい。どういう事情があったのかは知らないが、両親は幻乃を連れて、ひとところにとどまることなく生きてきた。幻乃が十になるころには両親揃って命を落としてしまったため、詳しいことは聞けずじまいであるが、おそらくは抜け忍だったのだろうと推測している。  幼いころに両親に仕込まれた情報収集の技能や暗殺技術、丈夫な体質は、榊家に拾われてからも幻乃を助けてくれていた。 「痛み止めを強めに調合しておくよ。しばらくは眠りを深める薬も混ぜさせてもらう。動かれてまた傷が開いちゃたまらんし、寝なきゃ治るもんも治らんからね。儂が良いと言うまで絶対安静だ。いいね」 「はい」  言うが早いか、彦丸は粉薬を水に溶かし、幻乃の口に流し込んできた。咽せそうなほど苦い薬を涙目で飲み下しつつ、幻乃は薬箱を片付ける彦丸の背中に、「あの」と声をかける。 「直澄さんは、なんで俺をここに連れてきたんでしょう」 「儂が知るもんかい。本人に聞いとくれ。直澄さまは良い藩主だが、変わり者でね。何を考えとるのかよく分からん。……子どものころは、素直で分かりやすいお方だったんだがね。戦場で片目を失ってからは、すっかり変わっちまったなあ……」  懐かしむように呟いて、挨拶もそこそこに彦丸は部屋を出ていった。  飲ませられた薬のせいか、はたまた重い怪我のせいか、眠くてたまらない。まどろみに身を任せながら、幻乃は天井の木目をぼんやりと眺める。  藩主の寝室、と直澄は言っていた。つまり幻乃が寝かされているこの部屋は、直澄の部屋なのだろうが、当の部屋の主はいったいどこへ消えたのか。   (いや、隣で寝られても困るけど)  朝に聞かされた情報の真偽を確かめるにしても、体が治らないことには話にならない。直澄の言葉に従うのも癪だが、ひとまずは怪我の療養に専念せねば。  生かされたという事実を直視すると憤死しそうな気分にはなるが、生きている以上は命を有効に使うべきだろう。  気合いも新たに、幻乃は深い眠りに落ちていった。

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