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第14話 主と故郷⑧
幻乃の主人たる俊一は、新時代の到来があまりにも早く、武力によって為されることを憂いていた。幻乃に三条藩での任務を命じたあの日も、そうだった。
『三条の動向を探ってきてくれるかい、狐』
『三条、ですか? それはもちろん、構いませんが……、なぜ今なのかとお聞きしても?』
『三条は維新の立役者、新政府の番犬だ。逆らうものを斬って回る彼らが、どうにも最近きな臭い』
『というと、戦ですか? 予定はいつになるのでしょう。三条といえば、あのお若い藩主も出てくるでしょうか。あのお方と斬り合えるかと思うと、ぞくぞくしますね』
争いごとの気配にあからさまに声を弾ませる幻乃を、俊一は無駄と知っていながらたしなめる。
『お前は本当にそればかりだね。戦なんて、起こらないに越したことはないんだよ。あんなもの、対話の放棄でしかない』
『武士に斬り合うなと仰るのは酷なことです』
『……仕方のない子だ。ならばそのときはまた、お前に任せようか。斬りたいだけ斬ればいいさ。戦場は私が用意する』
『さすがは俊一さま。感謝いたします』
俊一は、出自も知れない幻乃をためらいなく臣下に据えた。同じ武士でも理解してくれない、幻乃の斬り合いへの異常なこだわりを、俊一だけは認めて好きにさせてくれた。
『これでもね、私はお前を戦狂いにしてしまったことを悔いているんだよ。今は良くても、きっとお前は平和な時代では生きていけない。そんな気がするんだ。誰彼構わず切り掛かるようになってしまったらどうしようね』
『人を殺人鬼みたいに仰らないでください』
『子飼いが悪さをしたらと心配するのは当然だろう? 自分がそう育てたとなれば、尚更だ』
『元から俺はこうでしたよ。俊一さまのせいではありません。それに、今が良ければ、それで良いではありませんか』
『お前には先が見えていないんだよ、可哀想な狐。私が生きている間は、お前に生きがいを与えてやれるけれど、この先はどうなっていくのだろうね。私が死んだ後、誰かお前を飼い慣らしてくれる人がいればいいのだけれど……』
『縁起でもないことを仰らないでください、俊一さま』
困ったように微笑む主人の顔を思い出す。思えば幻乃に最後の任務を命じたときから、俊一は己の運命を悟っていたのかもしれない。
生きている以上は皆いつかは死ぬ。この激動の時代ならなおのことだ。他人の生き死ににいちいち心を痛めていては生きていけない。そうは思っても、世話になった主人の死には、幻乃もほんのわずか、感傷的な気分を覚えずにはいられなかった。
「『首を落とした』と言っていましたっけ」
直澄の言葉を思い出し、ぽつりと呟いたそのとき、険しい声が背後から聞こえてきた。
「ここで何をしている」
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