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第13話 主と故郷⑦

 現実味を帯びてきた焦燥感を、ゆっくりと飲み下す。  気分を切り替えるように首を振り、幻乃は軽く女将に頭を下げた。 「そうですか、そんなことがあったとは……。お話を聞かせてくださって、ありがとうございます」 「いいえ、とんでもない」  ぎこちない笑みを返した後で、女将はひとりごとのような呟きをこぼした。 「……きちんとしたお方ですね。こんなことを言ったらいけないけれど、俊一さまがご当主さまだったころが懐かしいですよ。皆、あんたみたいに気のいいお侍さんばかりだった。やれ戦だ、やれ大義だ、って皆おかしくなったみたいに戦いばかりするけどさ……、あたしには何がそんなに欲しいのか、さっぱり分かりません。知り合いは知らない間に死んでしまうし、街は壊れてしまうし……。新時代でもなんでもいいから、早く平和な毎日が戻ってきてほしいものですよ」 「平和な毎日、ですか。……そうですね」  同意の言葉は、幻乃が意図したよりも薄っぺらく響いた。  争いと混乱に満ちた日々は、幻乃にとってはなくてはならない望ましいものだ。仕える主人がいなくなってしまったとなれば身の振り方には悩むけれど、戦場自体がなくなってほしいとは思わない。犠牲者を思って涙ぐむ女将の気持ちは、幻乃の理解の外にあった。   「お侍さん、新しいご当主さまをお探しなら、お屋敷の方に行ってみるといいですよ。よく集まっているのを見かけますから」  女将の助言に礼を告げて、幻乃は壊れかけた茶屋を後にする。その後も何人かに話を聞きながら、幻乃は榊家の屋敷へと足を伸ばした。――正確には、屋敷であった場所へと。    重苦しい空気に満ちた下町を通り抜けた先には、焼け落ち、変わり果てた姿になった城の跡だけが残されていた。 「これは……」  眉をひそめて、幻乃は立ち尽くす。  目の前に広がっているのは、炭と瓦の成れの果て。元は、三条藩の屋敷ほど立派ではなくとも、あたたかみを感じさせる屋敷があったはずの場所だ。    海鳥の声が、いやに大きく耳に響く。  直澄に聞かされた言葉で、覚悟はできていたはずだった。三条と榊が争ったことも、それがたったの三日で決着してしまったことも、藩主の屋敷が原型をとどめていないことも、道中で話を聞いて知っていた。  それでも、実際に自分の目で見ると、衝撃が大きかった。  狐、とからかうように幻乃を呼ぶ主人の声を思い出す。高い位置でまとめた茶髪と糸目を茶化して、主は幻乃を『狐』と呼んだ。  俊一に拾われ、はじめて屋敷に足を踏み入れた日の感動。  柔和な顔で、えげつない命令を振られた瞬間の焦り。  ここで暮らした十五年間の思い出が、ぽつぽつと思い浮かんでは消えていく。

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