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第12話 主と故郷⑥
慣れ親しんだ浜風を吸い込むと、わずかな郷愁に襲われる。けれど、感傷に浸る余裕もない。
街に足を踏み入れるや否や、幻乃は強烈な違和感を覚えた。
人が少ない。漂う雰囲気がおかしい。壊れて燃えた建物が、いくつもある。人々の間にも活気がなく、誰も彼もが下を向いて、話すことを避けるように早足で歩いていた。
「もし、そこの方」
半壊した建物の前で掃き掃除をしている茶屋の女将に、幻乃はそっと声を掛ける。気だるげに顔を上げた彼女の顔には、濃い隈が刻まれていた。
「お忙しいところ、申し訳ない。しばらくこの街を離れていたもので、状況がよく掴めませんで……。差し支えなければ、ここ最近何があったか、目ぼしいところを教えていただけませんか」
なけなしの小銭を握らせながら尋ねれば、女将はさっと幻乃の腰元に視線を走らせながら、「お侍さんですか」と警戒するように呟いた。
「はい。榊俊一さまの命で、しばらく外に出ておりました。帰ってきてみれば、ずいぶんと街が荒れているので、驚いてしまって」
「そうですか。前のご当主さまの、お侍さんなのね」
俊一の名を出すと、あからさまに女将はほっとして、体の強張りをといたようだった。
「前の、とは?」
引っかかった言葉を拾って問い掛けると、言いにくそうに女将は話し出す。
「ひと月近く前になりますかね、よその藩がいきなり攻めてきたんですよ。うちのお侍さんたちが三条の町に火をつけたから、その報復だって言ってね……。だいぶ直ってきたとはいえ、ご覧の通り、被害を受けた建物も、巻き込まれた人も多くて、酷いものですよ。何が何だか分からないうちに終わったのはいいんですけど、その戦いの最中に、前のご当主さまが亡くなったと聞きました」
亡くなったという言葉に、ぴくりと幻乃は肩を揺らす。しかし、女将は気付かず話し続けた。
「そこからがまた、ひどくてねえ……」
茶屋の女将曰く、俊一亡き後、俊一の息子が跡を継ぐか、俊一の弟・俊次 が当主となるかで揉めたらしい。結果としては、俊一の息子の年若さが不安視され、俊次が当主の座を継ぐこととなったようだが、その俊次の家臣が問題なのだという。
「荒くれ者の集まりですよ、あんなもの。まともなお侍さんたちは皆、戦いで死んでしまったんでしょうね。揉め事は起こすし、ツケばかり溜まっていくしで、今じゃお侍さんを見ると体がすくむようになってしまって……散々ですよ」
疲れ切った声音で吐き捨てて、女将はうんざりとしたように眉を顰めた。
ある程度は三条の下町でも話を聞いていたものの、幻乃が仕えていた家そのものも、随分とひどいことになっているらしい。たった一月の間にこうも状況が変わっているのは、幻乃としても予想外だった。
(それじゃあやっぱり、俊一さまは、本当に――)
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