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第26話 秋月と戯れ①

 寝床と飯を三条家の世話になりながら療養する日々は、気付けば早二ヶ月を過ぎていた。  季節は鮮やかな紅葉(こうよう)と満月が眩しい、中秋を迎えていた。昼に山を見やれば、赤、黄、茶と色とりどりの葉が目を楽しませ、夜に空を見上げれば、一際明るさを増した月が、美しくきらめいている。    幻乃はといえば、ひたすらに土地と人々を知ることに専念していた。彦丸の手伝いがてら屋敷を散策することもあれば、町に降りて人助けをして回ることもある。職業病とでもいうべきか、常に最新の情報を集めておかないことには、どうにも枕を高くして寝ることができないのだ。    幻乃が三条の地で暮らして二ヶ月――言いかえれば、幻乃と直澄が同じ部屋で、奇妙な共同生活を過ごして、それだけの時がすでに過ぎていた。腹の傷の赤みもおさまり、刀を振るたびに感じていた、引きつるような痛みもなくなって久しい。  そんな幻乃の目下の悩みは、並んだふたつの布団にある。   (直澄さんは、いつまで隣で寝る気なんだろう)    見慣れた上品な和室の中央には、距離を置いて敷かれた布団がきっちり二組。  自分の寝室だというのに、布団すら敷かず、壁に寄りかかって寝ていたいつかの直澄を思えば、横になって眠るようになっただけ、まだいいのだろうか。  一瞬そんなことを思いかけて、いやそもそも部屋が同じなのがおかしいのだと思い直す。  横になっていようとも、直澄は幻乃が身動きすれば即座に目を覚ます程度の浅い睡眠しか取っていない。幻乃とて人のことは言えないけれど、他人の気配のある場所では眠れないというのなら、それこそ幻乃を他所(よそ)に移せばいいのにと思う。監視のためだとしても、どうせ昼には幻乃を放置しているのだから、直澄自ら幻乃と寝食を共にする意味はまったくもってないはずだ。   (まあ、この部屋にそもそもいないことも多いけど……)  何をしに行っているのか、直澄は時折ふらりと姿を消しては、日が昇ってから何食わぬ顔をして帰ってくることがある。  そういうときの直澄は、決まってどれだけ洗っても落としきれない血の匂いと、甘ったるい香油の匂いを身に纏わせていた。 (人を斬っているんだろうな)  なぜ藩主自ら人斬りに出かける必要があるのかは知らないが、誰かと殺し合いをしてきた後、収まらない興奮を処理するために、馴染みの陰茶屋にでも行っているのだろう。それこそ幻乃を他所へ移して、自分の部屋で色小姓に相手をさせれば済むことだと思うのだが、幻乃には直澄の思考がさっぱり理解できなかった。 「直澄さんは難しいですよね」  机に向かい、何やら書き物に精を出している直澄を眺めながら、ぼそりと幻乃は呟いた。寝巻きがわりの着流しに身を包んだ直澄は、筆を丁寧に置くと、ちらりと幻乃に視線を寄越す。

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