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第25話 似た者どうし⑩
行灯の頼りない光が、湯に濡れた直澄の体を淡く照らし出す。濡れ髪をまとめて肩に流す仕草といい、肩を回すたびに見え隠れする筋肉の線といい、直澄の後ろ姿には、しなやかな獣のような、えも言われぬ艶があった。
「――幻乃」
「……っ! はい、なんでしょうか」
頬を叩かれた気分だった。声を掛けられてはじめて、自分が直澄に見惚れていたのだと知る。慌てて取り繕いながら返事をすれば、振り返らぬまま直澄は言葉を紡いだ。
「時折、疑わしくなる。お前が俺に切り掛かかってきたのは一度だけ。それ以外は借りてきた猫のように行儀よくして、牙を見せない。お前は、俺に殺されかけたことを忘れたのではあるまいな」
「まさか。忘れようにも忘れられませんよ」
「ならばなぜそうもへらへらとしていられる? 理解できない」
「それはまあ、職業柄といいますか」
にこにこと微笑みながら、幻乃は雑に束ね上げていた髪に手を伸ばす。仕込んでいた長針を、前動作なしに抜き取り、幻乃は直澄の首筋目掛けて瞬時に投擲した。
振り返りもせずに、直澄は首をわずかに傾ける。ひのき造りの壁に刺さって揺れる長針を見て、直澄は黙って幻乃を睨みつけた。
肩をすくめて、幻乃は笑う。
「――とまあ、こんな具合に。こちらが友好的な態度を取れば取るほど、油断してくれる方が多いもので、都合がいいんです。でもさすが、直澄さんには通用しませんね」
「小姓の真似事も、そのためか」
「いえ、それは別に。直澄さんの反応が面白かったので、つい」
でも、忘れたわけではないですよ、と腹の傷跡を指でなぞりながら付け足せば、いよいよ疲れ果てたとばかりに直澄は眉間に深い皺を刻みこんだ。
「本当に、理解できない」
「分からない方が好奇心がそそられるでしょう。人生には刺激と面白みがなくては」
「求めていない」
「残念です」
深々とため息をついた直澄は、そう浸かってもいないだろうに、さっさと湯を上ると扉をくぐっていってしまった。
「忘れてなんて、いませんよ」
くすくすと笑いながら、幻乃はひとり呟いた。
いつか絶対に殺してやる。そのために今は、傷を治し、力を蓄えなくては。
「ああ、でもさすが、お強い方だ……」
ほう、とため息がこぼれ落ちた。恋しい人を想うような眼差しで、幻乃はうっとりと、直澄が出て行ったばかりの扉を見つめる。
くしゅん、と控えめにくしゃみをする音が、外から聞こえてきた。直澄の図体に似合わぬかわいらしいくしゃみに、吹き出すように幻乃は笑い出す。
傷ひとつない背中は強さの証。あの美しい背に傷を刻んでやった日には、さぞかし気分がいいことだろう。
機嫌良く鼻歌を歌いながら、幻乃もまた、直澄を追うように扉をくぐり抜けた。
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