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第24話 似た者どうし⑨

 そんなに聞かれたくないことなのかと思うと、余計に好奇心をそそられた。けれど幻乃が踏み込むより前に、それ以上の問いを拒むように直澄が口を開く。 「お前はどんな神経をしているのか、理解に苦しむ」  憮然と吐き捨てられたものの、幻乃には本気で心当たりがなかった。幻乃の困惑に気付いたのか、直澄は嫌そうに言葉を足す。 「ぺちゃくちゃと喋り続けて、気負いのひとつも感じやしない」 「おや、気負いが必要でしたか? 今さらかと思いましたが」  何しろ直澄とは命を賭けて斬り合った仲であるし、あの夜に直澄と遭遇したことで、幻乃はある意味、彼の秘密を共有している。加えてこのひと月もの間、動けなかったとはいえ幻乃は我が物顔で直澄の寝床を占領してきたのだ。言葉だけは一応の敬意を表すようにしているが、遠慮も緊張も、今さらあろうはずもない。   「お望みでしたら、節度を持った振る舞いを心掛けますが」 「いらん」  ぎろりと睨みつけられる。こんなにも良い湯殿だというのに、直澄は何をそんなにかっかとしているのだろう。宥めるように擦り加減を強めてみたが、直澄は幻乃を手で押しのけるだけだった。   「……手淫を見られた直後に、よくもそう平然としていられるものだ」 「だって、溜まれば誰だってするでしょう。見た側はまた別でしょうが、別に俺は見られたところで困るわけでもないですし。直澄さんも湯殿にいらっしゃると知っていたら、控えましたがね。竹刀とはいえ、久しぶりに刀を振るえたものだから、すっかり昂ってしまいました」  いやはやお恥ずかしい、と思ってもないことを呟けば、不機嫌を表すように直澄の眉間の皺が深まった。仏頂面かと思いきや、意外にも直澄は表情豊かで面白い。 「直澄さんは興奮しないんですか。あれだけ激しくしたのに」 「妙な言い方をするな」  打てば響くように反応してくるところなんて、からかいがいがあるにもほどがある。 「抜かなければ収まらないほど昂るのは、血を浴びたときだけだ」  その上、嫌そうな顔をしながらも律儀に答えるものだから、もはや幻乃は笑いを堪えるので必死だった。 「ふ、ふふ……っ、な……、なるほど。ええ、分かりますよ。斬り合いはまた格別に、刺激的ですからね。小姓をおつけにならないのは、そのせいですか? 返り血で濡れた姿を見せたくないから?」 「違う。いちいち動きを制限されるのが煩わしいから、つけないだけだ」 「色小姓はおつけになるのに?」 「……つけなくて済むならつけていない。その分の手当ては渡しているし、向こうから望んできた者だけだ。人を斬ると、肌を合わせなければ収まらない。女では、相手が先にへばってしまう」 「それはそれは……」  面白くもなさそうに語る直澄の声は、心底辟易しているとばかりに沈んでいた。なるほどあのおしゃべりな下男の勘繰りも、丸ごとただの下世話な想像というわけでもないらしい。幻乃のからかいにも律儀に答える性格からして、直澄が閨の相手に好んで無体を強いるとも思えない。単純に、並の者では相手が務まらないほどに精力が強いのだろう。  人は見た目によらないと言うべきか。直澄の美貌は精悍というよりは、刀のような鋭い美しさに近いから、劣情に悩まされる直澄というものはどうにも想像しにくかった。  疲れたように目を伏せた直澄は、「その傷」と幻乃の腹を指差しながらぽつりと呟く。 「ああ、おかげさまで、もう塞がってはいますよ。治りきってはいないので、まだ痛みますけどね」 「そんなことは聞いていない」  ばさりと直澄は言い捨てた。会話というものをする気はないのだろうか。  背に湯を掛けようとした幻乃を制して、直澄はさっさと湯に向かっていく。湯に体を沈める水音が、静かに響いた。

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