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第23話 似た者どうし⑧

 ためらうように数秒の間を置いて、直澄が洗い場に姿を現した。現れた直澄を見て、幻乃は軽く目を見開く。 「おや、そういう装いは、初めてですね」 「……風呂場で装いも何もあるか」    直澄が総髪を解いているところは初めて見た。  体は男のものでしかないのに、濡れ羽色の長髪と、整った顔立ちだけを見ていると、性別が分からなくなりそうな妙な色気があった。女にも男にも人気があるというのも頷ける。  ちらりと幻乃に視線を向けた直澄は、そのまま人三人分ほど置けそうな距離を開けて腰を下ろすと、頭から勢いよく湯を被った。  さも何事もありませんでしたとばかりの直澄の無表情に吹き出しそうになりながら、幻乃は意地悪く口角をつり上げる。気遣ってもらったところ申し訳ないが、そういう顔をされればされるほど、幻乃は人をからかいたくなる性分なのだ。 「直澄さんも好き者ですね。男の手淫なんて、覗いたところで面白いものでもないでしょうに」 「別に、覗きたくて覗いたわけではない」  間髪入れずに返ってきた返事は、直澄らしくもなく憮然とした響きを帯びていた。気付いた瞬間に立ち去ることもできたのに、息を殺して聞いていた時点で、その言葉は嘘になる。けれど幻乃はあえて指摘することはしなかった。元はと言えば自分のものでもない湯殿で事に及んだ幻乃が悪い。 「それは失礼しました」と笑い混じりに呟きながら、幻乃は直澄の後ろでそっと膝をついた。  裸でも警戒を解かない直澄の姿勢に惚れ惚れする。鍛え上げられた背をじっくりと眺めながら、幻乃は垢すりを手に取った。 「お背中をお流ししましょうか」 「何の真似だ」 「何の、と申されましても」  藩主ともあろうものが小姓ひとりも付けずに風呂場に来たものだから、現状ただ飯食らいの幻乃としては、一応の気を遣っただけだ。そんな旨を答えながらも、湯殿に入る前、下男に色小姓と勘違いされたことを思い出して、なんとも言えない気分になった。  複雑な気持ちは飲み込んで、一宿一飯の恩義にとごり押せば、直澄はあえて幻乃の申し出を固辞することはしなかった。   「傷が多いんですね」 「他人のことが言えるのか」 「俺はまあ、荒事が本業なので。直澄さんとは違います」  直澄の背にこそ傷はないものの、腹や腕、腿には無数の傷がついていた。幻乃の体とそう変わらないというのは、地位を考えるとおかしなことのようにも思える。 「しかも最近のものばかりでもなさそうですし……。直澄さんは、謎めいたお方ですね」    背を洗いながらそう呟けば、直澄はなぜか困惑したような目を幻乃に向けてくる。そういう顔をされるとますます構いたくなってきた。 「目の傷が、一番深い古傷でしょうか?」    額から顎まで走る、直澄の左目を潰した深い傷を見ながら、幻乃は首を傾げた。  がたがたと引きつった古い傷跡は、刀で斬られたというよりは、切れ味の悪い何かで押し切られた跡のように見える。投擲用のクナイで人を斬れば、こんな切り口になるかもしれない。生い立ちゆえ幻乃も時折クナイを使うことはあるが、そうでもなければ、クナイを使うのなど忍くらいだ。誰かに暗殺でもされかけたのだろうか。 「いつ受けた傷です?」 「……十年前」 「と言いますと、直澄さんは元服したてですよね? どこの誰に受けたものなんですか?」 「『誰に』だと……?」    直澄は、どこか恨みがましい目で幻乃を睨みつけてきた。聞いてはまずいことだったのか、と幻乃は取り繕うように早口でまくしたてる。 「いえ、ただの好奇心です。いくら幼いころとはいえ、直澄さんともあろうお方がそんな深手を負うなんて、相手は相当な手練れだったのだろうなと思いまして。失明するほどの傷を負わされて、よくお命は無事でしたね」 「…………。『生かされた』んだ。本気で言っているなら、大した煽りだな」 「え? どういう意味ですか?」

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