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第22話 似た者どうし⑦※

 振り下ろされる竹刀の、惚れ惚れするような軌跡。目にも止まらぬ刺突の鋭さ。いくら打ち込んでもぐらつかない、大木を相手取っているかのような安定感。  己の小柄な体格を疎んでいるわけでは決してないけれど、それはそれ。直澄の鍛え上げられた肉体と技には、同じ剣士として羨望と憧憬を抱かずにはいられない。  こちらを射殺さんばかりの鋭い視線を思い出した瞬間、幻乃の脳裏に浮かぶ景色は、あの夜の路地裏での斬り合いに変わっていた。 「は……っ」  くちゅり、と粘り気を帯びた水音が響く。浅く上がり始めた息を殺すように、幻乃は額を己の腕に強く押し付け、唇をぺろりと舐めた。  一手間違えば死ぬからこその緊張感は、幻乃の知るどんな娯楽よりも刺激的だ。麻薬に手を出したことはないけれど、脳を馬鹿にするようなあの興奮と依存性は、禁じられた薬物よりもよほど効くのではないかとすら思う。  ――ああ、斬りたい。  直澄を斬ったら、どんな顔をするのだろう。信じられないものでも見るかのように、間抜けに呆けた顔をするのだろうか。それとも、最後の最後まで斬り合いを楽しんで、獰猛な笑顔を浮かべるのだろうか。  見てみたい。直澄のお高くとまった表情を、乱して引きずり落として踏みにじってやりたかった。  自分を斬った男を想って己を慰めるだなんて、自分でも気が触れているのではないかと思ったけれど、それが最も興奮するのだから仕方がない。湯けむりから身を隠すように背を丸めながら、幻乃は己の手で生み出す快楽に、しばし耽った。    不意に、かたりと扉の外で音が響いた。幻乃はぴくりと肩を揺らして、顔を上げる。  誰の姿も見えない。けれど、湯殿の外に、たしかに気配を感じる。聞こえてきた音は、動揺から立てられた音か、はたまた幻乃に存在を知らせるためにわざと鳴らした音なのか。 (……どっちでもいいか。見られたのなら、今さらだ)    疲労と興奮で馬鹿になった頭で、ぼんやりと考える。  壁の裏で息をひそめている『誰か』に見せつけるように、幻乃は腹の傷跡に爪を立てた。引きつるような痛みでさえ、興奮しきった今の体には、快楽としか感じられない。  わずかに開いた扉の隙間から、強い視線を感じた。こちらの一挙一動までもを見透かすような、幻乃を捕らえて離さない、あの鋭い眼差しだ。  視線が絡み合った瞬間、目の前が真っ白に染まる。 「……っ」    引きつる息を飲み込んで、きつく目を瞑る。  手のひらで精を受け止めて、幻乃は俯いたまま息を整えた。  熱に浮かされた頭が、わずかばかりの冷静さを取り戻したころ、幻乃はさっと痕跡を片付けて、口を開く。 「……どうぞ。湯浴みにいらっしゃったんでしょう、直澄さん」

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