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第21話 似た者どうし⑥

 汗と泥とを洗い流して身を清めると、疲労も悩みも、何もかもが雪がれていくような心地がする。  温泉らしくとろみのある湯は、隅に置かれた行灯に照らしてみると、わずかに白く濁って見えた。肩まで浸かると、ぴりぴりと沁み入るような独特の刺激が感じられて、なんとも言えず心地良い。 「……痛」    体を伸ばした拍子に、腹の傷がズキリと痛んだ。視線を落とせば、赤く盛り上がった大きな刀傷が目に入る。  傷跡は、幻乃の肩から太腿までを一直線に結ぶように、深く刻み込まれていた。ぷくりと膨らんだその跡をそっと撫でると、痛みとも痒みともつかない奇妙な感覚が広がっていく。   (あの一撃は、見事だったな)    幻乃が磨いてきた技を真っ向からねじ伏せる、直澄の力強い剣筋。思い出しながら傷跡をたどるだけで、あの夜の興奮と、負けた悔しさに勝る感動を思い出す。  今日だって、切れもしない竹刀だというのに、直澄に剣先を向けられるだけで、首の後ろの毛が逆立つような感覚に襲われた。あの鋭い眼光を向けられると、戦意をかき立てられてたまらなくなる。  直澄の傲慢な態度をねじ伏せることができたら、どれほど気分が良いことだろう。袈裟斬りにしてやったとしたら、どんな顔をして苦しむのだろうか。  知らず、息が荒くなっていた。ぞくりと全身が粟立つ感覚に、まずいと思ったときにはもう遅い。  精神の興奮は、そのまま耐えがたい肉体の興奮へと置き換わっていた。 (気が緩みすぎた)    幻乃は顔を覆って天を仰ぐ。  気を逸らそうにも、一度思考がそちらに向いてしまうと、止めようがない。そういえばここひと月というもの、傷の療養に榊藩の情報集めにと忙しくて、欲の処理どころではなかった。  のろのろと湯から上がって、幻乃は洗い場に座り込む。人を斬ってこうなることは珍しくもないけれど、たかだか手合わせで昂ってしまうとは思わなかった。我がことながらうんざりする。  足の間に手を伸ばし、硬く屹立したそれを握り込む。ゆっくりと手を動かすと、久方ぶりに感じる感覚に息が詰まった。立てた膝に片腕をだらりとついて、幻乃は顔を隠すように俯く。別に誰が見ているわけでもないけれど、晒して嬉しい顔ではない。  衆道にこそ手を出したことはないけれど、幻乃とて性欲は人並みにあるし、馴染みの女たちと駆け引きじみた遊びを楽しみもしてきた。けれど、異性の柔らかな肌よりも、(ねや)で聞くみだらな声よりも、何より幻乃を昂らせてくれるのは、命をかけた争いだ。  目を閉じ、瞼の裏に思い浮かべるのは、つい先ほどの直澄との立ち合いだった。

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