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第20話 似た者どうし⑤
すっかりと日の落ちた森の中、鈴虫の鳴き声が静かに響く。
離れにあるひのき造りの湯殿は、藩主とその家族のために、何代か前の当主が建設したものらしい。奉公人たちは下町の銭湯や本邸の大風呂を使うので、内風呂を使う者はほとんどいないのだとか。幻乃を案内しながら、おしゃべりな下男はそう教えてくれた。
「とは言っても、直澄さまには奥方もお子様もいらっしゃらねえし、残るご家族と言ったら年の離れた弟君くらいだが、あの方はお体が弱くていらっしゃる。直澄さま以外にここを使うのなんて、あんたみたいな色小姓くらいじゃねえかな」
「……い、色小姓?」
さすがに笑顔が引きつった。童顔の自覚はあれど、幻乃は小姓と呼ばれるほど若くはない。まして衆道の相手を務める色小姓と勘違いされるとは、人生で初めての経験だ。
幻乃の素っ頓狂な声を聞いて、下男はぱちくりと目を瞬かせる。
「違うのかい。あんたが怪我をして寝込んでいた間、直澄さまはそれはそれは甲斐甲斐しく通ってたって聞いたよ。その格好だし、てっきりお相手を務めたあとなのかと思ったが」
だってそれ、直澄さまのお着物だろう。
腫れ物を見るような目と気遣わしげな声音を向けられて、幻乃は意識を飛ばしたくなった。直澄の服を勝手に拝借していったツケが、こんなところで来るとは予想もしていなかった。
「……あのお方は、これまでそんなに何人もの色小姓をつけてこられたので?」
尋ねれば、困ったような顔で下男は頬をかいた。
「なんだ、悋気 かい? 余計なことを言っちまったかな。怒らないどくれよ」
「断じて違います、好奇心です」
「そうかい。まあ、なんでもいいさね。ええと、色小姓の話だったな。何しろ直澄さまはあの美丈夫だろ? おまけに俺たちみたいな下男にも優しい人格者ときた。つまるところ、完璧な藩主さまなわけよ」
夢見るように瞳をきらきらと輝かせて、下男は語る。直澄に人格者の面など本当にあるのだろうか。疑わしくは思ったが、空気の読める幻乃は口を挟まないでおいた。
「女にはもちろん、男にも好かれる。若ぇやつらは特にそうじゃねえかなあ。俺だって、直澄さまに声を掛けられたら舞い上がっちまうもん。小姓も色小姓も、なりたがるやつは多いよ。一時期は、よく寝室に出入りするやつらを見かけたっけなあ……」
下男は思い出すように目線を上にやった後、「あー……」となぜだか困ったような顔をして幻乃を見つめてきた。
「何ですか?」
「いや、色小姓って言ったら、普通は美少年だと思うだろう? ところがどっこい、あんたくらいの小柄でパッとしない男が多かったんだよな……。直澄さまの好みは分からねえなあと思った覚えがある。どいつもこいつも一回限りで、長続きはしなかったから、よっぽどご無体を強いるのかと噂になってた時があったなあ。あ、これ、言わないでくれよ!」
言うだけ言って、口から生まれてきたようなその下男は幻乃を湯殿に届けると、そそくさとその場を離れていく。残された幻乃といえば、笑顔の裏で頬を引きつらせることしかできなかった。
(色小姓を取っ替え引っ替えか……。そう好色そうにも見えなかったが、人は見かけによらないな)
首を振って、幻乃は湯殿へと足を踏み入れた。
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