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第19話 似た者どうし④

「いつまで? 何の話だ」  直澄が不機嫌そうに眉根を寄せる。手合わせが終わった直後は上機嫌に見えたのに、何がそんなにも琴線に触れたのだろうか。幻乃より二つほど年若かった記憶はあるが、こうも感情が表情に現れるのは、藩主として大丈夫なのかと他人事ながら心配になった。  にこりと微笑み、幻乃は猫撫で声で口を開く。 「『療養しろ。行動を制限はしない。部屋は好きに使え』――俺が目を覚ましてすぐに、直澄さんが仰ったお言葉です」 「ああ……」 「お恥ずかしいことですが、金も仕事も住む場所も、すべて失くしてしまったようでして。腕っぷしだけが自慢だったのですが、それも腹をかっ捌かれた挙句、武士の情けもかけていただけなかった現状では、どうにもこうにもままならず……、いやはやまったく情けない。直澄さんの掛けてくださったご温情には痛み入るばかりでございます」  笑顔の裏にささやかな毒を込めつつ、努めて明るく幻乃は話す。 「もちろんこの幻乃、いただいたご恩はお返しすると決めております。人と話すのは好きですし、花街の姐さま方ともお付き合いがありますよ。三条の地では、まだまだ知り合いは少ないですが、ひと月もいただければ友人も増えましょう。見ての通り体格には恵まれなかったもので、地下でも屋根裏でも、潜り込むのはお手のものです。何分お屋敷というものは広いですから、何人清掃人がいても、損はありますまい」  幻乃はぺらぺらと調子よく舌を回す。飾った言葉を削ぎ落とせば、要は『情報が欲しいなら集めてくるし、忍の真似事だってできる。だからここに住まわせろ』と、幻乃は直澄に己を売り込んでいるのだ。 「お望みならば、邪魔な鼠の首を落とすのも得意です。……ああ、もっともそれは直澄さんの方がかもしれませんね」  あの日、幻乃がすべてを失うきっかけとなった雷雨の夜、直澄と邂逅したときのことを思い出しながら、声を落とす。  藩主がいるはずのない、小汚い路地裏にいた直澄。あたりに散らばる、きれいに首を斬られた複数の死体。殺意と興奮で底光りする直澄の隻眼と、この身で受けた一閃の素晴らしさ。  思い出すだけで、口角が自然と上がっていく。 「ご安心ください。口は固い方だと自負しております。あの日あなたがどこで何をしていたのか、誰にも言うつもりはありません。……だから、俺をここにいさせてはくださいませんか」  俺を生かした責任を取ってください。  愛を囁くように、幻乃はひそやかに言葉を紡ぐ。物言いたげに眉を寄せた直澄は、けれど言葉を飲み込むように視線を落とすと、「好きにしろ」と一言呟いた。 「言ったとおりだ。お前の行動を制限しはしない」 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」  言質は取った。「それでは、失礼いたします」と軽やかに告げて、幻乃はにこにこ微笑みながら踵を返す。  去りゆくその背を、暗い熱を宿した瞳で直澄が見つめていたことには、気づかなかった。

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