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第18話 似た者どうし③
その言葉が指すものが、たった今終えたばかりの手合わせではないことは明白だった。
「……だから生かしたとは言いませんよね」
「否。だが、これが真剣だったなら、と思わずにはいられない」
「藩主の言葉とは思えませんね。戦闘狂呼ばわりされませんか?」
「俺が求めているのは戦闘ではない。斬り合い、命を取り合う一瞬だ。強者と高め合う瞬間。弱者が死に物狂いで抗い燃やした命を喰らう、あの瞬間。別に、誰に理解してほしいとも思っていない」
理性を宿した正気の目で、紡がれる言葉は狂気に満ちていた。直澄の言葉を聞いて、幻乃は笑い出したくなった。
直澄と斬り合いたいと、どうしてあんなにも焦がれてきたのか。
直澄が幻乃を生かしたことが、なぜこんなにも許しがたいのか。
――きっと自分たちは、似た者同士だからだ。
幻乃も直澄も、立場は違えど刀を愛し、命の取り合いに魅了されている。
「分かりますよ。よく、分かりますとも」
「――榊俊一の最期を知りたいか?」
会話になっていない会話に、幻乃は軽く眉をひそめる。せっかく良い気晴らしができたというのに、榊藩での出来事を思い出して胸が悪くなってきた。
直澄は、返事を待つように幻乃をじっと見つめる。このままずっと、答えるまで待ち続ける気なのだろうか。そう思ったら、返事をもったいぶるのも馬鹿馬鹿しくなった。
「……いいえ、別に。たしかにもう生きてはいないと確かめました。それで十分ですよ」
「なぜ。仕えて長い主だったのではないのか」
「そうですね。俊一さまには、長くお世話になりました。高潔なお志も、尊敬しておりましたよ。ですが、死ねば皆、残るのは骨だけです。刻んだ結果だけが、その者を語るよすがとなるべきだ。死に際に興味はありません」
俊一は幻乃に戦場を与えてくれた。幻乃はその対価として俊一に仕えた。忠誠というよりは、相互利益の上に成り立つ雇用関係に近かった。墓参りくらいはしたかったけれど、それも幻乃の感傷でしかない。
言い切った幻乃を見て、直澄は理解できないとばかりに眉間に皺を寄せた。
「興味がない、だと……? お前は、榊の下町を見てきたのではないのか」
「ええ。この目で確認しましたよ。直澄さんの言ったとおり、俺の知る榊藩はなくなっていました。時代の移り変わりというものは、とかく無常で寂しいものですね」
「それだけか」
「はい。まあ、俺は元々流れ者ですから。ひとところで生まれ育った方ほど、土地への思い入れは強くないのでしょう。俊一さまにしたって、今にして思えば、元々お覚悟を決めておられた節があった。別にそのことで直澄さんを恨むつもりはありませんよ」
表情を険しくした直澄を見て、幻乃は首を傾げる。薄情だと言われればそれまでだが、そんなにおかしなことを言ったつもりはなかった。誰も彼もが暑苦しい忠義を抱えて主人に仕えるわけではない。斬り合いを愛するという点では同じだというのに、直澄は見た目よりも情の深い人間なのだろうか。
(分からない人だな)
肩をすくめた拍子に、乱れた髪が首元をくすぐった。解けかけた髪を雑に結い直すと、汗と泥と、何日も身を清められずに溜まった油のせいで、ごわついたひどい感触が伝わってきた。藩主の前に見せる姿ではなかったと今さらながら気がついて、きまり悪く幻乃は頭を下げる。
「……お見苦しい姿をお見せしました。何分、山道を歩き通しだったもので」
「構わない。誘ったのはこちらだ」
「水場をお借りしてもよろしいですか?」
「湯に浸かる方が早いだろう。離れに内湯があるから、使え。傷が閉じているのであれば、彦爺もとやかく言うまい」
「よろしいのですか?」
直澄の言葉に、幻乃は目を輝かせた。山に囲まれた三条の地は、湯治のための温泉が多く湧いていることでも名高い土地なのだ。
「かたじけのうございます。……ああそうだ。大変厚かましいことをお聞きしますが、直澄さまのお言葉は、いつまで有効でしょう?」
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