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第17話 似た者どうし②

 言うが早いか、幻乃は膝が地面につくほど低く踏み込んで、下からななめに切り上げる。一歩足を引いてそれを受け止めた直澄は、足を引いたことを恥じるように、上段に大きく竹刀を構えて、ぐっと顎を引いた。 「待てもできないのか?」 「主人には教わっておりません」  言葉を交わした直後、ふたりは同時に動き出す。  互いの太刀筋を確かめるように、受け流しては攻め込んで、何度も竹刀を合わせた。真剣とは違う軽さが物足りないが、鈍った体を解すのには悪くない。  直澄の大柄な体を生かした広い間合いと剛剣は、剣士としてかくあるべしという正統派の強さを有していた。対する幻乃は、小柄な体ゆえの速さと身軽さを生かした、絡め手を得意とする。互いに好む戦法が真逆だからこそ、自分にとっては当たり前の一手が、相手にとっては意表をつく手となるのが、刺激的だった。 「さすが、お強いですね」 「そちらこそ」 「羨ましいですよ、その体格」 「思ってもいないくせに」 「あは。そうです、ね!」    夕焼けに照らされて、散った汗がきらめく。  ひと振り、またひと振りと打ち合いを続けるうちに、いつしか周囲の音が聞こえなくなるほど、幻乃は直澄との手合わせにのめり込んでいた。竹刀の切っ先で、直澄の間合いにわずかに触れる。すると、驚くほどの繊細さで、直澄はそれに反応し、応えるように幻乃に竹刀を向けてくれた。  絡み合う視線に、熱が籠る。気づけば、辺りはすっかりと暗くなっていた。  言葉などいらない。同じ熱意を持ち、同じ高みに至るまで、真摯に剣の腕を磨いてきた者なのだと、斬り合えばよく分かる。  いつしか幻乃の唇には、作り物ではない笑みが浮かんでいた。対する直澄もまた、先ほどまでの藩主の顔をすっかり脱ぎ捨て、獣のごとき笑みを浮かべている。その獰猛な視線を向けられると、肌という肌がちりちりと疼くようだった。やけっぱちになっていた気分などすっかり忘れて、幻乃は刀の世界に思う存分身を浸す。  永遠にこうしていたいと思う反面、なぜ今この手が握っているのは真剣ではないのだろうと、心の底から惜しく思う。明日も次回も存在しない、何より恋しい最後の一秒が今でないことが、もどかしくてならなかった。 「く……っ」    打ち合いのさなか、直澄の上段切りをまともに受け止めた瞬間、思い出したように腹の傷がずきりと痛んだ。幻乃の動きが鈍ったその一瞬を逃さずに、直澄は竹刀を横薙ぎに一閃する。   「――はあっ!」 「……っ」  直澄の裂ぱくの気合いとともに、幻乃の竹刀が打ち上げられる。木に向かって真っ直ぐに飛んでいった幻乃の竹刀は、真っ二つにへし折られていた。  膝をついた幻乃は、痺れる手を握り込む。うなだれかけたそのとき、武骨な手がすっと視界に入り込んでくる。刹那の逡巡の後、幻乃は「参りました」と苦笑しながら、直澄の手を取った。 「また、俺の負けですね」 「ただの手合わせに勝ちも負けもあるものか。怪我もまだ治りきってはいまい」  「おや。その分、手加減をしていただいていたようでしたが」 「人のことは言えまい。お前も左は狙わなかったろう」  開かぬ左目を指さしながら直澄が言う。幻乃は肩をすくめて、「殺し合いなら狙います」と一言返した。   「弱みを突いて、持てる限りの力で向き合いますよ。そうしない方が無作法というものでしょう。追い込まれた者と斬り合うときが、一番楽しいですから」  握り込んだ手のしびれに、愛おしむように意識を向ける。先ほどまで感じていた闘争の喜びの、余韻ともいうべきその感覚に浸っていると、高揚を押し殺したような直澄の声が耳に入り込んできた。 「同意しよう。くだらないしがらみも何もかも捨てて、高め合える。命を切り捨てるあの一瞬の感覚に、勝るものはない」  顔を上げる。直澄は、無理やりに笑顔を抑えつけているかのような凶悪な顔で、まっすぐに幻乃を見つめていた。斬り合いの余韻か、ぎらぎらと輝く隻眼には、幻乃にも覚えのある暗い熱が宿っている。 「お前とのは楽しかったな、幻乃。またやりたいものだ」

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