28 / 89

第28話 秋月と戯れ③

 幻乃は夜目が利く方だ。けれど、こうも月が明るい夜ならば、たとえ夜目が利かなくとも問題はなかっただろう。それくらい、敵の一挙一動までが、はっきりと見えた。  複数人が草木をかき分け走る音がした。しかしその音は、幻乃が追いつくよりも前に、くぐもった声と、何かが崩れ落ちる重い音だけを残して次々に消えていく。先行する直澄がやったのだろう。  散開する刺客を両端から追い込むように、幻乃は直澄の逆側に陣取りながら走っていた。今のところ、幻乃のところへ向かってきたのはひとりだけ。それも、先ほど逃してやった手負いの忍だったので、およそ斬りがいというものが感じられない相手だった。  そして今また、もうひとり。 「何が天誅、何が維新だ! この、卑怯者が!」  木の影から、ひとりの武士が声を上げながら姿を現した。くたびれた袴を履いた壮年の男は、親の仇とばかりに幻乃を睨みつけながら抜刀すると、名乗りを上げる。 「我が名は山本源三。参る!」  ぴっちり固められたちょんまげといい、生まれる時代を間違えたのかと思うような名乗り上げといい、いちいち古風な男だった。ぽかんとしながら、幻乃は足を止める。   「……ご丁寧にどうも。命を狙いにきておいて、馬鹿正直に名乗るお方は初めて見ました。あなた方は、どちらの手の者ですか?」 「志を同じくするものの集まりだ。闇討ちを天誅と称する卑怯者どもには、覚えもあろう。三条め……!」  口ぶりから察するに、旧幕府の信奉者あたりだろうか。   「俺はたしかにこちらの藩にお世話になっていますけど、別に三条の者ではないですよ」 「問答無用!」  名乗るだけ名乗った山本は、雄叫びを上げながら幻乃に切り掛かってきた。洗練された太刀筋とは言いがたい刀の振り方ではあるが、力だけは有りそうだ。  舌舐めずりをしながら山本の攻めを受け流した幻乃は、返す刀で、まずは小手調べとばかりに腕を狙って切り掛かる。 「よっ、と――、あれ?」 「ぐあぁっ!」    浅く切るだけで留めようと思っていたのに、一秒後には、山本の腕が宙を舞っていた。 「おや。斬ってしまった」  途切れた片腕を押さえ、苦悶の声を上げた山本は、崩れ落ちるように膝をつく。  幻乃はしまった、と眉尻を下げた。猪みたいに飛び込んでくるものだから、うっかり腕を切り飛ばしてしまった。斬り合いをしたかったのに、これではまともに打ち合うこともできやしない。 「久しぶりだと、加減が効かないな。小手打ちくらい受けてくださいよ」 「何を……、貴様!」  男の腕から吹き出る血を眺めながら、幻乃は深くため息をつく。   「……いいや、もう。興醒めだ。弱いやつは死ね」  がっかりしながら刀を振り上げた瞬間、男が血走った目で幻乃を睨み上げてきた。

ともだちにシェアしよう!