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第1話 さよなら、僕の平穏な生活
実家を離れて念願の一人暮らし。
オメガの特例枠のお陰で受験も楽々だったし、国が番相手を指定してくる卒業までのモラトリアムを存分に楽しもうと思っていたのに。
「浅香悠希……悠希って呼ぶぞ。ああ、俺のことは正悟って呼んでくれ。とりあえず今夜ディナーでもどうだ?」
「ふぅん、また可愛い子じゃないの。ね、あんたあたしの番にならない?」
「ちょっと、いっちゃん抜け駆けは狡いよ!ねぇ悠希くん、ここに美味しいお薬があるんだけど一服盛られてみない?」
…………どうして、こうなった。
…………
この世界には、男女の性別とは別に第二の性がある。
人口の一割程度で能力的に優れたアルファ、大多数を占める一般人のベータ、そして人口の約5%しか存在しない『産む』事に特化したオメガ。
中学入学段階で第二性の検査を受け、アルファやオメガと判明した子供はそれ以降性別に即した専門科目の受講と医師による定期検査が義務づけられる。
オメガは外出時にはうなじを守る黒のチョーカーを装着しなければならない。
また性別が判明段階から望まぬ行為を避けるため、アルファもオメガも抑制剤を飲みながら生活を送ることになるのだ。
オメガには3ヶ月に1度、1週間程度のヒートがあるけれど、抑制剤の発達により一昔前のように家に籠もりきりで理性を吹っ飛ばし、ひたすら自らを慰め続けなければならないような状況になるのは精々1-2日だ。
とはいえフェロモンを嗅ぎつけたアルファがうっかり理性を無くしてしまっては一大事なので、ヒートの期間は丸々1週間公的に休みが認められている。
そのほかにも進学や就職における優遇、補助金など、オメガはその特徴故に国から手厚い保護を受けている。
――そう、全ては優秀なアルファと番い、国のために将来有望なアルファをたくさん産むために。
どの性別の組み合わせからも全ての第二性が生まれるとはいえ、その確率には大きな差がある。
アルファは圧倒的にアルファとオメガの組み合わせで生まれる確率が高いし、それが『運命の番』ならなおさらだ。
だから、どの国の政府も積極的にオメガの『運命の番』を探そうとする。
この国では、22歳までに番を見つけなかったオメガは運命の番を見つける確率が減ることを根拠に、国から番うための未婚のアルファを指定される。
アルファにもオメガにも、従わないという選択肢はない。下手に抵抗すれば政府機関に連行され、番が成立するまであらゆる手段でヒートを、そしてアルファの発情であるラット起こさせ監禁されるとまことしやかに噂されている。
その相手は、これまでの番カップルから算出した遺伝情報によるマッチングによるもので、実際にこのシステムでによって運命の番を見つけるオメガは多い。
だからこの政策が、一概に悪だとも言えなかったりするのが厄介なところだ。
大体この広大な国のどこに居るかも分からない運命の番を自力で探し当てるなんて、宝くじに当たるようなもの。
憧れはするけれど世の中そんなに甘くはない事を、オメガも、そしてアルファだって重々承知している。
そんな状況で優秀なアルファ達は皆「国に縛られたくない」と積極的に恋愛をしてさっさと結婚しようとする。
どこの馬の骨とも分からないオメガに、けれどもそのフェロモンには抗えず欲情して本能むき出しでまぐわいを持たざるを得ないというのは、アルファにとっては随分屈辱的なことなのだそうだ。
一方、オメガは二極化している。
22歳までに番を、それも運命の番を見つけようと躍起になる大多数と、最初から番探しは諦めて22歳までは自由気ままに過ごそうとする少数派。
割合としては8対2くらいだろうか。
早々と番を見つけ(捕まえ、とも言う)、番が出来た証拠であるカラフルなチョーカーを身につけたオメガは羨望の眼差しで見られるのだ。
その大多数のオメガのお陰で、オメガは儚げな外見とは裏腹に肉食系で強かだとアルファやベータからは認識されているらしい。
それも仕方が無い話だ。世の中にはわざわざヒートを狙って意中のアルファを拐かし、無理矢理番になろうとするオメガも多いのだから。
残り2割の少数派……草食系なオメガにとっては、実に迷惑な認識である。
…………
浅香悠希(あさか ゆうき)は、そんな草食系なオメガである。
例に漏れず12歳の一斉検査でオメガと診断された時の、ベータの両親が見せた愕然とした顔は未だに脳に焼き付いている。
オメガに対する差別は表向きは無くなったとはいえ、大多数のベータからすれば定期的に発情してはアルファを、酷いときにはベータすらも誘惑するオメガはどこまで行っても理解の出来ない生き物なのだろう。
もちろん病院には連れて行ってくれたし、ベータの姉とも分け隔て無く育てては貰ったと思う。けれどもあの日以来、両親や姉との間に見えない壁が出来たのも事実なのだ。
そんな状況が嫌で、大学は敢えて実家から離れたところを選んだ。
そもそもオメガは学力的に一定の基準さえ満たしていれば、特別枠でどこでも大学は選び放題なのだ。しかも学費も無料、生活費の補助まで出る手厚さである。
そうして悠希はようやく、どこか息の詰まる実家を後にして自由な4年間のモラトリアムを存分に楽しもうとしていた、筈なのだが。
「君、ちょっといいか?」
入学式が終わった後、そそくさと家に帰ろうとした悠希は同じホールに居た男子に声をかけられる。
ああ、またか……と悠希はため息をつき、けれどもすげなく断るほどの理由も無くてその誘いを受けることにした。
悠希は中学の頃からやたらモテた。
オメガ特有の儚げな美少年のような容貌のせい……だけでは無い筈だ、自分より綺麗なオメガなんていくらでも居るのだから。
なのに、他のオメガが恋愛相手を血眼で探している横で悠希は男女問わず常にアルファから声をかけられ、告白されるのを繰り返している。
ちなみに初体験は既に終えた。ヒートでも無いのにお尻にあんな凶器を突っ込むだなんて……正気の沙汰とは思えないほどの地獄を経験して以来、二度とヒート外ではセックスなんてするものかと心に決めている。
(決めていても、本気になったアルファには関係ないもんなぁ)
そう、なんだかんだ言ってオメガの立場は弱い。
アルファが本気で意中のオメガを籠絡させようとすれば、元来体格に恵まれた彼らはともすればフェロモン無しで易々と事を成し遂げてしまう。
祐希は、隣を歩く男子をそっと眺める。
164センチと小柄な悠希と違って、がっしりした筋肉質な体格。男らしい体格は本当に同性とは思えない程だ。
男に生まれた身としては、これだけは羨ましい。
ふっと香るのは嗅ぎ慣れたアルファのフェロモンで、抑制剤を飲んでいてもその香りだけで胎はずくりと疼く。
恐らくは意図的に……オメガを振り向かせ、あわよくばヒートにするために放たれる香り。
ああ、彼もやはりアルファかと悠希は再びため息をつく。
悠希には、何が何でも自分で番う相手を見つけたいアルファやオメガの気持ちはとても理解できない。
何だかせかせかしていて、まるで生き急いでいる様にすら感じるから。
(押してばかりの人生、しんどくないのかな……)
そんなことをぼんやり考えつつ、二人は人気の無い方へと足を向けた。
講義棟の裏口付近にある木陰で足を止めた男は、じっと悠希を見つめた。
その瞳には既に情欲が灯っていて、おそらく悠希のフェロモンに当てられたのだろう。
これまでにも時々そういうことはあったから、悠希も慣れたものだ。
残念ながらオメガのフェロモン量もまた抑制剤では完全に制御できないから、体調によってはこうやってアルファを意図せず惹きつけてしまうのはもう仕方が無い。
むしろいきなり襲ってきたり、大量のフェロモンをオメガに放ってヒートを起こさせようとしない辺り、非常に理性的かつちゃんと抑制剤を飲んでいる紳士的なアルファだろうと悠希は見当を付ける。
それならきっと、襲われるようなことは無いはず、多分。
「……えと、話って何かな」
十中八九告白だろうと、悠希は身構える。
目の前で目をギラつかせながらも理性を保とうとしている男子には非常に申し訳ないのだが、悠希は誰かと付き合う気は毛頭無かった。
別に目の前の彼が悪いわけでは無い、ただ……自分はオメガだけれど『未熟』だから。
「その、少しだけ待ってくれるか」
「?」
「多分、もう来るから」
「……どういうこと?流石に複数人でってのはちょっと」
「あ、いや、そう言うんじゃ無くて」
けれども男は何もしてこない。
ただ時折辺りを見回して、誰かが来るのを待っているだけだ。
(あ、これはまずいパターンなんじゃ)
輪姦・レイプ……悠希の頭に不安な言葉が渦巻き、背中を冷たい汗が伝う。
アルファによるオメガへの暴行事件は近年ではめっきり減ったものの、今でもアルファは優秀でオメガは劣っていると信じ込んでいる困った連中は存在するわけで、どれだけ厳罰化されてもそういった手合いはいなくならなくて。
目の前の彼が、そういう人間である可能性は、捨てきれない。
(まずい、けど、逃げられるか……?)
ざっと悠希は男の全身をチェックする。
圧倒的な体格差。アルファだし、運動神経だって抜群だろう。
ポケットに不自然な膨らみも無いから、武器は持っていなさそうだ。
……その中心に膨らみがあるけれど、それは見なかったことにしてあげよう。
何にしても身体じゃ勝てない、ここは口で上手いこと宥めて、と悠希が口を開きかけた瞬間
「ごめーん待たせたわね!」
「もう、いっちゃんってばあんな雑魚5人ぶちのめすのに時間かけないでよ-!」
「お疲れ、てか用事を済ませてって言ってたの、随分物騒な用事だったんだな!?」
木陰から息を切らして走ってきたのは、二人の女性だった。
…………
そうして話は冒頭に戻る。
3人は口々に悠希に向かって熱烈な、そしてアルファらしい自信に満ちた告白混じりの自己紹介を始めた。
……何だかとんでもない発言が混じっていた様な気がするが、そこはスルーしようと悠希は努めて平静を取り繕っていた。
「急にこんなところにアルファが呼び出したら怖いよな」
「あ、いえ、まぁその流石に怖いです……」
「あんまり人が多いところだと大変なことになりそうだったしな、すまない」
「大変、ですか……」
最初に声をかけてきた男子は丹村正悟(にむら せいご)と名乗る。
オメガのフェロモンのせいでちょっと目つきが怪しいが、その状態でこれならきっと彼は本来良い奴なのだろう。
「あんたまさか自覚無し?抑制剤ちゃんと飲んでるの?」
「へっ」
「凄いのよ、あんたのフェロモン!!なに、そろそろヒートなの?にしたって、あんな講堂の中で見境無しに誘うだなんて、悪趣味にも程があるわよ!ちょっとはTPOを弁えなさい!!」
「……ええええええっ!!?さっ誘う!?僕が!!?」
鋭い目つきで凄んでくる女性は穴吹一華(あなぶき いちか)だ。
「取り敢えずそのフェロモン、ちょっと押さえなさいよ!」と無茶な事を言いつつ睨み付けるのはやめてほしい。その右手に握りしめられている鉄パイプは、さっきまで5人の生き血を吸ってきたやつじゃないのか。
あとその胸も大概凶器すぎるじゃないか。こちとら生粋のオメガなのに、雄の本能が疼き出しそうだ。
「でもさぁ、ボク達以外は悠希くんのフェロモンに気付いてなかったんだよね」
「うっそでしょ!?このフェロモンが分からないとか、ポンコツアルファにも程があるわよ!!」
「んーだからさ、やっぱりボクの仮説は合ってるんじゃ無いかなって……ちょっと数がおかしいけど」
そして、もう一人。おしとやかな印象の和装のボクっ娘。
隣にいる一華があまりに立派すぎるせいでメリハリの無い身体に見えていた女性……かと思いきや、その声はちょっと高めだけどどう頑張っても男性で。
良く見たら肩幅も結構あるし、着物で上手い具合に隠されているけどチラリと覗く腕は明らかに筋張っている。
「あ、ボクは上迫葵(かみさこ あおい)葵ちゃんって呼んでね♡」
「え、えっと葵……ちゃん?くん?」
「やだなぁ、ボクはオンナノコだよぉ?……だよ、ね?」
「あわわわ!はひっ、オンナノコですうぅぅ!!」
にっこり笑うその目は、全く笑っていない。
だめだこの娘、大人しそうに見えて一番ヤバい目つきしてるじゃないか!!
(にしても)
3人の話に、悠希は違和感を覚える。
彼らの話を総合すれば、どうやら自分は今、ヒート直前か、はたまた抑制剤を飲み忘れているかと言わんばかりのフェロモンをまき散らしているらしい。
残念ながらアルファと異なり、オメガは放出するフェロモン量をコントロール出来ないし、そもそも自分のフェロモンなんて感知もできないのだ。
だから「冗談ですよね?」と一笑に付したくても否定はできないし、状況的に彼らが嘘をついているようにも思えない。
(そんなはずは、無いのに)
心当たりがなさすぎる、そう悠希は戸惑いの眼差しを3人に向けた。
抑制剤を飲み忘れた事なんて一度も無い。今日だってちゃんと朝食後にいつもの抑制剤を服用してきた。
それに、ヒート前だなんてこと、あるわけが無いのだ。だって自分は……
「あのね、悠希くん」
必死で思考する悠希に、葵はどこか嬉しそうに話しかける。
そう、これからの関係を決定づける、とんでもない爆弾を投げつけながら。
「君のそのフェロモン、ボクたち3人しか分からないみたいなんだよね」
「はぁ」
「それでさ、思ったんだよ」
「ボクたち、君の運命の番なんじゃないかって」
「は…………?」
運命の番。
悠希にとっては、砂浜でダイヤモンドを探すような徒労にしか思えない概念。
(なん、で……?)
突然降りかかってきた言葉に、悠希は目を丸くして固まってしまった。
「…………」
「………………」
春の風が木の葉を揺らす音が耳に心地良い。
遠くで新入生を勧誘する先輩達の声が響いている。
……そんな、穏やかな大学生活初日にして、すでに悠希の頭は混乱の極みであった。
「い、いやいやおかしいでしょ!!そんないきなり運命の番だなんて!」
たっぷり3分は経っただろうか、ようやく動き出した頭で、悠希は必死に3人に向かって否定の言葉を叫ぶのだ。
運命の番というのは、出会った瞬間に互いに番であることを確信するほどの衝撃を受けると、学校でも習った。
だが、少なくとも悠希は目の前の3人に対して特別な感情は何一つ湧いてこない。
第一、運命の番は一人だけの筈だ。そんなおあつらえ向きに同じ大学に3人も出現するなんて、番のバーゲンセールにも程があるだろう。
そう畳みかけるように話せば「でも、あたしはあんたを運命だと思ったんだけど」と一華がぴしゃりと一刀両断する。
しかも正悟と葵も「俺も」「ボクもだね」とうんうんと横で頷いているのだ。
「でも」となおも反論しようとした悠希を「何にしても」と正悟が遮る。
その額に汗を浮かべた顔は、必死に衝動を我慢しているように見えて、本当に辛そうで。
悠希には分からないが、少なくとも自分からオメガのフェロモンが出ているのは間違いないのだろう。
それに関しては本当に申し訳ないと、悠希はそっと心の中で謝る。だが、自分にはどうしようもない事だ、諦めていただきたい。
「……ここにいて更にアルファを惹きつけるのも危なくないか?幸い悠希はヒートを起こしていないが……そうだ、悠希の家に皆で行かないか、今後の話もあるし」
「はい!?」
この状況で、自宅に狼を連れ帰るとか。
いくら何でもその発想は無いだろう、そう悠希は戸惑いを隠すことなく顔で3人に訴える。
けれども、熱に浮かされた彼らにそれは届かない。
「あ、それいいわね!……何よその顔。心配しなくてもちゃあんと緊急用の抑制剤は持ってるから、あんたがいいって言ってないのに襲いやしないわよ!」
「襲って欲しければいつでも言ってね。ああ、ヒートを起こしたければここにいいお薬が」
「やめてそれはほんとやめて」
……だめだこの3人、もう目が完全に据わっている。
これはどう考えても「また後日」なんて言えない。元々アルファは自信に満ちあふれてちょっと傲慢な人が多いけれど、今の彼らに引き下がるなんて言葉は存在しなさそうだ。
(……でも、ちょっと気にはなるんだよな)
突然のフェロモンの暴発。3人以外のアルファには気付かれない匂い。
この未熟なオメガの身体に、もしかしたら何か変化があったのかも知れない。
嬉しいような悲しいようなちょっと複雑な気分を覚えながらも、悠希は「うちワンルームだから狭いよ?」といいつつ3人を自宅へと誘うのだった。
…………
「最初に言っておきたいんだけど」
同意なしに事に及ぶのは、アルファだろうがオメガだろうが言語道断。
先人達の苦い経験から確立された教育方針に、特に身体的に圧倒的に優れたアルファに叩き込まれたこの考えに、これほど感謝した日はないだろう。
この状態でも何とか理性を保とうとするのは並大抵の事ではないと、悠希はこれまでの経験からよく知っている。
ここまで『行儀の良い』アルファなのだ、きっと皆それなりの名門の出と見た。
悠希の家に着くなり「ごめん水貰えるかな」と正悟が問いかける。
ペットボトルを渡せば、正悟は急いでポケットから抑制剤を取り出し、喉に流し込んだ。
「それ、結構強いやつだよね?大丈夫なの、そんなの飲んで」
「ああ、俺は薬が効きにくい体質でな。このくらい強いやつじゃないと、見境なしになってしまう」
「ふぅん、それも大変ねぇ」
世間話をしつつ、正悟が少し落ち着くのを待つ。
そうして悠希は、本題が始まる前にと口火を切った。
「僕さ、ヒート来たことが無いからね」
「…………え」
「オメガの診断は受けてるけど、この歳まで一度もヒートは来てないんだ」
「嘘でしょ!?どんなに遅くても15歳までにはヒートを迎えるんじゃなかったの?」
「それ、流石に治療対象だよね?病院には行ってないの?」
「もちろん定期的に掛かってるし、多分葵……ちゃんがもってる薬も試したことがある」
「これ?でもこれ、めちゃくちゃキツい発情促進剤だよ?ヒートが終わったばかりの落ち着いてるオメガすら1週間は理性を吹っ飛ばすレベルの」
「葵、あんたなんて物を持ち歩いてるのよ……」
信じられないと言わんばかりの顔をする3人に見つめられつつ、悠希は葵の出してきたタブレットを確認する。
それは1年くらい前に試した促進剤だ。ちょっと効果が強いからと入院までして試したのに、お腹を下すだけで終わりだったやつである。
確認して正解だった、うっかり飲まされてあの滝のような下痢に魘されるのは、もう御免被りたい。
というか、そんなに恐ろしい促進剤だったのか。どこがちょっと強めだ、ちょっとなんてレベルじゃ無いぞと悠希は心の中で主治医に悪態をつく。
そして「そんなわけだからさ」と話を続けた。
「フェロモン自体は出てるって言われたことがあるけど、そんなヒートになりかけだと思うほど出てるだなんて……人生初なんだよね、言われたの。ちなみに今も……?」
「ああ。強くはなっていないが、少なくとも弱くはなっていない。しかしそうか、だとしたら運命の番だなんていきなり言われても」
「全くピンとこない」
「だよねぇ……」
4人はアルファやオメガだ。
だから、第二性に関する知識だって専門の授業で何年もかけてしっかり叩き込まれている。
けれども今起こっている状況に、その知識は何一つ役に立っていない。
18になってもヒートが来ないオメガ、そのオメガから発せられる、抑制剤を持ってしても制御できないフェロモン。
アルファの3人からすれば既にヒートを起こして蕩けきっていてもおかしくないような匂いなのに、ケロリとしているオメガ。
そして、そのオメガの匂いが分かるのは彼を「運命の番」だと確信した3人だけ――
「ほんっっとうに、訳がわかんないや……」
盛大に吐き出された葵のため息が、全員の心境を代弁していた。
「これは、早急に病院に行くべきだと思う」
「あ、それは賛成。ボクたちも一緒に行くからね」
「なんで!!?」
「何でって、あんたのそのダダ漏れフェロモンが制御できなかったら、あたし達このままじゃまともに大学にも通えなくなるんだけど!?どうしてくれんのよ、このおっ勃ったままのブツ!!」
「ぶはぁぁっ!?」
「いっちゃん、それは見せなくて良いから!!」
がばっ!!とスカートをたくし上げたその中にあるのは、まさかの紐パン……と、その中心で元気におっきしている、息子さん、いやこの場合は娘さんなのだろうか……?ともかく見慣れたブツより大分ご立派なものがパンツからはみ出ている。
血管が浮き上がるほど唆り立ったその先端からは既に透明な露が滲んでいて、彼女もまた悠希のフェロモンに当てられているのだと納得せざるを得なかった。
「これのお陰でタイトなスカートなんて穿けないのよ!ったく、女でアルファだなんてろくでもないんだから!」と愚痴るのはいいが、出来れば早めにスカートの裾は下ろして貰いたい。
ヒートを起こさない出来損ないオメガの悠希だって、流石にアルファ3人の、しかも一番フェロモンが濃いところを露出なんてされたら胎が疼いて仕方が無くなるのだから。
(はぁ、こりゃ3人が帰ったら久しぶりに抜かないとだめかな……)
ヒートを起こさないとは言え、やはりオメガなのだ、興奮すればそのお飾りのペニスよりも身体の奥にある子を育てる場所がずくずくと疼いてしまう。
とはいえ、いくら胎が疼いても、あの初体験以降後ろに何かを入れるのは非常に抵抗があって。
だから彼女に比べたら随分可愛らしい欲望を慰めることで、なんとか気を紛らわせるしか無い。
……けれど、そんなもじもじした様子の悠希を、よりによって運命の番だと確信している3人が逃すはずは無い。
「……悠希、俺らのフェロモンで発情してるだろ」
「ふぇっ!?え、ええと、でもヒートは」
「ヒートまで行かなくてもアルファのフェロモンには酔うんだ、かーわいいっ♡」
「いや可愛くはないって」
「ああもう!!こうなったら病院は明日行くとして、今日はひとまず抱かせなさい!!」
「何で!!?」
ちょっと待った。
さっき「悠希が良いって言わなきゃ襲わない」と言ったのはどの口だ。
……いや、むしろ今から良いって言わせようとしてるな、これは。
一華の発言を皮切りに「そうだな」「流石に責任取って欲しいよねぇ」と正悟と葵もじっとこちらを眺める。
責任って言われても自分は何もしていない。むしろ何の体感も無い身からすれば言いがかりも甚だしいのだ。……まぁ、それは流石に3人の様子を見ていれば、口にするのは憚られるけれども。
第一、何でアルファ同士が結託しているんだ。自分と番になりたいと思っているならむしろここは「誰が悠希とヤるか」で争うところだろう。
なんなら「僕の為に争わないで!」とか言ってやっても良い、だから結託は止してくれ。
そう突っ込めば「だってさ」と一華は口を尖らせる。
「こんな状況、想定外にもほどがあるじゃないの」
「想定外」
「運命の番が3人……つまり少なくとも2人は勘違いなわけじゃない?ボクだって本物の運命の番に出会いたいんだし、もし勘違いだったらと思うと、ね」
「むしろ悠希がヒートでも起こしていれば話は別だったんだがな。……それこそ、ヒートになれば誰が本当の番か分かりそうだが……」
「それよ!」
「ちょっと待って、今ろくでもないこと考えたでしょ!!」
そうだった。
アルファってのは才知溢れる集団だった。
しかも、多かれ少なかれ独占欲と傲慢さを兼ね備えた連中で。
そんなアルファが、自分の運命の番(仮)を見つけたらどうなるかなんて
「3人でありったけのフェロモンを悠希にぶつけて、ヒートを起こさせればいいじゃない!」
「名案だな、流石にこれだけのフェロモンを浴びせればどれだけ鈍感だろうがひとたまりも無いはず」
「断固拒否する!!」
……ほら、言うまでも無かった。
しかもなんだよその顔、拒否した途端に3人揃ってしょぼくれちゃって。
(……ああ、そうか。運命の番だと思っているから…………)
悠希にとって、3人はただの初対面のこれから友達になるかも知れない人。
けれど3人にとっては、悠希は生涯を共にするかも知れない人だ。
運命の番というのは、どんな熱愛すら吹き飛ばすほどの威力があると聞いている。
他のアルファと番っていた筈のオメガが、運命の番に出会った瞬間番契約を書き換えられるなんて話もあるほどだ。
それほどまでに抗いがたい本能であり、呪いを受けた(と思っている)なら、拒否されればアルファといえどやはり落ち込むものなのかもしれない。
なのに
(……なんだこれ、気分が良い)
気の毒だな、と同情すると共に悠希の心の中に芽生えるのは不思議な優越感。
圧倒的強者であるアルファが、自分の言動に右往左往しているだなんて……何て快感なんだろう……!
そう思うと、ぶわっと身体の熱が高まる。
まるで目の前の己を喰らいたいアルファに呼応するかのように、否、彼らを挑発するかのように。
(ほら)
その匂いに気付いた3人の目が、途端に情欲に染まる。
明らかにヒートに遜色ない、けれどもどこまでも正気を保った、見たことも無いオメガの姿に目が離せない。
(溺れてよ、僕に)
ちろり、と出した舌で唇を舐めながら微笑みかければ
「……それは、同意だな?」
「うん、誘ってるから、同意だよね」
「…………良い度胸じゃ無い、朝まで抱き潰してあげる」
「「「誰の運命の番か、思い知れ」」」
そう宣言して、悠希に飛びかかり……
3人の理性は、完全に消滅した。
…………
ぬちぬちと、湿った音がそこかしこから響いてくる。
男の甘い鳴き声がひっきりなしにその桜色の唇から上がる。
「んっ、はっ、ああっもっと、もっとぉ……」
「っ、煽るな、よっ……!!」
目を血走らせた正悟の欲望が、すっかりほぐれた後孔を貫く。
最初は指一本すらキツくて違和感に顔をしかめていた悠希だったが、オメガのフェロモンに当てられヒートを起こさせようと3人がかりで放たれたアルファのフェロモンと、更には「男の子の初めては任せて♡」とバッグからどでかい潤滑剤のチューブを取りだしてきた葵の手腕により、今やその孔は完全に性器と化していた。
もう、何度目だろう。
自分とは比べものにならないほど長大なペニスで貫かれ、根本が膨らむアルファ特有の瘤で塞がれて溢れんばかりの白濁を注ぎ込まれ、ようやく終わったと思えば次の欲望が間髪入れず叩き込まれる。
むせかえるようなアルファの匂いに、頭の芯がじんと痺れて、口に含まされる先端から放たれる精液すら甘く感じて。
(セックスって、こんなに気持ちが良いものだったんだ)
快楽にぼんやりした頭で、けれど悠希の理性は失われること無く冷静に3人のアルファを眺めている。
丹念にほぐされた後ろは、しかし決して自ら蜜をこぼすことも無く……それはこれほどのフェロモンを受けても悠希がヒートに陥っていないことを表していた。
「ふーっ、ふーっ……いいね、気持ちいい……中、ふわふわじゃん悠希くん……ね、僕の可愛い子猫ちゃん……ああ、まだまだたくさん出るから、ね、いっぱい飲んで孕んじゃってよ……」
意外にも一番精力が強いのは葵だ。
さらに男の娘というのは伊達じゃ無いのかも知れない、とにかくこちらの良いところを的確に愛撫してくれる。
(けど、言動が時々物騒なんだよなぁ……『悠希くんのおちんちんは飾りだから、番になったら閉じ込めてあげるね』ってどういうことなの……?)
「はぁっ、次は私よどきなさい葵。ほんっと、私を受け入れるにはちょっと貧弱すぎるわねぇ!組の跡取りに嫁ぐのよ、立派なガタイになれるように鍛えてあげるわ、ねっ!」
「おほおぉぉっ!!?」
「あら、奥を抜いちゃったかしら?ヒートじゃ無いから子宮側への道が開かないのよね……まぁいいわ、葵が言ってたけどこっちも気持ちいいんでしょ?ほら、どうよ、ぐぽぐぽ出入りされるのは!」
「んおっ、おごっ、おほっ……!!」
一番ペニスが大きくて長いのは一華。
組の跡取りと言われて思い出した、穴吹組と言えばこの界隈じゃ超有名な極道じゃないか。
(女の子のアルファって初めてだけど……これは倒錯的……)
熱に浮かされたような表情で舌なめずりをしながら穴を犯し続ける姿は、そのたわわな胸の膨らみが弾む姿と相まって実に妖艶で……正直、眼福である。
眼福だけど、男として彼女を抱くことは出来ないよな、オメガだし、とちょっとだけ劣等感に苛まれるのは内緒だ。
「全く、お前らはがっつきすぎだ。もっと悠希をいたわってやれよ……ほら、どうだ悠希?ここが好きだろう?」
「あぁっそこっ、そこだめっまた何か出ちゃうっ!!」
散々弄くられて敏感になった乳首を胎と一緒に捏ねられれば、ぷしゅっ!!とすっかり力を失った悠希のペニスから透明な液体が噴き出す。
意外にも一番体格が良くて厳つい印象の正悟が、まぐわいにおいては一番紳士的だ。
というかめちゃくちゃねちっこい。ドロドロに甘やかして、快楽で蕩けさせて、その掌の中に閉じ込めて慈しむような……支配欲と庇護欲の混じった優しさで、じわじわと悠希の理性を奪おうとする。
きっと彼の番になれば、どこまでも大切に扱ってくれるのだろう。
……でも二度と家からは出して貰えなさそうな不穏さも感じられる。
(なんというか……アルファと言っても色々なんだな)
口から出る喘ぎ声は止まらない。
身体はずっとビクビクと痙攣して、確かに絶頂の白い波にもまれ続けている。
それでも悠希はどこかでこの状況を楽しみつつ、理性的に分析している。
――アルファのフェロモンに、快楽にあっという間に溺れるオメガではあり得ないほどに。
(この中の誰かが、僕の番に……)
運命の番だと言う位なのだ。きっとこの3人の中の誰かと自分は番うことになるのだろうとぼんやり思う。
……それが普通だ。普通の筈なのに、心の奥底から聞こえる声はそれを否定する。
(全部、だ)
あり得ない。
確かにオメガの大多数は強かな肉食系で、意中のアルファのためならフェロモンレイプすら厭わないような、愛に、本能に狂った者は多いけれど。
(3人とも、全部、僕のものに……!)
こんな欲深さは、知らない。
ほんの数時間前までは、番とかそういった浮ついた話とは距離を置いて、4年間だけ許された自由な時間を満喫する気満々の、草食系の代表みたいなオメガだったのに。
――今の僕は、一体、何だ?
「どうした?考え事をする余裕があるか?なぁ、こっちを見てくれ悠希。お前のその快楽に蕩けた顔を、潤んだ瞳を全部俺のものにしてくれ……!」
「うああぁ……っ!」
(まあいいや、今はこっちに集中)
再び始まった抽送にひときわ高い声を上げつつ、悠希はこの終わらない饗宴をひとまず楽しむことにしたのだった。
…………
「うごけない……こえ、でないぃ……」
「すまない!本当にすまない、やり過ぎた!!」
挿れて、出して、抜いて、また挿れて。
目の前のオメガを孕ませろ、番にしろと叫び続ける本能のままに腰を叩き付け、白濁で見たし、決して許されないうなじを諦められずにチョーカーをガジガジと噛んで。
……そんな3人の理性が戻った頃には、そろそろ夜が明けようとしていた。
正気を取り戻した彼らの目の前にいるのは、全身にキスマークを施されあらゆる体液に塗れて意識を失っている、昨日会ったばかりの運命の番(仮)。
――どう見てもやりすぎである。
そりゃ昨日の昼過ぎから、飲まず食わずでずっとやり続けだったもんな……と3人は慌てて手分けをして洗濯に掃除に買い出しにと明け暮れる。
昼過ぎになってようやく目を覚ました悠希に「ホントごめんね、理性完全に吹っ飛んでた」「こんなの初めてよ、その、悪かったわ」と平謝りの3人は、しかし満身創痍ながらも「気にしてないから」と微笑む己の番(予定)にすっかり心を奪われて締まっていることを自覚するのであった。
「これじゃ今日は病院どころじゃないわね。にしてもこの部屋狭くない?」
「……え?」
「だよね、4人で住むにはちょっと手狭じゃないかな」
「ああ、そういうと思ってさっき近くの物件を押さえておいた」
「ちょ」
「あらそうなの?じゃあうちの若い衆に手伝わせるわ。週末にでも越しましょ」
「どうしてそうなったの!?」
目の前で突如繰り広げられる引っ越し話に悠希が目を白黒とさせていれば「当然だろう」と正悟がこれまた目をぱちくりさせながら、せっせと葵の作ったお粥を悠希の口に運ぶ。
「悠希は俺たちの運命の番なんだ」
「そうそう、今は確定していなくたってもう間違いないって、昨日の悠希のフェロモンで確信したもんね」
「それなら少なくとも、誰が本当の運命の番なのかはっきりするまでは、あたしたち全員が平等にアピールする機会を設けないとね!」
「…………嘘だろおおぉぉぉ!!」
ああ、さよなら僕の平穏な大学生活。
悠希は目の前でウキウキと新居での甘い生活を語り合う3人を見つめながら、あまりにも激変した己の運命を嘆きつつ遠い目をしていたのだった。
けれどもまだ、悠希は気付かない。
これこそが悠希のオメガとしての覚醒だったのだと彼が自覚をするのは、もうちょっと先の話。
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