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第2話 これは救いか、それとも報いか
入学して初めての週末。
たった1週間しか住まなかった部屋を後にして、悠希は大学から車で10分のところにあるマンションの一室に住まいを移すことになった。
急な賃貸の解約にどうなることかと内心ビクビクしていたが、どうやら正悟が既に根回しをしていたらしい。大家はあっさりと解約を承諾してくれた。
「あんな素敵な人が番になるだなんて、良かったわね!お幸せに」と純粋な眼差しで祝われてしまった事だけは解せないが。一体どういう説得をしたんだ正悟は。
引っ越し当日、荷物は一華が寄越した見るからにその筋のお兄さんと分かる皆様により、ものすごいスピードで持ち去られてしまった。
そうして正悟の運転する車で案内されたマンションはと言えば。
「…………あのさ、これは大学生の住む部屋?」
「どうした、何かおかしいか?ああ、流石に学生だからタワマンとはいかなくてな、すまない」
「いやいやそこ謝るポイントじゃ無いから!!」
確かに湾岸エリアのタワマンに比べればお手頃価格の高級マンションだ。
とはいえ、さっきさらっと正悟が口にしていた家賃はこれまでのワンルームの10倍以上で、3人で分担して払うとかなんとか。
というかその金額が払えちゃうのか。なんて大学生なんだ。
(お手頃ってなんだったっけな)
突如放り込まれた分不相応な世界に、悠希は軽い目眩を覚える。
アルファというのは社会的地位が高い家庭が多いのは知っていたけれど、一般的な家庭で育った悠希にとっては少なくとも大学を卒業するまでは縁の無い世界だと思っていたのに、まさか入学数日で飛び込んでしまうだなんて。
(できたらもうちょっと、普通の生活を送りたかったな……)
行きの車の中で聞いたが、正悟は丹村グループの御曹司なのだそうだ。
不動産や金融の世界では有名な企業で、この国に住んでいて丹村の名前を知らない者はいないだろう。悠希ですら正悟の名字を聞いた瞬間、丹村グループの関係者かと見当を付けたくらいである。
「あ、あのっ、正悟君、手は繋がなくて良いと思うんだけどな」
「何故だ?大切な身体なんだ、転んだら大変だろう?」
「待って僕まだ正悟君の番になったわけじゃ」
「それに父はいつも母をこうやって守っている。俺としては抱っこして運びたいくらいだが……それは流石に恥ずかしいだろう?」
「それはうん、いやもう手を繋ぐだけでも恥ずかしいんだけど……」
「悠希は俺の運命の番なんだから当然の扱いだぞ、慣れてくれ」
「んん、どうしてもう僕が番だって確定事項なんだろうなぁ……」
フロントで手続きをして仲良く手を繋いだままエレベーターに乗り、カードを当てて3の数字を押す。
程なくして着いた305号室は、閑静な住宅街に建つ高級マンションに出入りするにはちょっと問題のありそうな目つきの悪いお兄さん達が、せっせと額に汗して4人分の荷物を運び込んでいた。
「一華さん!この荷物はどちらに」
「あ、それは奥の部屋に運んでおいて。ああ、その家具はこっち」
「へいっ!!」
「その花器はリビングに置いて、あとでボクが花を生けるから」
「かしこまりました、葵様」
「もー、葵ちゃんって呼んでよぉ!」
一華がこちらに気付いて「あ、悠希お帰り」と声をかけてきた途端、男達はさっと廊下に並んで深々と頭を下げる。
「お帰りなさいませ、若旦那様!」
「ひえっ」
「ささ、どうぞこちらへ。今お茶を煎れますので」
「は、はひぃっ!!」
(若旦那!?今、若旦那って言った!!?)
どうしてアルファというのはこうも強引なのだろう。
既に一華の番だと言わんばかりの扱いに、悠希は心の中で大きなため息をつく。
屈強な男の手首からチラリと覗く素敵な絵に引きつった笑顔を浮かべつつも、悠希は既に開梱が終わっているのだろうリビングのソファに腰掛けた。
当然のように両隣には正悟と一華が陣取っている。
「ボクも悠希くんの隣がいいんだけどなー」とこぼしつつ、葵は向かい側のソファに腰を下ろした。
にしても、と悠希は改めて部屋を見回す。
(……これ、本当に学生が住む部屋じゃないって!)
さっきまで住んでいたワンルームはおろか、実家とすら比べものにならないほど広く開放感に溢れたリビングダイニング。
カウンターキッチンも、まるでカタログかと言わんばかりのおしゃれな作りだ。
部屋は4つ。
マスタールームを悠希が使い、残り3部屋をそれぞれの個室とするらしい。
「僕が一番広い部屋を使っていいの?」とちょっと申し訳なさそうに尋ねれば、三人から間髪入れず「セックスするなら広い部屋が良いだろう」「広い方が道具も広げられるし」「4P出来るようにベッドも大きいのにしてあるから安心なさい」と返される。
もう隙あらば抱く気満々じゃ無いかこいつら、さっきの申し訳なさを返してくれ。
あと、葵は一体何を使う気なんだ。この娘の持ち武器は少々恐ろしいものがある。
「若旦那様、お茶をどうぞ。一華さん、もう少しで全部終わりますんで」
「あ、ありがとうございますっ」
「ええ、もう良い時間だしさっさと終わらせて」
出された緑茶は、香り高く甘みすら感じる上品な逸品だった。
お金持ちという奴は口にするお茶すら一般人とは別物なのかと、悠希は変なところで感心してしまう。
と、右側に座っていた正悟が「悠希、ほら」と声をかけてきた。
「なに?」と声をかけようとすれば、その開いた口にケーキが運ばれる。
むぐ、と慌てて口を閉じれば、甘酸っぱいイチゴの香りが鼻を抜けていった。
「どうだ、美味いか?」
「ん……うん、美味しいねこれ」
「そうか、よかった。ほら、あーん」
「あーん…………んんん?」
何かがおかしいと思いながらも、嬉しそうにフォークを口に差し出されれば断るのも気が引けて、正悟がせっせと口に運んでくれるケーキをいただく。
(なんだこれ、餌付け?)
そう言えばあの3人に抱き潰された翌朝も、甲斐甲斐しく世話をしてくれたのは正悟だったなと思い返してれば、左隣から「うへぇ」とげんなりした声が聞こえてきた。
「何なのこの甘ったるい空間!正悟も何やってんのよ、ケーキくらい普通に食べさせなさいよ!」
「そうはいかんだろう、俺の番になるオメガなんだ、このくらい世話をするのは当然だ。……なんだ、羨ましいなら一口だけやらせてやるが」
「結構。あたしはそういうの、求めてないのよ。あと悠希はあたしの番なんだから」
全く甘やかすのもほどほどにしなさいよ!とむくれた様子の一華は、しかし正悟と争いたいわけでも無いらしい。
ようやく引っ越し作業を終えた組の者を見送りつつ「それが終わったらあたしの相手しなさいよ、悠希」と高飛車に命令こそしてくるものの、ちゃんと正悟が満足するまでは待つつもりのようだ。
それを指摘すれば、当たり前でしょと言わんばかりの顔で「今は一時休戦なんだから」と一華は少し緩くなった茶を啜り「まだ熱いわね」と顔を顰めた。
「一時休戦……」
「そ。まずはあんたがヒートを起こさない限り、話が進まないじゃないの」
「そういうことだ。悠希がヒートを起こして、誰が本当の番か分かったらそこからが勝負だからな」
「はい?」
いや、待って欲しい。
誰が本当の番か分かったなら、もう勝負は付いているんじゃないだろうか。
そう尋ねれば「何言ってるのよ」と3人はまるでこっちがおかしいことを言ったかの様な表情で口々に話す。
「そんなの、自分が番じゃ無ければ奪い取るだけでしょ」
「それはその通りだな」
「だよね、だからまぁ誰が本当の番でもぶっちゃけ関係ないんだよねぇ」
「何なのその思考形態。アルファってそんなに獰猛だったっけ……?」
彼らの発言はやっぱりアルファらしさに満ちあふれていて、相変わらずの傲慢さを遺憾なく発揮している。
けれどその内容自体は至極真っ当なのだ。
(そう、僕がヒートを起こさない限り、何も進展しない)
……馴染みの医師から突きつけられたこの課題は、生まれて18年間何をしてもヒートを起こさなかった『鈍感な』オメガにはとてつもなく高い壁に思えて。
(本当に僕がヒートを起こせるようになるんだろうか……)
どうにもモヤモヤした気持ちを抱えながら、悠希は緩くなった緑茶をぐいっと胃に流し込んだ。
…………
事は2日前に遡る。
ようやく腰と尻の痛みから復活した悠希は、3人と共にいつものクリニックを訪れていた。
「やぁ悠希君、調子は……いつも通り、じゃなさそうだね」
「あはは……柳先生、実は……」
いきなり悠希と共に診察室に乗り込んできたアルファらしき3人の男女(?)に、瑠璃色のチョーカーを着けた主治医の柳は随分面食らった様子だった。
更に悠希が事情を説明すれば「なんだそれ、僕も初めて聞いたぞそんなの」と頭を抱えてしまう。
「確認だけど、その時悠希君はヒートには……」
「起こしてないです。無いはず、です……学校で習ったような症状は無かったし」
「で、そっちの3人は」
「ボク達は完全にラットを起こしてたよ。前に経験があるけど、それと全く同じだった」
「俺は初めてだったけど、それでもラットだって一発分かるレベルだったな」
「うーん……ラットを引き起こすほどのフェロモンを出した上に、3人分のアルファのフェロモンを浴びせられた、なのに悠希君はやっぱりヒートを起こさないと……」
柳が難しい顔になるのも無理は無い。
アルファの発情であるラットは、ヒート中のオメガで無ければ引き起こせないのだ。
その上、3人が3人とも悠希を運命の番だと認識しているだなんて本来はあり得ない。あり得ないが目の前にその事実が提示されている以上、否定することも出来ない。
時々思い込みの激しいアルファやオメガが好きな人を運命の番と勘違いすることはあるけれども、診察の中で聞いた彼らの『確信』……その姿を見た瞬間に本能が叫ぶという体験は正しく相手を運命の番と認識している証左だ。
「悠希君は3人を見て何か感じなかった?」
「いえ全く。フェロモンをこっちに向けてるからアルファだとは分かりましたけど」
「……なるほど…………まずは検査をしてみようか、何か分かるといいんだけど」
と言っても何を調べるかなぁ、と独りごちつつ、柳はオーダー画面を開くのだった。
…………
――2時間後。
あらゆる検査を受けて終わった結果は、謎を解く一助とはなったものの根本的な原因は分からずじまい、というなんとも微妙な結論を導き出す。
診察室に入るなり「悠希君は本当に不思議だよねぇ」と柳は嘆息する。
目の前のディスプレイには4人の検査結果と、いくつかの赤線が引かれていた。
「悠希君の感受性が低いわけでも無い、ちゃんとアルファのフェロモンには反応してフェロモン値が上がる、でも何故かヒートだけが起こらない……ここまでは今までの検査で分かっていたことなんだけど」
「あ、反応はするのね」
「君たちが無謀にも3人分のフェロモンをぶつけた時には、それなりに身体は反応していただろう?実際、さっきの検査でもアルファのフェロモンを投与すれば悠希君のフェロモン値は上がっている。それこそヒートを起こしているのと同じレベルにね。だから君たちがラットを起こしたこと自体は説明が付くんだ」
「でも……僕は何も変わっていない、ということですか」
「残念ながらそういうことだね」
「そうですか……」
悠希の身体は、決して成熟していないわけでは無い。
アルファのフェロモンには反応し、自身のフェロモン値は一般的なオメガと同レベルまで上昇する。
ただ、周期的なフェロモンの上下は無く、外からフェロモンを上昇させてもヒートは起こらないのだ。
何年も、国立研究所にまで出向いて調べても原因は分からず、どんな治療にも反応しない希有な例。
お陰で学校では同じオメガからも「鈍感オメガ」と揶揄われ、オメガと聞けば寄ってくるアルファ達もその体質を知るやいなや「騙された」と捨て台詞を吐かれる始末で。
(……今回こそ、何か変わったかと思ったのに)
柳の説明を聞いて、悠希は静かに落ち込んでいる自分に気付く。
……こんなに落ち込むほど、自分は何かに期待していたのかと気付かされる。
ずっと恋愛なんて、番なんてどうでもいいと思っていた。
3ヶ月に一度、身の置き所の無いヒートでベッドを台無しにするほど自慰に耽るなんて話を聞けば、そんな厄介なものはこのまま起こらないほうが楽なんじゃ無いかと考えていた。
いつまで経っても進展のない身体と奏功しない治療も諦念を抱き、ここに来るのはただの義務だと……思っていた、筈だ。
けれど。
心の隅では、何の苦労もなくヒートを起こせる、当たり前のオメガの体質がずっと羨ましいと感じていた事実を突きつけられる。
そうやって番なんてどうでもいいと思い込まないとやっていけないから、その思いに蓋をし続けていただけ。
――だって、例え好きな人が出来たって、こんな鈍感な出来損ないの身体じゃ番うどころか恋人にすらなれないから――
そんな悠希の気持ちを知ってか知らずか、柳は「ただね」と話を続ける。
「確かに悠希君はこれまでと何の変化も無いけれど……恐らく君たち3人には変化が生じているはずだ。もしくは、元々素質があったか」
「どういうことですか?」
ここなんだけど、と柳が指さした数値は、オメガのフェロモンに対する感受性を示すものだ。
二つの数値が並んでいるが、下の数値は上の数値と桁が違う。
「上が一般的なフェロモン感受性。下は……悠希君のフェロモンへの感受性なんだ」
「3人とも全然数字が違う……」
「そう。通常ならこの値はほぼ同じになる。この結果から分かるのは、君たち3人は悠希君のフェロモンに『のみ』特別敏感になっているということだね」
「!!」
「ちなみに同じ検査を悠希君にもしたんだけど、彼は君たち3人のフェロモンに対しても一般的な感受性と同等の値だった」
続けて柳は、一枚の紙を出す。
そこに記されているのは、先ほど柳が説明してくれたフェロモン感受性の検査結果だ。
「これは、番契約後に運命の番が見つかったカップルの数値。学校で習ったよね、運命の番はそれ以前の番契約を上書きしてしまうって」
「はい」
「この検査は、上書き前の数値なんだ。君たちの数値とよく似ているだろう?運命の番にだけ、感受性が桁違いになっている。アルファも……他のアルファと番っているはずのオメガもね」
柳はどこか苦しそうな表情で話す。
その理由はきっと、この検査結果に書かれた名前の一つが彼だからなのだろう。
つられて深刻な顔になった4人に気付いたのか、柳はすぐにその顔を引っ込めたけれど、番契約の上書きは例え運命の番相手であったとしても複雑なものなのだと4人が理解するには十分だった。
再び検査結果に目を落とす。
一般的に番契約を行ったカップルは、番へのフェロモン感受性はそのままに、番以外への感受性はほぼゼロになる。
なのに紙に書かれた数値は、運命の番であるアルファは当然のこと、本来反応するはずが無い番契約済みのオメガも同様の……現在の番相手とは桁違いの数値を示しているのだ。
これこそが番契約の上書きが成り立つ根拠なのだと、柳はかみ砕いて4人に説明した。
「感受性だけで判断するのは早計だけど、少なくともこの値であれば、君たち3人が悠希君を『運命の番』として認識するのはおかしくないと僕は思う」
「じゃ、俺らの内の誰かが悠希の運命の番である可能性は」
「……100%では無い、けれど高いと思うね」
「そっか……!!」
「これで希望ができた」とにわかに沸き立つアルファの3人に、けれどね、とすかさず柳は釘を刺す。
「そもそも悠希君が『運命』を認識できなければ、これ以上は話が進展しないんだけどね」
「何で?さっきの話じゃ、番契約が成立してても上書きはできるんでしょ?なら、あたし達が順番に悠希のうなじを噛めば簡単に分かるんじゃ」
「……安易な上書きはおすすめしない。悠希君のためにもね。それにそもそも、ヒートが来てなければ番契約は成立しないよ?」
「「「あ」」」
そう。
番契約の条件は、オメガがヒートを起こした状態で、そのうなじをアルファが噛むこと。
つまり、悠希がヒートを起こさない限り、誰が本当の運命なのかは分からないままだ。
(……結局、そこに戻るんだ)
一斉に期待混じりの視線を向けられ、悠希は思わずビクッと身構える。
『出来損ないのオメガの癖に誘惑するんじゃねえよ』
『アルファがかわいそうだよねぇ、こんな鈍感な奴に騙されるだなんて』
途端に頭によぎるのは、何度も向けられた侮蔑の言葉達。
そうだった、これまでだって自分を好きだと言ってきたアルファは、最初こそ躍起になって番おうとしてきたけれど……何をやってもヒートを起こさないオメガに愛想を尽かし、心ない言葉と共に皆離れていったのだ。
(だからもう、恋愛なんて……アルファに好かれるなんて、こりごりなのに)
3人はすっかり盛り上がり「なら俺たちが悠希のヒートを起こさせよう」「3人がかりなら何かいい知恵もでてくるよね」と、これまでのアルファ同様の、悠希に言わせれば脳天気な会話を交わしている。
(……きっと彼らも、いつか疲れて、幻滅して離れていく)
だから、絆されちゃいけない。
そう悠希は心の中で何度も言い聞かせる。
……いずれ離れていくなら、深入りはしたくない。少しでも傷は浅いほうがいい。
そんな3人と、悠希の微妙な表情で何かを察したのだろう、柳は「そうは言うけどね」と思わず3人を諫めようと口を開く。
けれど返ってきた言葉は、予想もしないものだった。
「いいかい、オメガは君たちアルファのおもちゃじゃ無い。ヒートが来ないからってオメガに幻滅して捨てるくらいなら、最初からヒートを起こさせようなんて考えない方が悠希君の」
「なんで捨てるのさ?別にヒートが来なくたって運命の番なんだから、結婚するに決まってるじゃん」
「「え」」
…………
(え……?)
(ヒートが来なくても、結婚する?番に……自分だけのオメガにできないのに!?)
遮られた言葉に、柳は、そして悠希も目を見開いて固まってしまう。
(だって、アルファにとってオメガのヒートは必須なんじゃ)
悠希にも、そしてオメガである柳にも、アルファの気持ちは分からない。きっと一生かけたって理解できない。
それでも、和装に身を包んだ彼女――ここは彼女でいいんだろうか――の言葉が、一般的なアルファの考えでは無いことくらいは分かる。
そもそも論として、ヒート無くして子供はまず作れない。オメガの女性であれば通常時の妊娠率はベータと変わらないが、オメガの男性はヒート時以外に妊娠などしようものなら、世界的にも稀な例として確実に症例報告を上げるレベルである。
番契約に至っては、ヒート中以外は100%不可能であると既に数多の文献が示している。
そして番うという行為無くして、結婚などあり得ない。
だって番契約が無ければ、このオメガの身体は無差別にアルファを誘惑する身体のままで、誰か一人のものにはなれないように出来ているから。
そんな、いつ他のアルファに襲われるかも知れない状態のオメガと結婚だなんて、アルファからしたって正気の沙汰では無いはずだ。
だというのに、彼だけでなく隣に居るアルファ二人もその事実を一笑に付す。
運命の番(仮)の前に、そんな物は些事だと言わんばかりに。
「全くだ。そりゃさ、ヒートを起こして誰が運命の番かはっきりさせるのが一番だぞ?けど、俺は仮であろうがこの確信を持った相手を逃すつもりは無い」
「同感。分からないままなら、このまま3人の番として結婚すればいいだけよ」
「あの、いっちゃん流石に3人とも結婚は法的に無理が」
「ちょっと葵、折角いいこと言ったのに台無しにしないでよ!!」
(……アルファの、運命の番への本能的な想いというのは、これほどまでに強いのか)
この仕事に就いて長いけれど、運命の番を見つけたアルファの想いなんてのは初めて聞いたなと、柳は彼らの言葉に興味深く耳を傾ける。
オメガの本能はもっと俗物的だ。
柳はよく知っている。それはもう、嫌というほどに。
運命の番だと認識した瞬間、オメガは理性を手放す以外の選択を持たなくなる。
身体は勝手にヒートを起こしてその場に崩れ落ち、ただ目の前の運命を欲して股を開いて誘い、淫らによがるだけの獣と化してしまうのだ。
例え番がいても……そう、生涯を共にすると誓った番が見ている目の前ですら、この行為は止められない。
(……番えなくても、逃さない、か)
だから、それが若さ故の無謀な思考であったとしても、その言葉は柳にとっては羨ましさを感じさせ、そして悠希にとっては……きっと救いとなるだろう。
(あいつも……斉昭もあの時、そう思ってくれていたのだろうか)
苦い思い出に心の中で独りごちつつ、柳は悠希を観察する。
案の定呆然としていた悠希は、しかしだんだん頭が冷静さを取り戻したのだろう、震える声で「……本当に?」とそっと呟いた。
そんな悠希に、3人のアルファはやっぱり自信に満ちた傲慢な……いや、むしろ今はその傲慢さすら悠希にとっては眩い光であろう……笑顔で「当たり前だ」と声を揃えるのだ。
「ああ、別にお前達は諦めてもいいぞ?俺一人居れば悠希を生涯大切に守ってやれるし」
「はぁ?むしろそっちこそ、いつ諦めたっていいんだからね!悠希くんはボクとオンナノコになって幸せに暮らすんだから」
「葵はまずその性癖を何とかした方がいいわよ?……そういうことよ、悠希。あたしたちの運命になったことを後悔させてあげるわ」
「いっちゃんはもうちょっと素直になれるといいね!」
(信じられない)
ずっと揶揄され続けていた悠希には俄には信じがたい。
そもそも彼らとは出会ってまだ1週間にもならないのだ。
これまで自分に迫ってきたアルファと違うだなんて、とてもじゃないけど言い切れない。
けれども。
(…………信じても、いいだろうか)
『運命の番』という彼らの確信を。
自信たっぷりに笑うその心根を。
あの日、ラットで暴走しながらもずっとどこか優しかった、その温かな手と眼差しを――
「悠希君」
「……はい」
「いいんじゃないかな、信じても」
「……!」
そんな心を見透かしたように、柳は悠希を見つめる。
そして、その後ろに立つ3人を。
(彼らなら……『運命の番』と認識してしまったアルファ達なら、もしかしたら)
悠希の担当医になって6年、ヒートを起こさない問題に取り組み始めて3年。
その間の気の毒な経験により、悠希は以前ほど治療に積極的では無くなっていた。むしろもうこのままでいいと、どこか投げやりになってしまってると言った方が正しいか。
だからこれは、手詰まりを感じていたところにやってきた、思いがけない転機なのだ。
それに、彼らの素性はそれぞれの担当医から取り寄せて把握済みである。
家柄も良くこれまでの素行も良好で、少なくともオメガを騙して捨てるような輩ではないと柳は判断している。
それならば、この奇妙な現象に悠希の未来を賭けてみるのも悪くない。
「君がこれまで、その体質で散々辛い思いをしてきたことはよく知っている。けど、ここまで言ってくれているんだ。ここは一つ彼らを信じてみてはどうだろう」
「先生……」
「今回はざっと調べた限り国内では症例が無いケースだし、僕も3人の主治医とも連携を取りながら全面的にサポートをする。だから、もう一度だけヒートを起こせるように頑張ってみないかい?」
「…………先生がそう言うなら……わかりました」
まだ、頭の中は整理が付かない。
どこか地に足が着かないようで、心は止めどなくこれからへの不安を生み出している。
それでも、気がつけば悠希は首を縦に振っていた。
「正悟君」
「おう」
「一華さん」
「なに」
「葵ちゃん」
「はぁい」
3人の方を振り返り、名を呼ぶ。
その声色には、未だ消えない戸惑いと、それでも信じてみたい気持ちが入り交じっていた。
「あの、結局ヒートが来なくてもさ」
「……うん」
「番になるのを諦めるだけならいいけど、その……鈍感だとか、出来損ないだとか、言わないで欲しいなって……」
「何それ、まさかそんなこと言われてたの悠希くん!?」
「あんたね、番にそんな酷いことを言うわけ無いでしょ!!……ちょっと悠希、それ言った奴全員教えなさい、うちの者にたっぷりお礼をさせに行くから」
「それは勘弁して」
相変わらず一華は物騒だ。
けれど、その物騒な物言いが彼女の本気を伺わせて、どこか安心を覚える。
「そうだな……不安なら一筆書いてもいいぞ」
「裏切ったら小指を詰めればいい?両手とも欲しいならくれてあげるわよ」
「そうだねぇ、その時は僕を抱いてもいいよ?しっかり開発済みだから楽しめると思うな」
「あの、正悟君はともかく一華さんと葵ちゃんは身体を張りすぎだと思う」
でも、ありがとう。
そうはにかむ悠希の姿に、3人は心臓を打ち抜かれつつ(絶対「俺が」「あたしが」「ボクが」番にする)と決意を新たにするのだった。
…………
「とは言ったものの、どうやってヒートを起こしたらいいかなんてさっぱり分からないんだよなぁ……」
あの後、正悟達はそれぞれの主治医と相談して緊急用のペン型の抑制剤を処方して貰っていた。
今まで使っていた頓服薬よりも効きが早く、水が無いところでも投与が可能。それこそ悠希が咄嗟に彼らに刺すことだって出来る代物だ。
ただでさえアルファやオメガへの不信感が強い悠希の不安を、少しでも和らげる目的だと聞いている。
そしえ3人は悠希に約束する。
何があっても、悠希がヒートを起こせるまではラット状態でまぐわうことだけはしないと。
……そこでセックスをしないと言わない辺りは、アルファらしいと言うか、若者らしいと言うべきか。
「そうだな、これまでやってきた治療を教えてくれるか?」
「あ、うん。あんまり参考にならないかも知れないけど」
夕食は正悟が作ってくれた。
流石、番に対してはその全てを世話して愛でたいと言うだけあって、料理の腕もなかなかのものだ。
一華も葵も一応自炊は出来るけれど、ここは番(仮)を世話したくて仕方が無い正悟に譲る(押しつける)事に決めたらしい。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、悠希はこの3年間の治療を語る。
流石は国立研究所まで出張っているだけのことはあって、3人が思いつくような事は既に全て実践済みだ。
これは確かに、柳が手詰まりだったと嘆いていた気持ちも分かる。
「…………」
「……悠希、お前が落ち込む必要は無いんだ。体質はお前のせいじゃない」
「うん…………」
「確かに、難問ね」と呟く一華の言葉にすら、今の悠希には反応してしまう。
一華は自分を責めていないと分かっているのに、散々罵られた心は些細な言葉も、ため息すらも、自分への否定と変換して悠希を傷つける。
そんな悠希に「ああもう、あんたまずはそこから直しましょ!うちの事務所で叩き直して上げるわ!!」と焦れったそうに叫ぶ一華を「それは悪手だ」「悠希くんを更に追い詰めてどうすんのさ!!」と正悟と葵は必死になって宥めていた。
「ったく、いっちゃんは昔っから脳筋すぎるって!」
「何よ、あたしは葵みたいに回りくどいやり方は性に合わないだけよ!!」
「まあまあ、ってか二人は知り合いなんだ」
「ああ、あたしたちは幼馴染みよ。葵は華道の……上迫流の宗家の跡取りで、組がらみで何かあるときにはいつも花を生けに来てくれるの。玄関のお生花、立派なものでしょ?」
「ほええぇ……ホントにアルファって名門ばっかり……」
「ボクのところはあんまり第二性にこだわりは無いけどね。父はアルファだけど家元の母はベータだし」
「へぇ、珍しい」
デザートのプリンを食べながら、葵は「発想を変えてみたらどうだろう」と切り出す。
この娘はどうやらかなりの天才肌で頭が切れるようだ。そう言えば入学式で新入生総代として挨拶したのは彼女だったか。あの時はすっかり女性だと思っていた。
ちなみに一華曰く「その頭脳を変態方向に使いすぎなのが玉に瑕」らしい。
「発想?」
「そそ。逆に考えるんだよ。悠希くんがここでヒートを起こしてもいいって思ったことってない?」
「ヒートを起こしてもいい……?」
「そこまで直接じゃなくても、例えば相手を好ましく思うとか、この人となら番になってもいいかなって思うとか……どんなときにそう思ったか分かれば、突破口が開けるかなって」
確かに、ヒートを起こすにはオメガのフェロモンを増加させる必要があるが、それだけでヒートが起こることは無い。
そのメカニズムはまだ解明されていないけれど、オメガのフェロモン周期が安定してからヒートが来るまでにはかなりの個人差があるのだ。
だから、恐らく未解明だが何かしらのトリガーがあるのではないか。
そしてそれは、オメガ自身が無意識にトリガーを引くのでは無いかと葵は持論を展開する。
「オメガってのは選ぶ性だと思うんだよね」
「オメガが?アルファじゃ無くてか」
「うん。ほら、動物だって産む側のメスが選ぶ種類が多いでしょ?より健康で有能な子供を産もうとするのは、人間も動物も同じなんだと思うんだよ」
「なるほどねぇ、だからオメガはフェロモンレイプをしてでも意中のアルファを落とそうとする、と」
「そう、それなんてまさに選んでる証拠でしょ」
そう言いながら、さわさわと葵の手は悠希の手に指を絡めている。
あ、だめだこれ、葵のスイッチが入ってる。さっきから漂うバニラのような甘い香りは、葵のフェロモンだ。
途端に全身が敏感になって、胎がずくりと疼き出す。
……それでも、ヒートの証だという後孔が濡れる感覚は全くないのだけど。
「はぁ、悠希くんの身体って中性的でいいよねぇ……ボクももっと華奢な身体がよかったのにぃ」
「っ、そういう、ものなの?」
「だってさ!確かに着物を着ればあんまり目立たないけど、でも肩幅だって広いし……本当はフリルたっぷりのスカートを履きたいけど、脚は結構筋張ってて気になるんだよね……」
「んっ……」
絡めた指を、ゆっくりと動かされる。
手の甲を、指の股を、親指の付け根の膨らみを触れるか触れないかの距離でじわっと擦られれば、それだけでゾクリと背中に何かが駆け抜けていく。
甘い声が、熱い吐息が漏れる。
そうすれば「ほんっと、可愛いなぁ……」と葵はにんまりしながら更にその手を大胆に動かすのだ。
「あのね、嫌だったら言ってね。じゃないとボク、このまま続けちゃう」
「んうぅ……嫌って言ったって、止められないんじゃ……」
「止められるよ?だって、運命の番が止めてっていうんだから」
(……止めてくれるんだ、アルファなのに)
ねぇ、今度スカート履いてデートしようよ、と胸元に手を這わせながら誘う葵に「あんたね、最初からその性癖をぶつけてどうすんの」と一華が読んでいた本をパタンと閉じて胡乱な視線を向ける。
意外にも誰かとこういう事態になると、残りの2人は無理矢理入ってこない。
いや、最終的には3人にグズグズにされるけれども、どうやら彼らの中ではある程度までは不干渉の不文律が確立されているようだ。
「いいじゃん!ボク、夢だったんだぁ、番とお揃いの可愛い服を着てデートするの」
「はぁっ……葵ちゃん、それは、女の子のオメガの方が……」
「だめ。女の子って、最初から全部持ってるでしょ?だから女の子の良さを全然分かってないんだよ、いっちゃんみたいに」
「ちょっと、人をダシにしないでくれない?」
「そんな大きくて綺麗なおっぱいにサラシを巻いている段階で、言われても仕方が無いって思ってよ」
いつの間にか悠希の上半身は露わになっていて。
「この乳首ももっとオンナノコらしく可愛くしてあげるんだ」と言いながら、何やら軟膏を塗りつける。
……少しむずがゆいような、熱いような感覚に、触って欲しくて仕方が無い。
「可愛い下着をつけてさ、要らない毛は無くして、スカートを履いて、お化粧して、おちんちんも隠しちゃって……何にも持っていないところからオンナノコになるから可愛くなれるだよ。」
「んあぁ……あぁぁ…………っ……」
「ふふっ、悠希くんは声も可愛いんだよねぇ……もう気持ちよくて、お口閉じられないんだ?涎垂れちゃってる」
じんじんする乳首を指でカリカリとひっかかれれば、言葉にならない喘ぎ声が漏れて、頭がふわふわと白んでいって。
それでも頭の片隅には、目の前のアルファをずっと冷静に観察し続けている自分がいる。
悠希くんなら絶対可愛くなれるよ、と目を輝かせて熱く語る葵の瞳は、他の誰でも無い、悠希だけを見ている。
その邪な手は、悠希だけを求めて……はだけた着物のあわいから覗く、可愛らしい姿からは想像も付かない剛直は、間違いなく悠希に欲情していて。
(……僕だけを、見ている)
気持ちがいい。
触れられたところから蕩けそうなほどに、快楽が胎に送り込まれる。
けれど、この気持ちよさはそれだけじゃ無い。
(僕に溺れる、アルファ……)
これまでだってアルファに告白され、身体を迫られた事は何度もあった。
けれども、こんなに一途で情熱的で……身体の細胞一つ一つが目の前の運命をものにしたいと叫んでいるかのようなアルファの振る舞いを、悠希は知らない。
アルファとはどこまでも有能で、傲慢で、支配的。
正悟も一華も、葵だって例に漏れない。
けど、彼らは早々に結婚する相手を見つけるために手当たり次第にオメガにアプローチする連中とは違う。
その全ては、いつも自分だけに向けられている――
(今、主導権を握っているのは、僕だ)
そう思った瞬間
「っ!!」
「ちょ、葵何したのよ!!悠希の匂いが……っ、これまたラット起こしちゃうわよ!!」
「くそっ……一華、ほら薬だ!だめだ葵はもう飛んでる、先に葵に打て!!」
身体の熱が上がる。
ああ、多分今、自分はフェロモンをまき散らして……アルファ達を誘惑しているのだとぼんやり思う。
目の前で慌てて抑制剤を打ち込み「落ち着きなさい葵!」「一華も離れろ、いや、換気だ換気!!」と右往左往するアルファの姿に、悠希はえも知れぬ優越感混じりの快楽と歓喜を覚えていたのだった。
…………
「さっき、葵ちゃんが言っていたの、分かったかも」
「今ので分かったの!?」
抑制剤で落ち着いた葵により「流石にこのままじゃ悠希くんも辛いでしょ」と何やら胸に当てたお椀型のローターらしき物体で初めての乳首イキなるものを経験させられた悠希は、ソファで正悟の膝枕に頭を持たせたまま、気怠さの抜けない声で呟く。
「……にしても、何この乳首イキっての……ずっと胎がじわじわしたまま……」
「メスイキの一種だからね。悠希くん、最初からちゃんと出さずに逝けるだなんてやっぱりオンナノコの素質あるよ!」
「はいはい、葵はストップ。また暴走したらどうすんのよ」
「ちぇー」
それで、と促す一華に応えて、悠希はさっきの優越感と快楽について話す。
話が進むにつれ、3人は「そんなことがあるのか」と言わんばかりに目を丸くしていた。
「つまり、悠希は俺たちが悠希に振り回されていると感じることで気分が良くなってフェロモンを放出している、と」
「オメガがアルファを支配下に置くのが楽しい、ってこと?あんた意外と屈折してるわね」
「ううぅ……」
「ちょっと、いっちゃんは言葉に気をつけなよ!けどさ、それならボクたちが悠希くんに全力でアプローチ……それもフェロモンで気を惹くんじゃなくて、普通に番になって欲しいって色々アピールすれば、ヒートのトリガーを引けるかも知れない」
「!!なるほど、それは名案だな!」
「可能性があるなら、やってみる価値はあるわね、仕方ないけど」
ようやく一つの解決策を見つけてテンションが上がる3人とは裏腹に、悠希はその事実にショックを受けていた。
(そんな、人を振り回して気分がいいとか、最低じゃないか……!)
思えば初めて3人がラットを起こしたときも、その直前に「自分に振り回されるアルファを見て気分がいい」と感じていたのだ。
あの時は気のせいだと思っていた。だが、今日の一件で悠希は確信する。
自分もオメガだと……そう、アルファを求めて誘惑する、狡猾な資質を持つ他のオメガと変わりが無いのだと。
いや、正確には違うかも知れない。
だって自分の対象は、ただ一人では無い。
全部だ。目に映る全てのアルファを虜にしてしまいたいと叫ぶ強欲な獣が、この身には宿っている……!
(なんで、こんなことに)
悠希は気付かされる。
自分を出来損ないだとせせら笑うオメガ達を羨む反面、むしろお前らこそケダモノだとどこかで嫌悪していたことに。
これは罰なのか。
正しくオメガであった彼らを見下していたが故に、彼ら以上に獣に堕ちてしまったのだろうか……
どこまでも止まらない思考の負の連鎖。
しかしそのぐるぐる回る思考は「あんたまた余計なこと考えてるでしょ」と、一華にぺちんと頭をはたかれて霧散した。
「一華さん……」
「何て顔してんのよ、まったく情けないわね!……その、いいじゃ無いの、別にアルファを振り回すのが気分良くたって」
「でも……こんなの、みんなにとっては不快じゃ……」
なおも落ち込む悠希に「そんなことは無いぞ」と今度は正悟の大きな手が頭に伸びてくる。
わしわしと撫でるその手はとても心地がいい。
「他のアルファは知らん。だが俺は番の世話をとことん焼きたいタイプだからな、振り回されるのもまた愛おしいと思うが」
「そ、そうかな……」
「あたしは正直オメガに振り回されるだなんて癪に障るわよ!……でもさ、あんたがそれが良いって言うなら、少しくらいは付き合ってあげなくもないわ、よ?」
「ええと、ここはありがとうございます、でいいのかな……?
「ふふっ、ボクは振り回されるのは大歓迎だけど、その分ボクも振り回すからね!こうなったら新しい道具を仕入れてこないとね、うふふ……♡」
「葵ちゃんはまず僕の命と健康を保証してくれないかな」
「「「その代わり、俺と(あたしと)(ボクと)番となった暁には覚悟しろよ?」」」
「ヒィ……」
(何だろうこれ、僕、誰と番になってもありきたりな幸せは掴めそうな気がしないんだけど!)
ちょっと心の中で冷や汗を流しながら、けれども運命の番のためならと快諾してくれる彼らの気持ちが嬉しくて。
こんな彼らのためなら、ヒートを起こせるようになるのも悪くない、そんな思いが悠希の頭にふとよぎる。
「とりあえず、緊急用の抑制剤は多めに確保しておきたいな」
「だよね。悠希くん、夜は毎日お楽しみするよね?」
「へっ」
「当然でしょ!抑制剤を使ってでもラットは起こさないようにするから問題はないわよね?」
「え、いやその問題はそこではなくて」
「アピールは大事らしいからな。夜は夜らしいアピールをさせて貰うだけだ」
前言撤回しよう。やっぱりヒートなんて来ない方がいいかもしれない。
いや待て、でもヒートが来なければこのままずっと3人の相手を……
「心配しなくても悠希はベッドでトロトロに蕩けていればいい、準備から後片付けまで全て任せてくれ」
「へ、じ、準備はその、自分でしたいかなぁ、って……」
「えー、あたしには奉仕もしてよね!ちゃんと喉奥まで咥えられるように鍛えてあげるからさ」
「のっ喉奥うぅぅ!?一華さんのそれ、いくら何でも凶暴すぎではっいてててごめんなさいごめんなさいっ踏まないでえぇぇ!!」
「僕は悠希くんをもっとオンナノコにしてひんひん泣かせたいんだけど。あ、今日はブジー使わせてね?」
「ぶ、ぶじぃって何?へっ、ちょっと待ってそれをどこに使うって葵ちゃん見てる場所が怖いんだけどおぉぉ!!」
……神様、やっぱりこれは僕がオメガを見下していた罰ではないのでしょうか。
まずは綺麗にしような?と洗腸用のボトルを手ににじり寄る正悟に、これをおちんちんにいれるんだよ?と銀色の棒を見せつける葵。
そして「昼間はあんたに振り回されてあげるんだから、夜は全力で奉仕なさいよ」とすっかり滾った股間を見せつけつつ、うっそりと笑みを浮かべる一華。
ああ、どうせならもっと癖の無いアルファが良かったな……と心の中で独りごちている間に、悠希は生まれたままの姿にひん剥かれ、だだっ広いバスルームに拉致されるのであった。
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