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第29話 子どもっぽい姿

上映時間より少し前に映画館に到着した時から、憂太はずっと俯いて歩いている。 「なあ、憂太、さっきからどした?」 「え?なにもないよ」 「いや、さっきからずっと俯いてんじゃん、なんかあった?」 何か憂太の気に障ることをしたのかもしれないだとか、急に具合が悪くなったのかもしれないだとか色々と悪い想像が頭に浮かんでくる。 「…僕さ、映画館のカーペットの上を靴で歩く感覚好きなんだよね。なんか特別な空間に来たぞって感じがして。しない?」 「…する。…は?それで下向いてただけ?怒ってたとか、具合悪いとかでもなく?」 「え、うん、ごめん。そんなにびっくりしてたの?」 憂太は軽く謝って、あまり悪いと思ってなさそうな顔をしている。 「一緒に歩いてる友達が急に無言になって俯き始めたら心配になるだろ」 「友達?恋人じゃなくて」 「おい、引っかかるとこそこかよ」 「うん。だって今、湊は僕の彼女じゃん」 「彼女“役“な」 注意したばかりなのに、相変わらず下を向いてカーペットの上を楽しそうに歩いている。 口を尖らせながら、ぶつぶつ言ってる憂太は小さな子供みたいだ。 憂太は大学ではこういった子どもっぽい姿は全く見せない。 だから、子どものような一面を見られるのは自分だけの特権のように思えて、その度に「あぁ、好きなんだな」と思う。 頭の中では、「湊は僕の彼女」という言葉は冗談だと分かっている。 それでも、好きだと伝えると受け入れてくれるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。

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